色素体(注1)は植物に特有の細胞内小器官であり、細胞ごとにさまざまな役割を担い、多様な細胞の機能を支えています。なかでも光合成を担う葉緑体は植物の成長に必要不可欠ですが、その発達が組織や細胞の機能に応じてどのように制御されるのかはよく分かっていませんでした。私たちは、モデル植物のシロイヌナズナ(注2)を用いた研究により、地上部(葉と茎)を失った場合、植物は傷害応答因子を介して植物ホルモンであるサイトカイニンの応答を高め、根における光合成能力を向上させることを明らかにしました。さらに、この応答に葉緑体の発達に関わる転写因子(注3)が深く関与することも突き止めました。通常、根はエネルギー源を地上部が行う光合成に頼っていますが、地上部を失った際には植物ホルモンのバランスを変えることで組織の再生を促すとともに、葉緑体の発達や光合成の活性化を促進し、生き残る可能性を高めていると考えられます。 (→前のページに戻る)
植物細胞の最大の特徴の一つは、色素体とよばれる特有の細胞内小器官をもっていることです。色素体は植物細胞の機能に応じてさまざまなタイプに分化し、それぞれ独自の役割を持ちます(図1)。光合成を担う葉緑体はその最も代表的なものであり、クロロフィル(注4)を蓄積するため、特徴的な緑色をしています。光合成器官である葉の細胞ではもっぱら葉緑体が発達しますが、花弁や根などの光合成を行わない細胞では白色体や有色体などの別のタイプの色素体が発達するため、緑色は目立ちません。このように、光合成を行うかどうかは葉緑体の発達の有無によって決まりますが、それを細胞ごとに決めているしくみについては、まだよく分かっていません。 私たちは、モデル植物であるシロイヌナズナの根を材料に葉緑体の発達を調節するしくみの解明に取り組んでおり、これまでの研究から、地上部(葉と茎)を失った植物体では葉緑体の発達が根で促進されること、この調節に植物ホルモンのオーキシンとサイトカイニン(注5)が深く関与することなどを明らかにしてきました(記事:白い根を緑に)。しかし、その詳細な制御機構、特にサイトカイニンが働くしくみについては、未解明な点が数多く残されていました。 そこで本研究では、どのようなときにどのような経路でサイトカイニンシグナルが活性化し、それがどのように葉緑体の発達を引き起こすのかを調べました。
先行研究から、地上部を失ったシロイヌナズナの根はクロロフィルを蓄積し緑化することが分かっていましたが、それによって光合成の機能がどのように変化するのかは不明のままでした。そこで、光合成を可視化する装置を用いて地上部を切除した際の根の光合成活性を調べたところ、切除しない場合に比べ光合成の光利用効率が増加することが分かりました(図2)。また、切除をしていない根でも、サイトカイニンを与えることで緑化や光合成の活性化を誘導できることも明らかとなりました。
そこで次に、地上部を失った際の根の緑化応答がどのような情報伝達経路によって引き起こされるのかを調べました。その結果、傷害によって誘導されるWIND1という転写因子が深く関与することを突き止めました。WIND1は傷害時に傷口でサイトカイニンシグナルを活性化し、カルスの形成や組織の再生を誘導します。本研究から、根では地上部を失うとサイトカイニン応答性が顕著に高まること、WIND1の機能が抑制された場合はその応答がおこらず、緑化も弱まることが明らかとなりました。さらに、WIND1の下流で働くサイトカイニン応答制御因子の機能欠損変異体(注6)では、地上部切除による根の緑化応答がほとんどみられませんでした。
これらの結果から、地上部の切除により誘導されたWIND1がサイトカイニンシグナルを活性化し、根の緑化や光合成能力の向上を引き起こすことが示唆されました。また、サイトカイニンシグナルの下流では、GNLという葉緑体の発達に関わる転写因子が強く誘導されることを突き止めました。GNLを人工的に過剰発現させた形質転換体(注7)では根が顕著に緑化し、光合成能力も大幅に向上したことから(図2)、この転写因子が根での葉緑体発達において重要な役割を担うことが明らかとなりました。
通常、根の細胞では地上部から輸送されてくるオーキシンの作用により葉緑体の発達が抑制されていますが、地上部を失った際にはオーキシンによる抑制が解除され、葉緑体の発達が促されることを先行研究で明らかにしました(記事:白い根を緑に)。本研究では、それに加え、地上部の喪失により活性化されたサイトカイニンシグナルが、根での葉緑体発達や光合成の活性化を促進することを突き止めました。エネルギーの供給源である地上部を失うことは、植物にとって最大の危機です。その際には、主要ホルモンであるオーキシンとサイトカイニン双方のシグナル強度のバランスを変えることで組織の再生を促すとともに、葉緑体の発達や光合成の活性化を促進し、生き残る可能性を高めていると考えられます(図3)。
(本研究は、科研費の研究助成24770055, 26711016, 24570042, 16K07393を受けて行われました。)
図1. 植物の成長に伴う細胞内での色素体の分化
図2. 可視化したシロイヌナズナの根の光合成活性
図3. 地上部の喪失に応答した根の緑化モデル
(注1)色素体:植物や藻類に見られる細胞内小器官(オルガネラ)で、光合成を始め、さまざまな物質の合成や貯蔵を行なう。太古にシアノバクテリア(ラン藻)が植物の祖先となる細胞に内部共生したことにより誕生したと考えられている(細胞内共生説)。
(注2)シロイヌナズナ:学名はArabidopsis thaliana. アブラナ科シロイヌナズナ属の1年草。モデル実験植物として植物で初めてゲノム解読が行われ、多くの変異系統やデータベースが世界各国の研究機関で維持、管理されている。
(注3)転写因子:DNA上の転写を制御する領域(プロモーターやエンハンサーなど)に結合し、DNAの遺伝情報をRNAに転写する過程を促進、または抑制するタンパク質の一群。遺伝子の発現を制御するという基本的機能を持ち、細胞内の多くの反応で重要な役割を果たしている。
(注4)クロロフィル:植物のもつ緑色の色素で、葉緑素とも呼ばれる。光合成において光エネルギーを吸収する役割を持つ。
(注5)植物ホルモン、オーキシン、サイトカイニン:植物ホルモンは、植物によって生産され低濃度で植物の生理過程を調節する成長調節物質の総称。オーキシンやサイトカイニンもこの中に含まれる。オーキシンは最初に発見された植物ホルモンであり、植物の成長や分化などに重要な作用を示す。サイトカイニンは、オーキシン存在下で細胞分裂や茎葉形成を促進する一群の因子と定義され、老化の抑制や側芽の成長促進など幅広い効果を持つ。
(注6)機能欠損変異体:DNAの塩基配列の変化(変異)により、そのDNAが担う遺伝子機能が正常に発揮されなくなった細胞や個体のことをいう。
(注7)形質転換体:遺伝情報を担うDNAを細胞外部から導入することで、遺伝的な性質を改変した細胞や個体のことをいう。