「まちの見方、描き方」
2025.11.29|プログラム B|トークイベント+映像鑑賞
「まちの見方、描き方」
2025.11.29|プログラム B|トークイベント+映像鑑賞
仙台で建築文化を考える・話し合う日をつくろうと、2025年度からはじまった「せんだい建築文化DAYS」。
今年のテーマは、−記憶と風景の間にある、まちの奥行き−です。
1日目の午後、プログラムBでは、ギャラリー・ターンアラウンドを会場にトークイベントや映像上映を行いました。集まったのは、建築やまちに興味のある市民や学生たち。Local Placesの菅原(she|design and research office)、友渕(宮城大学)のミニレクチャーに始まり、映像作家・福原悠介氏(petra)が制作した、仙台のまちを舞台にした短編映画「オロポ」を鑑賞しながら、まちの歴史や人々の記憶にまで至る対話の場が展開されました。フリーライターで編集者の及川恵子さんによるレポートをご覧ください。
杜の都の象徴「定禅寺通」を再解釈する
プログラムの冒頭では、菅原麻衣子氏が定禅寺通の歴史的変遷を解説。定禅寺通を見つめ直すきっかけとなったのは、2025年夏に行われた「定禅寺アートストリート2025」でスタンプラリー企画を監修したことだったという。回遊型イベントを設計するにあたっては自身で杜の都の象徴として知られる定禅寺通の歴史や空間について紐解き、通りの変遷史を下敷きに、年代ごとに生まれた建築やアートに触れながら街を知る機会を提供したという。
菅原氏はその名称の由来を出発点に、定禅寺通の変遷を解説。かつて仙台藩の鬼門として「定禅寺」という寺院があったこと。明治時代になり仙台が軍事拠点として再編された際に現在の官庁街が形成され始めたこと。さらには仙台空襲による焼失や戦後復興という大きな波を経験し、現在のケヤキ並木は戦後の都市再編のなかで整備されたことも伝えた。
定禅寺通の文化施設の先駆けとなった「東京エレクトロンホール宮城(旧宮城県民会館)」の設計者で、山下設計の創始者の建築家・山下寿郎にも言及。山下寿郎は現在解体中の仙台市役所や藤崎本館なども設計した人物。菅原氏は「戦後仙台の公共建築を語るうえで欠かせない存在です」と付け加えた。
また、1977年に仙台市で始まった「彫刻のあるまちづくり」事業も紹介。
「定禅寺通に点在する3つの彫刻「夏の思い出(エミリオ・グレコ/1979)」「水浴の女(ヴェナンツォ・クロチェッティ/1982)」「オデュッセウス(ジャコモ・マンズー/1986)」。同じくスタンプラリーの監修者で美術家の大嶋貴明さんと話していて、敗戦国となった日本、そして仙台に、英雄の像ではなく平和的な女性の像やただ前をじっと見据える少年の像があるのは、街にとって重要だったのではないかと気づきました。建築や彫刻から街を見ていくと、どの時代の、どんな背景の中で生まれたものなのかを紐解くことができると思いました」と、監修者の立場として込めた思いも語った。
人々の記憶によって浮かび上がる街の輪郭
続いて友渕貴之氏から、東日本大震災後に取り組んできた「失われた街」模型復元プロジェクトのレクチャーへ。このプロジェクトは、震災の被害に遭った沿岸部の街並みを真っ白な模型を組み合わせて表現し、そこに住民たちの思い出やエピソードを刻んでいくというもの。
「ここに駄菓子屋があってね」
「この角で待ち合わせをしたんです」
など、住民たちが語った思い出を模型にプロットし、人々の記憶を蓄積。さらに語りは連鎖し、模型の上に小さな旗を重ねていく。「何もない町だった」と語っていた人が、次第に具体的な記憶を語り始める様子も紹介された。
友渕氏はプロジェクトの根幹を「地図だけでは分からない人々の営みが模型上にプロットされていくことで、その街らしさや土地のアイデンティティが浮かび上がるような気がします。同じ空間を共有して、同じ世界を生きて同じものを見ているだろうと誰もが思っているけれど、一人ひとりの体験や価値観によって見える世界はまったく違う。模型ワークショップを通して、住民それぞれの世界観が見えてくると思いますし、街のおもしろさや魅力にも気づいていけるのではないでしょうか。ぜひ皆さんと街を楽しむためのいろんな方法や発見や知識をシェアしていきながら今後も深掘りしていきたいですね」と述べ、記憶を媒介する場として模型を展開させてきた活動の経緯を語った。
映像の短編小説を通して、仙台の街を見つめ直す
後半は、ゲストに招いた映像作家・福原悠介氏が監督・脚本を担当した短編映画「オロポ(2025/30分)」を上映。仙台の街並みを映し出す風景に朗読を重ねた、“映像の短編小説”だ。
この日、なぜこの映像作品が上映されることになったのか。その理由を菅原氏は「私は昨年に初めて映像を拝見したとき、これは街の話だと思いました。記憶というものは集合体で、自分の記憶だけでなくても街は成立するというか…。じゃあ街に対して持っている我々の記憶や愛着はいったい何なんだろうと、すごく深く考えさせられたこともあり、今日はこの場で上映させてもらおうと思いました」と話す。
淡々とした語り口の朗読によって表現されるのは、古本屋で見つけた空襲についての手記集を読み、その中にあった場所をさすらう男の姿。徐々に、自らの記憶と他者の記憶が交錯していくという内容だ。映像は、仙台の街の断片を静かに映し出す。30分の上映時間を通じて観る者の内的記憶を呼び起こすようでもあり、個人の体験や記憶は都市風景と切り離すことができないと示すようでもあった。
歴史と記憶の上に、街を見る
「オロポ」上映後には、福原氏と菅原氏・友渕氏によるクロストークへ。まずは菅原氏から福原氏へ「オロポの映像と、今日我々が話したような記憶や歴史の上に街を見る、その方法が似ているような気がしています。まず福原さんご自身がドキュメンタリーを撮るということで意識していることを教えていただきたいです」との投げかけが。
「東日本大震災をきっかけにドキュメンタリー作品の制作に携わるようになった」と話す福原氏。以前は東京でテレビや映像の仕事をしていたものの、2009年に帰仙。震災を経験し、せんだいメディアテークが開設した「3がつ11にちをわすれないためにセンター」という市民の記憶を集めるプラットフォームに関わったことがきっかけになっているという。
「プロではない人が撮った一見なんでもないような映像でも、それを真剣に受け取る人々がいればきちんと伝わるものがある。そういう状況を震災後に目の当たりにして、同じようなやり方なら自分にも作品が作れるかもしれないと、手探りでドキュメンタリー映画を撮るようになりました」
映画監督・濱口竜介氏の映画「うたうひと」の撮影に参加し、誰かの存在を「聞く」ことが自身のテーマとして確立した背景にも言及。今回上映した「オロポ」については、「震災から時間が経ったとき、記録されたものの受け取られ方はどのように変化していくか、という問いが根本にあります。数年前に、広島や三里塚、水俣などの資料館を訪ねたことにも影響を受けました。「オロポ」は、僕自身の体験をもとにしていますが、内容はあくまでフィクションです。自分の考えや感情をエッセイのように述べるのではなく、過去の記録と現在のわたしたちとの関係性自体を描くために、一歩引いた視点から小説として書いたテキストを原作にしています」と制作の意図を語った。
続く質疑応答の時間は、終始和やかな雰囲気で進行した。会場からは記憶と街についての多角的な質問や、作品の意図について問いが投げかけられ、議論が深まっていく。
印象的だったのは、学生が話した感想に対する福原氏の回答。
「つい見落としてしまうような街の風景や文化を映し出している映像を見て、自分がどれだけ圧縮した街を、圧縮した言葉で扱っていたのかと感じました」という感想に対し、
「児童文学作家で民話の採録を行っていた松谷みよ子さんが、“土着の魂、旅人の目”という言葉を残しています。その土地ならではの土着的感覚は、旅人の視点によってこそ見出されていくということ。僕にとってはカメラが旅人の視点。見飽きた風景でもカメラを向けてみると自分が旅人のような感覚になって、普段、生身の目では見過ごしてしまっている何かを受け取ることがある。カメラの目を通じて、見知った人や場所ともう一度出会い直すこと。そういう瞬間のために、自分は映画を作っているのかもしれません」と応えた。
会場内が静かに話に聞き入る中、「街を見る視点をどんな風に作ってあげるか。何をすることで普段生活する人々の街に対する鮮度を取り戻すかが、街を改めて見つめる時のポイントになるでしょうね」と深掘りする友渕氏。
街に根ざされたものを外部から相対化するまなざし。その往復のなかに都市の奥行きが立ち上がるという認識まで展開された。
その後、街に対する愛着などについても話題が展開。示されたものは、都市を多層的に読むための視座。街における歴史的文脈の再解釈、模型を通じた記憶の共有、映像による内的時間の提示。それぞれの方法は異なるものの、都市を単なる環境としてではなく記憶や歴史の集積として捉え直す視点まで共有され、DAY1のプログラムは締めくくられた。
福原悠介|Yusuke Fukuhara
1983年仙台市生まれ。映像作家。監督作に『ロッツ・オブ・バーズ』など。小説「何もない部屋」で第6回ことばと新人賞佳作。2025年度 宮城県芸術選奨新人賞(メディア芸術部門)受賞。
モデレーター:菅原麻衣子、友渕貴之 文:及川恵子 写真:齋藤太一
助成:(公財)仙台市市民文化事業団