symposium
建築文化をとどけるひと −台南・京都・仙台−
[ 前編 ] ミニレクチャー
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建築文化をとどけるひと −台南・京都・仙台−
[ 前編 ] ミニレクチャー
2023年の年末にかけて行われた建築ガイド+トークイベント『建築文化をつくるひと』に続き、2024年はシンポジウム『建築文化をとどける人 −台南・京都・仙台− 』を開催した。建築家・翻訳作家である謝 宗哲氏が語る台湾・台南市での取り組み、そして建築キュレーターの川勝 真一氏による京都で人と建築をつなぐためのアプローチなどのお話をうかがい、人々と建築の接点を生み出すための手法について考えを深める時間となった。イベント後半のクロストークでは参加者からの質問も盛り込んだディスカッションへと展開。さらにシンポジウム終了後はまちあるきツアーも行われ、建築文化への入り口を探るだけでなく、仙台の街のスケールを改めて体感する機会にもなった。
「今の私たちには、建築文化の発展を仕掛けていくことが必要なのだと思います」
謝宗哲
建築家|翻訳作家
台南の街は美しい。その思いが『台湾建築トリエンナーレ』の原点
会場になった『仙臺緑彩館』のホールに集まったのは幅広い世代の参加者、約20名。仙台の歴史や文化を発信する『仙臺緑彩館』から建築文化を育む起点を見出そうするシンポジウムは、菅原麻衣子氏が振り返るLocal Placesのあゆみからスタート。活動する意義や意図を語った後、登壇者として招かれた謝 宗哲氏にバトンが渡る。
台湾南西部に位置する台南市。ここを拠点に建築家・翻訳家として活躍する謝 宗哲氏は、2019年、2022年、2024年の三度に渡り「台南建築トリエンナーレ」のキュレーターを務めたほか、これまでに建築にまつわる数々の著作を出版している。そんな謝氏が冒頭に語り出したのは、台南市の歴史から見た建築的側面について。台南市は1600年代にオランダによって根拠地が設けられた以降、400年の歴史の中で伝統的な色と新しい文化が混ざり合ってきた街。それゆえ、独特な街並みと風景が生み出されてきたという。
「1894年以降の台湾は日本統治時代に入り、台南市は現代的な都市改正により、ロータリーや放射線状の道路システムを導入し、いくつかのメイン道路はパリのシャンゼリゼ通りのようになりました。それが、いわゆる当時のモダン。そうした街並みは今でも現存していて、台湾文化財として愛用されています」こうした街並みは謝氏に「私の地元はこんなに素晴らしい町なのだ」と感心させたのだという。そしてその美しい街並みこそが、『台南建築トリエンナーレ』での様々な企画に至ったのだと自身の背景にも話を及ばせた。
人々が交流できる建築に、建築文化への入り口を見出す
続いて謝氏は自身のこれまでの活動について触れていく。2019年に行った『台南建築トリエンナーレ』の企画を振り返り、定めた“四つの軸”について話を進めた。
「一つ目は建築家の主体性の価値と創作論を確立し、一般の人々が建築について認識と理解を深めること。二つ目は、建築の未来のための良い土壌を耕すこと。そして三つ目は、市民が建築の価値を認識し、建築への参加を促進すること。最後は、建築と都市文明の発展を具体的にイメージさせ、台南だけでなく台湾全体のアイデンティティとなること。要するに台南は400年という歴史を持つまだまだ若い都市として、これからの将来を建築家に託したのです。台南の新しい時代を目指していたこともあり、展覧会には“ニューモダン”という名前を付けました」
また、『台南建築トリエンナーレ』の開催に合わせて台南市の建築ガイドマップを制作したことにも言及。「台南市の古き良き建築と新しい良い建築を組み合わせてガイドマップを作りました。それは台南市の建築文化の始まりともいえる出来事だったかもしれません」
2022年に開催された『台南建築トリエンナーレ』にも興味深い話が進んでいく。2022年は新型コロナウイルスの感染が世界規模で拡大していた頃。謝氏は人と人との間で安全な距離を保つことが求められる中で、あえて“距離”をテーマに掲げた。
「建築における間の距離を踏まえた展覧会でした。会場となったのは、坂 茂さんが設計した『台南美術館』。大小様々な大きさのホワイトキューブがランダムに積み重ねられたような建築で、そこで生まれた隙間はまるで台南市の古い街のアーバンブロックのように、誰でも自由に入って行ける空間になっています。しかし美術館の管理者たちはその隙間をすべて閉じ込めてしまったため、建築の魅力がまったく活かされていなかったんですよね。だから『台湾建築トリエンナーレ』の時はすべてのドアを解放して、あちこちから誰でも入ってくることができるようにしました。交渉を重なった結果、その理想は開幕式でただの10分間での実現を許してくれましたが、オープン性を設けてアクセスピロティの空間を誰もが体感できるようにしたことで多くの人が喜んでくれたことがうれしかったですね」
展示でも異なるスケールの建築を体感できるような内容に。スケールの異なる4つの空間展示を通して、“建築における距離”を体感できるようにと考えたのだ。訪れた人が小さな建築と大きな建築とのスケールの違いを感じながら進み、路地のような空間も織り交ぜて建築との距離を体感していくような仕掛けを施した。
大きな芽生えの期待を込めて、建築文化の種を撒く
2025年には日本の建築家たちを招いた国際建築トリエンナーレを台南で開催する予定だと語る謝氏。講演の結びに、これからの展望を述べた。
「建築展を通じたひとつの都市のお祭、あるいは誰でも参加できるような一大イベントになっていけたらと思っています。ベネツィアでは規模の大きなビエンナーレが定期的に開催されていますが、5年、10年というスパンで続けていけば、いつか台南や仙台もベネツィアに追いつけるかもしれません。今、私たちはそうした建築文化の発展を仕掛けていくことが必要なのだと思います」
謝宗哲|Sya Soutetsu
2007年、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了、博士(工学)取得。2019年、2022年、2024年台南建築トリエンナーレのキュレーターを務める。台湾国立高雄大学建築学科非常勤助教授(2022〜2024)。現在、Atelier SHARE主宰。主な著作は『散步中的台灣建築再發現:跟著名家尋旅30座經典當代前衛建築』(PCuSER電腦人文化/2023)、『世界教堂建築巡禮:一個建築學者的朝聖散步』(宇宙光/2020)、『日本當代前衛建築:自然系』(田園城市/2013)。
「日常に建築文化をどう定着させていくか。そのために私の活動はあるのです」
川勝真一
建築キュレーター|建築センターCoAK 代表理事
建築の周辺にある価値を伝える役割に
続いて、京都市で建築キュレーターとして活動する川勝氏にマイクが渡る。「謝先生のような壮大な取り組みではなく小さなスペースでの活動ですが、個人でスタートできる活動として聞いていただければ」という前置きから、話は川勝氏が建築キュレーターになったきっかけに至る。それは、大学院在学時に勤務した設計事務所でこんなことを感じたからだという。
「建築をつくるばかりではなくて、建築の周辺にある価値や楽しみ方、関わり方を考える役割が必要なんじゃないかと思いました」
そう気付いて以降、川勝氏の活動は「どうしたら一般の人に難しい建築をわかりやすく伝えられるか」がテーマになっているという。その活動の中で立ち上がったのがRAD -Research for Architectural Domainだ。“建築の領域をリサーチする”という名が付いたその団体では、設計以外にどのように建築に関わりながら社会と建築の接点について探り続けてきたが、活動を続けるうちに、建築的なアプローチを必要とするプロジェクトから徐々に川勝氏に声がかかるようになった。
「設計以外の建築的なアプローチや知識を求められ、建築の展覧会のキュレーションなどに関わることになりました。都市リサーチもそのひとつですね。いろんな人が関わって意見を出し合いながらもこの場所が自分たちのものであると感じられるような公共建築づくりのお手伝いもしています」
人々と建築の結びつきをケアする。それがキュレーションの役割
さらに自身のテーマを追求する中、川勝氏はこの活動が「建築文化をキュレーションしているのではないか」という考えに至ったと語る。そのためのプラットフォームとして立ち上がったのが、代表を務めるCoAK (Centre for Co-Architecture Kyoto)だ。
「キュレーション」。美術館などで行われる展示のテーマに合わせて適切に作品を選び、提示する手法のことを指すが、川勝氏はその語源と自身が現在取り組んでいる活動を結びつけながら聞き手を興味深い話へ引き込んでいく。
「キュレーションの語源はラテン語の「curare」です。この語はケア(Care /世話をする)やキュア(Cure /治す)という言葉とつながっています。私は個人的にこのケアやキュアという意味でのキュレーションという言葉がすごくしっくりくるんですよね。誰もが自分の家や学校、職場など、いろんな場所を通して建築と関わり合って生きているのに、自分ごととして感じたり、特別な結びつきを意識したりしている人は少ない。その偏った結びつきをケアできるのがキュレーションの役割だと思うからです。文化はみんなでつくっていくものなので、CoAKの活動でケアとしてのキュレーションが実践できたら、それが建築文化に結びついていくのではないかと思っています」
CoAKは専門家のためだけの場所ではなく、みんなのための場所であり、建築のためのセンター。パリやニューヨークにある建築センターのように、建築的な話題や文化を発信する場所もCoAKが目指す役割のひとつだという。
「そこにはガイドマップがあったり建築のおすすめの情報があったり。その地域の歴史を学べたりもします。CoAKも建築に関する情報、人、アイデアをキュレーションする総合的な案内所になったらいいなと思いながら、今、取り組みを進めているところです」
街に思いを巡らせる人がひとりでも増えてくれたら
CoAKが担う3つの機能。それは、ガイド・エイド・インタラクトのキュレーション的機能を持つこと。ガイドは“案内すること”。川勝氏は相談や支援、素晴らしい建築家やおもしろい建築をおすすめすることだけでなく、「何かを購入することはコミットメントの形のひとつ」といい、建築グッズを制作し販売することも案内のひとつだと捉えている。
エイドは、工務店や大工さんなどの“つくる人たち”の支援に焦点を当てる。つくる人がいなければ建物は完成しない。だからこそつくる人たちが実際に何を考えているかをみんなにシェアしようとする狙いだ。そしてインタラクトではワークショップなどを行っていく。
国内外から多くの観光客が訪れる京都。歴史的な寺社建築から現代の作品まで、多くの建築を楽しめる街でもある。しかし「大切なのはその後だ」と川勝氏は切り出し、建築と日常が結びつくことへの期待を込めた言葉で講演を締めた。
「建築は日常的な存在だと思っています。日常の中で建築の文化をどうやって定着させていくかという目的のためにCoAKはあると思いますし、CoAKがあることでそれが補完的に作用していくといいなとも感じます。空間や街の在り方について考えることができる人が一人でも増えれば街はもっとおもしろくなると思いますし、建築の文化を育んでいくことにも結びついてほしいです」
川勝真一|Kawakatsu Sinichi
1983年生まれ。2008年京都工芸繊維大学大学院建築設計学専攻修了。建築展覧会キュレーション、市民参加型ワークショップの企画・運営、レクチャーイベントの実施、都市やまちづくりのためのリサーチなどに関わり、2023年に一般社団法人建築センターCoAKを設立。2024年4月に京都市内に「けんちくセンターCoAK」をオープン。現在、京都工芸繊維大学未来デザイン・工学機構 KYOTO Design Lab 特任研究員、京都芸術大学京都芸術大学大学院 建築・環境デザイン領域教授
シンポジウム登壇者:謝宗哲、川勝真一、菅原麻衣子
モデレーター:友渕貴之、豊嶋純一
文:及川恵子
写真:齋藤太一
助成:(公財)仙台市市民文化事業団