白い根を緑に

―根で葉緑体の分化を調整する仕組み―

八百屋に並ぶ大根の根(白い部分)は、光が当たっていても葉のように緑色にはなりません。多くの植物では、根は光合成を行なわない器官(非光合成器官)として機能し、光合成を行なう葉緑体の発達が起こらないからです。しかし、その抑制がどのような仕組みで行われているかはこれまで全く分かっていませんでした。私たちは、モデル植物のシロイヌナズナを材料に、根の細胞で葉緑体の分化を抑制している仕組みを初めて明らかにしました。シロイヌナズナの根は通常、エネルギー源を地上部の葉に依存しており、細胞における葉緑体の分化は抑制されています。しかし、地上部を失うと、光により葉緑体の分化が誘導され、緑化することが分かりました。この調節には植物ホルモンであるオーキシンとサイトカイニンが深く関与しており、植物の発達や環境に応じて葉緑体の分化をコントロールしていることが初めて明らかとなりました。さらに、この調節機構を応用することで、白色の根の細胞においても葉緑体の分化を誘導し、緑色の光合成を行なえる器官に変換することに成功しました。(→前のページに戻る

研究の背景:

すべての植物は、細胞内に色素体(注1)と呼ばれるオルガネラ(細胞小器官)を持っています。単細胞生物の藻類などでは、色素体は専ら光合成を行う葉緑体として存在し、生育や増殖に必要なエネルギーを太陽の光から獲得しています。それに対し、多細胞生物の高等植物では、色素体は葉緑体だけでなく、細胞の種類に応じて様々なタイプへと分化します(図1)。種子や分裂組織の未分化な細胞などでは、色素体は原色素体と呼ばれる未分化な形に退化しています。その後、植物の発達に伴い、葉などの光合成器官では葉緑体に、根などの非光合成器官では光合成する能力を持たない白色体などの色素体に分化します。また、これらの色素体の分化は一方通行ではなく、発達過程や生育環境に応じて相互に変換し得ることが知られています。しかし、それぞれの細胞に応じた色素体の分化がどのように調節されているか、分子レベルではまだ良く分かっていません。特に、光合成はエネルギーの獲得に必須である一方、不完全な反応が起こると細胞に有害な活性酸素などを発生させるため、葉緑体の分化は組織の発達段階や環境に応じて厳密にコントロールされる必要がありますが、その制御機構は明らかにされていませんでした。私たちは、モデル植物であるシロイヌナズナ(注2)の根を材料に、葉緑体の分化を調節する仕組みの解明に挑みました。

図1. 植物の進化に伴った色素体の分化

研究内容:

植物において、光合成を行いその産物(光合成産物)を供給する器官をソース、それらを受け取る器官をシンクとよびます。多くの植物において、水や無機養分の供給を担う根はシンクとして発達し、炭素源をソースである地上部に依存しています。実際、シロイヌナズナの根を観察したところ、光が当たる環境においても葉緑体の分化はほとんど起こらず、クロロフィル(注3)の合成は低く抑えられていました。しかし、地上部を切り離した恨では、クロロフィルの合成が活性化し、緑化が引き起こされることが分かりました。このことは、通常は光合成を行わない根の細胞も、環境に応じて葉緑体を分化させる能力を持っていることを示しています。

そこで、この現象を詳しく解析した結果、植物ホルモンであるオーキシンとサイトカイニン(注4)が葉緑体の分化調節に深く関わっていることを突き止めました(図2)。通常、根での葉緑体分化は地上部から輸送されるオーキシンによって抑制されていますが、地上部を失った根ではその抑制が無くなり、葉緑体の分化が誘導されることが分かりました。それと同時に、サイトカイニンが根での葉緑体分化の誘導に必要であることも明らかとなりました。緑化した根では光合成の明反応(電子伝達反応)が観察されたことから、根で発達した葉緑体は光合成を行う能力を有していることが判明しました。

図2. 根の緑化を調節する仕組み

次に、これらの植物ホルモンが根での葉緑体分化を調節する仕組みについて詳しく調べました。その結果、根での葉緑体の分化には、HY5とGLKという二つの転写因子(注5)の働きが必要であり、植物ホルモンはこれらの転写因子を介して光合成に関連する多くの遺伝子を協調的に働かせることで、根の緑化を調節していることを明らかにしました。さらに、遺伝子導入により人工的にGLKを過剰に作らせた植物体では、葉緑体の分化が根で強く誘導され、クロロフィルの含量が新鮮重あたりで葉の10%程にまで増加しました。

この研究により、通常は根の細胞では葉緑体の分化が植物ホルモンを介した情報伝達によって抑制されていますが、条件が整った時にはそこから脱抑制し、光合成を行う能力を発現することが新たに示されました。オーキシンやサイトカイニンといった植物ホルモンは、組織の発達や細胞の分化に深く関わる因子として知られていますが、これらの植物ホルモンが葉緑体の分化や光合成機能の発現にも関与するという今回の成果は、細胞分化と色素体分化の協調性を考える上で、非常に興味深い結果です。これまで、組織の発達や細胞の分化に応じて色素体の分化を制御する仕組みはほとんど分かっていませんでしたが、今回の発見をきっかけに、今後さらに理解が深まっていくことが期待されます。

今後の期待:

葉は緑になり、根は白くなる。ほとんどの植物に共通するこの現象には、色素体の分化が深く関係していますが、その詳細な制御機構は未だ良く分かっていません。今回の研究は、この制御機構に新たな知見をもたらしました。色素体の分化機構を分子レベルで明らかにできれば、様々な器官で、色々なタイプの色素体を発達させることが可能になります。特に、根は「植物の隠れた半分」とも表現され、植物の半分近いバイオマスを占めています。通常、根はシンクとして機能しますが、葉緑体の分化誘導により光合成器官に機能転換することで、植物の生産性を革新的に効率化する技術に繋がるかもしれません。

(本研究は、独立行政法人日本学術振興会の科学研究費補助金および独立行政法人理化学研究所の基礎科学特別研究費などの研究助成を受けて行われました。 )


(注1)色素体:植物や藻類に見られるオルガネラ(細胞内小器官)で、光合成を始め、さまざまな物質の合成や貯蔵を行なう。太古にシアノバクテリア(ラン藻)が植物の祖先となる細胞に内部共生したことにより誕生したと考えられている(細胞内共生説)。多細胞生物の植物では、色素体は光合成を行なう葉緑体の他、白色体や有色体など、さまざまなタイプに分化している。

(注2)シロイヌナズナ:学名はArabidopsis thaliana (L.) Heynh. アブラナ科シロイヌナズナ属の1年草。モデル実験植物として植物で初めてゲノム解読が行われ、多くの変異系統やデータベースが世界各国の研究機関で維持、管理されている。

(注3)クロロフィル:植物の緑色の素で、葉緑素とも呼ばれる。光合成において光エネルギーを吸収する役割を持つ。

(注4)植物ホルモン、オーキシン、サイトカイニン:植物ホルモンは、植物によって生産され低濃度で植物の生理過程を調節する成長調節物質の総称で、オーキシンやサイトカイニンもこの中に含まれる。オーキシンは一番最初に発見された植物ホルモンであり、植物の成長や分化などに重要な作用を示す。サイトカイニンは、オーキシン存在下で細胞分裂や茎葉形成を促進する一群の因子と定義され、老化の抑制や側芽の成長促進など幅広い効果を持つ。

(注5)転写因子:DNA上の転写を制御する領域(プロモーターやエンハンサーなど)に結合し、DNAの遺伝情報をRNAに転写する過程を促進、または抑制するタンパク質の一群。遺伝子の発現を制御するという基本的機能を持ち、細胞内の多くの反応で重要な役割を果たしている。