symposium
建築文化をとどけるひと −台南・京都・仙台−
[ 後編 ] クロストーク
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建築文化をとどけるひと −台南・京都・仙台−
[ 後編 ] クロストーク
2023年の年末にかけて行われた建築ガイド+トークイベント『建築文化をつくるひと』に続き、2024年はシンポジウム『建築文化をとどける人 −台南・京都・仙台− 』を開催した。建築家・翻訳作家である謝 宗哲氏が語る台湾・台南市での取り組み、そして建築キュレーターの川勝 真一氏による京都で人と建築をつなぐためのアプローチなどのお話をうかがい、人々と建築の接点を生み出すための手法について考えを深める時間となった。イベント後半のクロストークでは参加者からの質問も盛り込んだディスカッションへと展開。さらにシンポジウム終了後はまちあるきツアーも行われ、建築文化への入り口を探るだけでなく、仙台の街のスケールを改めて体感する機会にもなった。
「建築文化」その意味と意義とは
シンポジウム後半は謝氏、川勝氏、菅原氏に加えて、未満建築デザインファームの豊島純一氏の4名によるクロストークへ。進行を担当する宮城大学事業構想学群 助教の友渕貴之氏は謝氏・川勝氏の講演を踏まえ、早くも本題に切り込んでいく。
「おふたりは“建築文化”という言葉について、どんなことを考えますか?」
「難しい質問ですね(笑)」と苦笑いを浮かべながらも、川勝氏が先頭を切る。
「まずは“作り育てる”という部分をどう実現できるのか。それが文化としても大事な要素かと思います。自分で何かおもしろそうなことをやってみようというきっかけが生まれたその先で現れてくるものが文化なのかな」
続いて謝氏が「僕は文化という言葉の後ろにある主体は誰なのか、が重要だと感じます」と切り出す。建築文化を生み出すのはつくり手か、使い手か、はたまた住み手なのか。「建築を勉強する人はつくる側よりデザインする側で物事を考えがちですけど、デザイナーから考える家と住み手から考える家とではそれぞれ認知の仕方が異なります。的確な答えはまだ見つかりませんが、みんなでいろんな意見を持ち合って結論を出していくのが多様性の時代らしいやり方なのではないかと思います」
続いて、建築文化の潮流を生み出そうと活動を続ける菅原氏が言葉を紡いでいく。
「私は建築文化を語る上で時間も重要な要素だと思っています。我々の活動はまだ日が浅いのですが、時間をかけて活動を続けるだけでなく、規模が小さくてもいろんなことが起きていく中で文化につながるのかなという気がしました」
建築家の絶対的存在を解体し、生活者の視点から建築を捉える
建築におけるつくり手と使い手の認識のズレ。そのズレをいかに近づけることができるのか。そうした課題も触れながら、話はつくり手である建築家の存在に焦点が絞られていく。
「家や建築を考える時、建築家の存在が大きいと感じることがある」と切り出したのは川勝氏。
「建築という存在が、建築家の特権的な所有物のようになっていると思います。それをどうやって解体していけるだろうかという課題は感じますね。専門的な知識は必要ですが、知識がない人でも建築についてアクションを起こすハードルが下がっていくといいですよね」
続いて「建築家が何をつくったのかより、生活者の日頃の生活に目を向けている」と応えた謝氏は、自身の仕事での役割も交えながら、生活者の視点で建築を捉えることに話を及ばせる。
「私の仕事のひとつは建築ツアーを行うこと。有名な建築家がデザインした作品を紹介することがありますが、今はあえて建築家の作品を重視せず、むしろ一度きりの人生でどれだけ非日常的な生活を楽しめるかに焦点を当てています。住み手が自分の生活をエンジョイできてこそ、よい建築と建築の文化が生まれるのではないかと思います」
友渕氏も「建築を楽しむ環境をどう整えていくかという視点も大事ですよね」と、謝氏の意見を咀嚼する。
建築との接点はお祭りから得られるべきか、生活から得られるべきか
“人々と建築との接点”という視点でディスカッションが続く中、川勝氏は自身が立ち上げたCoAKが自邸近くにあることから、住民視点でのアプローチにその可能性を見出そうとする。
「私はCoAKの運営者でありながら地域住民でもあるので、住民であることをどうしたら活かしていけるかという点も意図的に考えています。自分も当事者側に身を置くような形で活動をすることは、ひとつの可能性になるかもしれません」
一方で謝氏は、イベントや観光的観点から結び付けられる建築は一過性のものに過ぎないのではないかという疑問を呈し、話題を深く掘り進めていく。
「台南市ではデザインやモダニティという視点でのイベントがブームになっていて、今も人気は衰えていません。建築トリエンナーレや設計フェスティバルには国が多額のお金を費やしますし、観光効果も期待されています。でもイベントはあくまでお祭り。結局元通りになってしまうものにお金を投入する価値があるのか考えるのは我々の課題でもありますね」
では建築を見つめる眼差しが育まれるために、どんなことを重要視すべきなのだろうか。そして、その先で生まれるものとは。友渕氏が「建築文化を育んでいく先で、どんな可能性が見出せそうか」と投げかける。
この質問には、シンポジウムの会場となった『仙臺緑彩館』のマネジメントを担当している豊島氏が応えた。開館から1年半が過ぎた『仙臺緑彩館』で幅広い世代が集う風景を築いた経験を通じて、この場所が持つ意味や価値、新たに生まれた可能性について意見を述べる。
「ここはただの原っぱから始まり、どうしたら皆さんに愛着を持ってもらえるかと考え続けている場所です。設計のプロセスではワークショップにたくさんの時間を費やしてきたのですが、そこでいただいたたくさんの意見やアイデアのストックを元に、現在様々な活動が行われています。ここでしかできない体験を通じてこの場所のファンになってもらいたいと言えるかもしれません。最近では“このホールでイベントをやりたい”という声もいただくようになりましたし、実際にファンが増えている実感もあります。今後その意識をどう活かしていくかを考えながら、今、マネジメントに取り組んでいるところです」
小さな街でも建築文化を継承していくために
ディスカッションの後半は、LINEのオープンチャットを活用した質疑応答へ。イベント参加者から投稿された質問を拾い上げる。
「台南や京都のような大都市ではなく、人口減少が続く田舎に残された建築文化を継承していくために何か有効な方法はあるのでしょうか」
まずは川勝氏が京都での視点から言葉をつなげていく。
「京都では今の暮らしや生活と結びついた建築がどんなふうに生まれてきているのかをもう少しフォローしていくと、生きた文化とつながる建築の案内に結びつくと思います。巷にある建築ガイドブックよりもう少し個別的な、暮らしと結びついた物語から建築が紹介できるといいかもしれませんね」
続いて、大好きだという建築家の原 広司氏の著書を入り口に話を進めた謝氏。
「私は彼の著作のタイトルでもある『住宅に都市を埋蔵する』という言葉がとても好きなのですが、台南市はそれほど大きな街ではないので街全体が大きな巨大建築のように感じるのです。建築でありながら、みんなが共に生きている有機体のような存在。その中で建築あるいは街の良さを伝えるためには、まずは自宅に招くことですかね。ゆっくり食事をして、一緒に時間を楽しむ。それが、人々と建築と接続させるのに必要な私の考えです」という言葉を回答にクロストークを締めた。
シンポジウム終了後は、『仙台緑彩館』周辺の川内エリアで建築・まちあるきツアーが行われていた。『仙台緑彩館』を出発し東北大学植物園や東北大学図書館へ。さらに仙台市が2031年の完成を目指す複合施設建設予定地である地下鉄国際センター駅前や広瀬川河川敷まで時間をかけて巡っていた。
様々な視点から建築文化について思考を巡らせた2時間。3つの都市の建築的視点から、建築文化の創造についてだけでなく、建築と人々との接点について濃厚な議論が交わされた。2023年の年末にかけて行われた「建築文化をつくる人」に続いた今回のシンポジウム。建築に関わる人々とその環境から多角的な学びを伝え続けるLocal Placesの活動が、徐々に道となっていくその過程も見えた1日となった。
謝宗哲|Sya Soutetsu
2007年、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了、博士(工学)取得。2019年、2022年、2024年台南建築トリエンナーレのキュレーターを務める。台湾国立高雄大学建築学科非常勤助教授(2022〜2024)。現在、Atelier SHARE主宰。主な著作は『散步中的台灣建築再發現:跟著名家尋旅30座經典當代前衛建築』(PCuSER電腦人文化/2023)、『世界教堂建築巡禮:一個建築學者的朝聖散步』(宇宙光/2020)、『日本當代前衛建築:自然系』(田園城市/2013)。
川勝真一|Kawakatsu Sinichi
1983年生まれ。2008年京都工芸繊維大学大学院建築設計学専攻修了。建築展覧会キュレーション、市民参加型ワークショップの企画・運営、レクチャーイベントの実施、都市やまちづくりのためのリサーチなどに関わり、2023年に一般社団法人建築センターCoAKを設立。2024年4月に京都市内に「けんちくセンターCoAK」をオープン。現在、京都工芸繊維大学未来デザイン・工学機構 KYOTO Design Lab 特任研究員、京都芸術大学京都芸術大学大学院 建築・環境デザイン領域教授
シンポジウム登壇者:謝宗哲、川勝真一、菅原麻衣子
モデレーター:友渕貴之、豊嶋純一
文:及川恵子
写真:齋藤太一
助成:(公財)仙台市市民文化事業団