建築文化をつくるひと #02
暮らしの質をデザインする
2023.11.12|洞口苗子|複合古民家実験住宅 TateshitaCommon
建築文化をつくるひと #02
暮らしの質をデザインする
2023.11.12|洞口苗子|複合古民家実験住宅 TateshitaCommon
仙台・宮城にゆかりのある建築家が自作の建築について語り、ともに空間を体感しながら参加者と対話を重ねる「建築文化をつくるひと」。第二回目は、L・P・D architect officeの洞口苗子氏が手掛けた「複合古民家実験住宅 TateshitaCommon」へ。自らがリノベーションした二世帯住宅の自邸を見学し、地域を巻き込みながら豊かな住環境を目指す洞口氏の思考や、建築家が担う幅広い役割に触れる機会となった。
荒れた民家だけど、魅力しかなかった
洞口氏が家族と暮らす宮城県岩沼市は、人口4万人ほどの小さな地方都市。その一角に「TateshitaCommon」はある。築60年の古民家を改修した洞口氏の自邸をはじめ、洞口氏の義理のお母様が営む美容室「La Coupe」やL・P・D architect officeが設計から資金調達、運営/維持管理まで手がけるエリア型コレクティブ賃貸「apartment BEAVER」、そしてコミュニティサウナからなる一帯だ。
敷地西側を走る幹線道路からだけでなく、堀と遊歩道がある東側からもアプローチが可能な住環境に恵まれた場所。敷地内には岩沼市が所有する土地(公園)も荒地としてあったが、昨今、話題となっているpark-PFIの原型となる都市公園法の「設置管理許可制度」を活用し、L・P・Dが整備費を全額負担し、都市公園と合わせてエリア全体のランドスケープを整備・維持管理している。今では人々の交流を生み出す場所として、このエリアのコミュニティに欠かせない場となっている。
見学は敷地の東側からスタート。ラベンダーやローズマリーなど、手入れが行き届いた草花が彩るアプローチから敷地全体の空間を体感していく。改修前とその途中に撮影された写真パネルを参加者に見せながら、敷地について解説をする洞口氏。この民家との出会いから、ストーリーを語り出す。
「この家を見つけた当時は荒地の中に立っていて、今にも放火されそうな、そしてすぐにでも直さないといけないような状態でした。でも神奈川から移住してきた私には、この家は宮城にいるからこそ、宮城に移住したからこそ住める家だと感じたんです。土地代だけの金額で売りに出されるような物件でしたけど、建物の魅力があったからこそ購入を決意しました」。
また、この場所に美容室が移転しても常連客が通いやすいことも購入の後押しになったことや、石が投げ込まれるほど悲惨な状況だった家を改修することを近所の住民に伝えたが最初は建て替え以外の選択肢があること自体を理解されなかったこと、完成後にやっと理解され、近所の住民からとても喜ばれたことなど、この民家にまつわる様々なエピソードを付け加えた。
続いて「apartment BEAVER」へ。ここは、メゾネットタイプの3室からなる木造アパート。通常の賃貸アパートとは異なり、周囲とのつながりを大切に考えた仕掛けがある。例えば、玄関扉横に設えた大きな窓の使い方がそのひとつ。「この窓は“ショーウィンドウ”。だからカーテン禁止令を出しているんです」と切り出す洞口氏。住む人が窓に雑貨や植物を飾ることで、この世帯の色や個性が周囲に漏れ出すというルールだ。さらに、使用する照明の色温度を指定。暖色系の照明を使用することを依頼し、集落の雰囲気を作り上げる一定のルールを設けているのだという。こうしたオリジナリティが生活環境を共有することの豊かさを周囲に波及させ、この場所ならではの景観づくりにもつながっている。
何か足すかではなく、“どこまで減らすか”を考える
次に、参加者たちは洞口氏の自邸の中へ。
大きな木製の引き戸を開き、リビングに足を踏み入れる。頭上には、木の柱が縦横無尽に組まれたように見える木構造が姿を見せていた。参加者は天井を見上げ、梁や棟木をじっと見上げる。建築家の自邸を見学できることに加え、築60年の古民家における改修のかたちを体感できること。さらに改修を手掛けた建築家自らの言葉で解説を聞くことができるという、貴重な機会の醍醐味を噛み締めていたようだ。
「なるべく解体費と処分費をかけず蓄熱性能にも活かしたいという思いで、既存の土壁をなるべく残しながらの断熱改修を行った。構造的に新しい窓を入れるのが難しいというハードルもありましたが、それなら逆に、この雰囲気を活かしていこうと考えました」。洞口氏は古民家を現代的なデザインに仕上げることなく、かつての姿を残した改修の理由をこう話す。解体期間の1ヶ月間、洞口氏は現場に通いながら「ここは残したい」「ここは壊す」と、職人たちに細かく指示をしたという。
「例えば、キッチンと玄関の間に立つ壁。本来は解体されるはずだったものの、解体業者が土壁をきれいにはつると、中から小舞(竹を縦横に格子状に編んだ土壁の下地)が見えてきたんです。それを照明で照らした陰影がとてもきれいで、残すようにお願いしたんです。このリノベーションを振り返ると、 “何を足すかより、どこまで減らしていくか”という加減が大事だったように思います」
客間前の廊下を通り、お母様の部屋へと進む。外観のデザインを印象付ける連窓(れんそう)や部屋の上部をぐるりと囲む大梁、墨を混ぜた漆喰で仕上げたブルーグレーの壁が印象的な空間だ。また、家具や照明は、モダンなデザインが特長のKartellや、モロッコのオットマン、アジアやアフリカのものに至るまで様々だが、日本家屋との調和も参加者の興味を引いている様子。洞口氏も「あえて古民家に合う家具を選んだ訳ではないのに、こんなにお互いを引き立てるんだという発見がありました。どんなデザインも受け入れる力がある日本建築ってやっぱりおもしろいですね」と微笑んだ。
次に、洞口氏ご夫妻とお子様の寝室がある二階へ。野地板仕上げの天井がより間近に感じられるこの部屋は、モスグリーンの壁色とのコントラストも特徴的だ。洞口氏は空間づくりをこう振り返る。
「塗装をしていない野地板の木目を見ていると、並ぶ板の節の位置が同じだったりして“この板は同じ木からつくられたんだな”と感じることがあります。それに、こうして不揃いな幅の板を並べるのは今では見られない方法。だから、眺めているだけでおもしろいんです」
そして寝室と隣接する小さな空間も見学。現在は衣類や書籍のほか、洞口氏が会社を創設した際に使用していた机が並んでいるが、ここはかつて小屋裏のデッドスペース。改修時に天井を取り外したことでその姿があらわとなったという。寝室とリビングの中間にせり出すようなその空間は、天井高を最低限確保するために、梁より下のレベルに床を組む「吊り床(つりゆか)構造」となっている。
1階へと降り、赤茶色の大蔵寂土を壁に塗った洗面台や、浴室から続くコミュニティサウナを見て廻る。ダイニングへと戻ると、洗面所へ続く引き戸を前に、洞口氏が日本建築の奥深さを感じた思い出話を付け加えた。
「この壁の木毛セメント板 を見てください。『塗り壁なの?』と言われることが多いのですが、その理由は付け鴨居があるからだと思うんです。実はこの付け鴨居、最初は付けていませんでした。でも工事が進むにつれて、なんだかこの場所に違和感があったんですよね。部屋はすべて鴨居の高さで横のラインが揃っているのにこの位置でラインが途切れるから、大きな塗り壁が立ちはだかってくるような恐怖を感じたんです。なので、元々あった鴨居を意匠の一部として再利用することにしました。そうすると、急にスケールが整った感じがしましたね。建具は同じ高さで設えているから違う場所にはめ込むことができる。これも、日本建築のおもしろさのひとつだなと感じた出来事でした」
参加者からは「日本建築というと日本間がどこまでも続いていくイメージがあったけれど、ここは立体的でジャングルジムのよう」という声が上がった。この家は古民家の個性をありありと伝える空間でありながら、日本建築には新しさも宿すこともできる広い受け皿がある。さらに構造や意匠、建具のどこを切り取っても緻密で複雑ながらも美しいという魅力のすべてを伝えていた。
“楽しい暮らし”をつくることが私たちの役割
日本建築の細部にまで至る魅力を体感した「建築ガイド」を終え、「JOCA東北」へ移動。洞口氏と福屋粧子氏(東北工業大学工学部建築学科 教授)によるトークイベントへと続く。この日も参加者たちは、見学で感じた疑問や感想をLINEのオープンチャットに投稿していく。
冒頭は、洞口氏のミニレクチャー。洞口氏が夫の文人氏とともに立ち上げたL・P・D architect officeの理念から話を進めていく。「私たちにできることは、楽しい住環境をつくること。そこに、クリエイティブな活動や豊かな暮らしを求める人たちが集まり、その人たちが必要とするカフェや飲食店などのコンテンツが増えていく。その結果地域が豊かなになって、持続可能な地域につながっていくのではないかと考えます。その中で私たちの第一の役割は、住宅や楽しい暮らしをつくることなのだと考えています」
先ほど見学した自邸の古民家にも話が及ぶ。“評価額0円”だった古民家の歴史やライブ感満載だったという工事期間中の話を改めて振り返りつつ、コミュニティづくりの具体例についても展開。建物をつくるだけに留まらない、洞口氏ならではの建築家視点が垣間見える。「あの場所では“家が完成したね”で終わっては本望ではなく、“住んでいながら開く、そして共感を集めていく“ということをしたいんです。だから、野外映画やマルシェなどのイベントを開催しました」と洞口氏。子どもたちにクリエイティブな力を養ってもらいたい、お金と向き合ってもらいたいという思いから、仙台市にある花屋の店主と生産者を招き、擬似的に会社を設立するイベントも開かれた。
“コミュニティサウナ”と名付けたとおり、サウナが多くの人に開けていることもその特徴のひとつ。「元々はアパートの住民のためのサービスとしていましたが、なるべくウェルネスな暮らしを体験してもらいたいと、最近では一般の方にも利用していただけるプライベートサウナとして開放するようになりました。こんなふうに、日常的に豊かさのある暮らしができたらいいなと思っているんです」
洞口氏のレクチャーが続く間、LINEのオープンチャットには参加者から多くの質問が投稿されていく。時間をかけて古民家のリノベーションに触れられる有意義な時間を過ごした上で、興味深い質問が次々にタイムラインに届いていた。例えば、「新築の建物を設計するときに共通していること、異なることはどんなことがありますか?」という質問。新築とリノベーション、対義的に捉えられる2つの建築のあり方について問う内容だ。洞口氏は「新築を知っているからこそリノベーションができたけど、やっぱりリノベーションは新築より難しいですね」と答える。
「リノベーションって全然計画通りにいかないですよね、本当に(笑)。新築の計画だって戸惑うことが多いのに、リノベーションはやり方がまったく違うし、絶対に予定通りに行かない。でも、きれいにつくろうと思えばいくらでもできるのがリノベーション。言ってしまえば新築みたいにつくることもできるんです。でも、“新しいものこそいい”という考えが多くある中でも、私はリノベーションだからこその仕上がりがあると思うんですよね。そこをどうやって崩さずに手を加えられるかが新築と違うところだし、おもしろいところだと思っています」
聞き手の福屋氏は、洞口氏の建築家としての側面をさらに掘り下げていく。参加者から投稿された「ご自宅にルイス・カーン(※1)のフィッシャー邸の模型がありましたが、好きな建築家は誰ですか?」という質問をピックアップ。そこに「建築のデザインで参考にした事例があればご紹介いただきたいです」と加えて洞口氏に投げかける。
「ルイス・カーンについてはシンプルな形態で空間を解きながらも、素材感があり暮らしの豊かさを感じられるところが好きですね。」
また、洞口氏が参考にした事例として挙げたのは、ピーター・ズントー(※2) の『聖ベネディクト教会』 。自邸の玄関引き戸のデザインの参考にしたという。「狭いピッチでルーバーを並べたような入り口の扉は、玄関の引き戸のデザインの原点になっている」と説明する。「玄関扉に明かり取りの窓が欲しかったけれど、大きく開いた窓には違和感があって。もっと“面としてきれいな扉”はないかなと思っていた時、このベネディクト教会の扉のような繊細な仕上げで明かり取りも兼ねた玄関をつくることができたらすごくきれいだな、と」
その他、インドのスタジオムンバイの雰囲気や作り方も好きで、職人さんと協働してモックアップを作りながら設計している環境に憧れてインターンに申し込んだことがあります。英語で「今は募集していません」って断わりのメールが来ただけでよろこんでいました。(笑)
洞口氏が東北工業大学で講師を務めていることから、「リノベーションに限らず、事業全体の計画を考えながら建築をつくることについて、大学ではどれくらい力を入れて指導するべきだと思いますか?」と意見を問う質問もあった。大学教育にも携わっているその参加者は、「今の社会において事業計画を考えることは建築家にとって大きな役割で、建築教育の中に組み込まなければいけないと思う一方、難しい側面もあるから」と質問の理由を加えた。この質問に対して福屋氏も「お金のことを考えていない、ということもひとつありますよね」と同意する。洞口氏はまず「ドラフター(※3)になるだけではいけないと思います」と切り出し、教育者同士の意見のやり取りに展開した。
「ただの技術者になるのではなくて、広い発想を持って建築を見ることや、そもそもこの建物はどうして必要なのかというところから考える提案があってもいいように思っています。そうした発想をなるべく講評会では潰さないようにしていくことは指導する立場として大切かもしれませんね。また学生たちがビジョンや建築の仕様自体も広く提案できるような課題を指導していくこともひとつかなと考えています」
イベントが終わりに差し掛かった時、参加者からふと「L・P・D architect officeの“L・P・D”とは何ですか?」と問いかけがあった。「これは、Local・Piece・Designの頭文字です。Pieceは地域の”かけら”という意味ですね」と答える洞口氏。建物というピースから人々を豊かにし、ひとつの地域というピースから周囲のエリアを巻き込んでよい暮らしを底上げしていく。最後に改めて、その名の通りに洞口氏が宮城に残してきた実践の痕跡を感じることができた。
第一回目では「金蛇水神社外苑 SandoTerrace」を会場に、俗と聖、そして古きと新しきをつなぐ建築を。そして第二回目となる今回は現代に生きる日本家屋のあり方と、そこから広がるコミュニティの今を体感した。二回目にしてすでに建築が持つ多面的なおもしろさと、ここ宮城で生まれた建築物が周囲や人々にもたらす文化的な価値を痛感する。そして自分の身近にある建物がそこに立つことの意味や生活への影響を改めて振り返ることができるのも、「Local Places」が担う役割なのだと実感する1日となった。
(※1) ルイス・I・カーン
1901〜1974年。アメリカの建築家。エストニア出身で幼少期に家族でアメリカへ移住。イエール大学やペンシルベニア大学で建築教育に携わる一方、独自の表現で近代建築の名作を生み出した。代表作に「ソーク研究所」「キンベル美術館」など。
(※2) ピーター・ズントー
1943年〜。スイス・バーゼル出身の建築家。自然素材を用いて構造や細部にこだわり、詩的で豊かな建築空間をつくり出している。代表作に「聖ベネディクト教会」「テルメ・ヴァルス」など。
(※3) ドラフター
設計製図機械
洞口 苗子|Naeko Horaguchi
建築家。神奈川県藤沢市生まれ。法政大学大学院建築学専攻修了。都市建築設計集団UAPPを経て、2016年L・P・D architect office設立。「複合古民家実験住宅 TateshitaCommon」が東北住宅大賞2017優秀賞受賞。2021年「株式会社L・P・D」を洞口文人と共同創業。自社で所有・企画・設計・運営する賃貸住宅apartmentBEAVERをはじめ、面的エリア開発を行う。
聞き手:福屋粧子 文:及川恵子 写真:齋藤太一 トークイベント会場:JOCA東北