明るいところで芽生えた植物は、緑色のクロロフィル(葉緑素、注1)を蓄積した葉緑体を子葉の細胞内に発達させて光合成を行います。いっぽう、暗いところで芽生えた被子植物は、黄白色のいわゆるモヤシの形態になります。その際、葉緑体はエチオプラスト(注2)と呼ばれる前駆的な形態をとり、光が当たるまでその状態で待機しています。エチオプラストの内部には蜂の巣状の膜構造が発達し、そこにクロロフィルの前駆物質と、クロロフィルの合成に必要なタンパク質、そして葉緑体膜構造(チラコイド膜、注3)の骨格となる脂質が蓄えられます。子葉が光を受けると、前駆物質がクロロフィルに変換されるとともにチラコイド膜が発達し、エチオプラストは葉緑体になります。これは、被子植物が光に応答して速やかに光合成を始めるための重要なしくみですが、この過程における脂質の役割は全く分かっていませんでした。私たちは、モデル植物のシロイヌナズナ(注4)を用いた研究により、植物に特有の糖脂質(注5)であるMGDGがエチオプラストの発達に必要であることを突き止めました。この糖脂質は、規則正しい蜂の巣構造を形成するうえで必要であり、クロロフィルの合成反応にも深く関わっていることが明らかになりました。クロロフィルの合成は光合成に不可欠である反面、活性酸素を生じる危険性も併せ持つため、厳密な制御が必要です。MGDGはクロロフィル合成の制御を通じて、植物が安全かつ効率的に葉緑体を発達させるうえで重要な役割を担っているのだと考えられます。(→前のページに戻る)
明るいところで芽生えた被子植物は、緑色の葉を発達させて光合成を行います。一方、物陰や土中のような暗いところで芽生えた場合は、いわゆるモヤシの形態となり、緑色にはなりません。モヤシの先端には黄白色の小さな葉(子葉)がついていて、そこに光が当たると子葉は数時間のうちに緑色になります(図1)。この緑化と呼ばれる現象は、光に反応して葉緑体がすばやく発達し、クロロフィル(葉緑素)を蓄積することによって起きます。光に応答して急速に緑化するための準備段階として、モヤシの子葉の細胞内では、葉緑体はエチオプラストと呼ばれる前駆的な形態をとっています。エチオプラストは内部に蜂の巣状の膜構造をもち、そこにクロロフィルの材料となる色素(クロロフィル前駆体、注6)と、クロロフィルの合成に必要なタンパク質、そして葉緑体の膜構造(チラコイド膜)の材料となる脂質を蓄えています。ここに光が当たると、クロロフィル前駆体がクロロフィルへと変換されるとともにチラコイド膜が発達することで、エチオプラストは葉緑体になり、被子植物は速やかに光合成を開始することができます(図1)。
これまでのエチオプラスト研究は、色素とタンパク質に注目して進められてきており、第三の要素である脂質の役割は全く分かっていませんでした。私たちは先行研究により、モデル植物であるシロイヌナズナにおいて、植物に特有のMGDGの合成を人為的に制御できるシステムを確立しました (脂質合成の人工制御)。本研究ではこの系を用いて、糖脂質が葉緑体の準備段階であるエチオプラストにおいてどのような機能をもつかを詳細に調べました。
まず、エチオプラストの蜂の巣構造の形成にMGDGが関わっているかどうか調べるため、MGDG合成を抑制した状態の植物を暗所で発芽させ、高分解能の電子顕微鏡を用いて植物細胞内の細かな構造を観察しました。通常の条件では非常に規則的な蜂の巣構造がつくられますが、MGDGの合成を抑制すると、不規則で緩んだような構造になりました(図2)。規則正しい蜂の巣状構造を形成するには、この糖脂質が必要であることを示しています。
続いて、クロロフィル前駆体の蓄積にMGDGがどのように関わっているか、詳細に解析しました。その結果、クロロフィル前駆体の合成にはMGDGが必要であることが分かりました。また、MGDG合成を人為的に制御した実験から、クロロフィル前駆体を合成するには、それに先立ってMGDGが合成されていなければならないことも突き止めました。特に、エチオプラストの膜において行われる反応がMGDGの不足により強く阻害されたことから、糖脂質の豊富な膜環境がこれらの反応に必要なのだと考えられます(図3)。
光が当たったときにすぐクロロフィルを合成するためには、その材料となる前駆体を蓄積しておくことが必要ですが、蓄積量が増えすぎると光が当たったときに活性酸素が発生することも知られています。そのため、クロロフィル前駆体の合成量は厳密に調節されていなければなりません。そこで植物は発芽したあと、まず糖脂質を合成し、いわば安全な膜環境を整えてから、クロロフィル前駆体を合成するようなしくみをもっているのではないかと推測されます。このしくみがなければ、モヤシは光が当たったときに活性酸素による傷害を受け、それ以降の生育が阻害されてしまうでしょう。普段何気なく食べているモヤシにも、植物の巧みな生存戦略が隠されていたのです。
図1. エチオプラストの蜂の巣状膜構造
図2. エチオプラストの形態
図3. クロロフィルの合成反応には糖脂質が必要
発芽した植物が大きく成長するうえで、効率的に葉緑体を発達させて光合成能力を獲得することは非常に重要です。本研究によって、効率的な葉緑体の発達には、葉緑体の形成前から糖脂質を蓄えておくことが重要であるということが初めて明らかとなりました。この発見は、植物が葉緑体を発達させるしくみを解き明かす上で、重要な一歩となります。
(本研究は,独立行政法人日本学術振興会の科学研究費補助金の研究助成16J10176,26711016,16K07393,26440170を受けて行われました。)
(注1)クロロフィル:葉緑素とも呼ばれる植物の緑色色素で、光合成に必要な光エネルギーを集める機能をもつ。
(注2)エチオプラスト:被子植物が暗所で芽生えたときに、子葉の細胞中で発達する細胞内小器官(図1参照)。内部に規則的な蜂の巣状の膜構造をもつ。光が当たると急速に葉緑体へと発達する。
(注3)チラコイド膜:葉緑体の内部にみられる扁平な袋状の膜構造で(図1参照)、光合成の初期反応の場である。脂質が作る膜に、クロロフィルやタンパク質が蓄積している。
(注4)シロイヌナズナ:アブラナ科シロイヌナズナ属の1年草。学名はArabidopsis thaliana。モデル実験生物として植物で初めてゲノム解読が行われ、多くの変異系統やデータベースが世界各国の研究機関で維持・管理されている。
(注5)糖脂質:分子の中に糖を含む脂質。植物や藻類の葉緑体では、3種類のグリセロ糖脂質が全膜脂質の90%程度を占める。
(注6)前駆体:ある物質が合成される前の段階にある物質のこと。