モヤシと糖脂質(2)

― モヤシは糖脂質で「ジャングルジム」を色素体の中に作る ―

被子植物の種子は暗いところで発芽するとモヤシになります。モヤシは葉緑体をもちませんが、その前駆体であるエチオプラスト(注1)を形成しており、光が当たるとエチオプラストを急速に葉緑体へと分化させ、光合成を始めます。エチオプラストの内部には、ジャングルジムのような形状をした精巧な格子状の構造体がみられます。これはプロラメラボディとよばれ、その骨格は主に糖脂質(注2)で構成されていることが知られていました。しかし、プロラメラボディの構築に糖脂質がどの程度重要であるか、これまであまりよく分かっていませんでした。今回、私たちは、主要な糖脂質の一つであるジガラクトシルジアシルグリセロール(DGDG)に着目し、DGDGを失った場合にプロラメラボディの構造がどのように変化するかをシロイヌナズナ(注3)という植物を材料に詳細に解析しました。その結果、DGDGをうまく作れなくなったシロイヌナズナのモヤシでは、ジャングルジム構造が緩く歪んだような形状になりました。このことは、DGDGがプロラメラボディの緻密な格子構造の形成に不可欠であることを示しています。さらに、プロラメラボディはクロロフィル(注4)合成の前段階にある色素を多く含みますが、DGDGの欠損はその色素の合成を低下させることも明らかとなりました。プロラメラボディの脂質は光合成の場であるチラコイド膜(注5)を作るのに必須の材料であることから、糖脂質によって支えられているジャングルジム構造は、光を浴びたモヤシが効率的に葉緑体を形成するうえで非常に重要な役割を担っていると考えられます。(→前のページに戻る

研究の背景

被子植物の種子が土の中のような暗いところで発芽すると、茎(胚軸)が細長く、黄色い子葉をもつモヤシになります(図1)。モヤシの子葉には、エチオプラストとよばれる葉緑体の前駆体があり、モヤシが光を浴びたとき、エチオプラストを葉緑体に分化させてすぐに光合成を始められるようにしています。エチオプラストを電子顕微鏡(注6)で観察すると、その内部にジャングルジムのような格子状の構造が観察されます。この構造体はプロラメラボディとよばれ、中にクロロフィルの合成中間体であるプロトクロロフィリドを多量に含んでいます。モヤシが光を受けると、プロトクロロフィリドは速やかにクロロフィルへと変換され、それに伴ってプロラメラボディも光合成の場であるチラコイド膜に姿を変えます。最終的には、モヤシの黄色い子葉はクロロフィルによる緑色に変わり、光合成を行うようになります。このように、プロラメラボディの形成は植物の緑化に非常に重要であることが分かります。

それでは、モヤシのプロラメラボディはどのようにして作られるのでしょうか。これまでの研究から、脂質二重層(注7)でできた筒状の膜構造が複雑につながりあい、立体的なジャングルジム構造を形作っていることが知られています。プロラメラボディの膜脂質の大部分は植物に特有の糖脂質で、ガラクトースを1分子結合したモノガラクトシルジアシルグリセロール(MGDG)と、2分子結合したジガラクトシルジアシルグリセロール(DGDG)が、それぞれ全体の約50%と30%を占めます(図2A)。ごく最近までモヤシにおけるこれらの糖脂質の役割は不明でしたが、昨年、私たちは、MGDGがエチオプラストの機能に重要であり、プロラメラボディの形成にも寄与していることを初めて明らかにしました(モヤシと糖脂質1)。一方、DGDGの機能に関しては分からないままになっていました。


研究内容

本研究では、エチオプラストにおけるDGDGの役割を明らかにすることを目指しました。そのために、モデル植物であるシロイヌナズナにおいて、DGDGを合成する能力の大部分を失ったdgd1変異体を利用しました。DGDGの減少によってエチオプラストやプロラメラボディの構造や機能がどのように変化するのかを詳細に解析することで、DGDGの役割を明らかにするという戦略です。

暗所で4日間成育させたシロイヌナズナの野生株において、エチオプラストの構造を観察したところ、非常に規則的な格子構造をもつプロラメラボディが内部に観察されました(図3)。ところが、DGDGの80%を失ったdgd1変異体のエチオプラストを観察したところ、主要脂質のMGDGの量はほとんど変化しないにもかかわらず(図2B)、プロラメラボディの格子構造が非常に歪んだ形状になっていることが分かりました(図3)。このことは、DGDGがプロラメラボディの規則的な構造の形成に非常に重要な役割を果たしていることを示しています。また、この変異体では、エチオプラストに蓄積するプロトクロロフィリドの合成が抑制されていることも突き止めました。この結果は、DGDGがクロロフィル中間体の合成に必要であることを示唆しています。昨年の我々の研究から、MGDGもプロトクロロフィリドの合成に必要であることが分かっており、エチオプラストにおける色素の合成は膜環境に強く左右されると考えられます。

図1. エチオプラストの膜構造


図2. エチオプラストの脂質


図3. エチオプラストの電子顕微鏡像

今後の展望

モヤシは光が当たったあとの光合成への備えとして、エチオプラストの中にジャングルジムのような特殊な膜構造、プロラメラボディを構築しています。本研究によって、この精巧な構造物の形成には、DGDGという植物特有の糖脂質が不可欠であることが明らかとなりました。また、エチオプラストにおけるクロロフィル中間体の合成には糖脂質が必要であることが突き止められ、モヤシの生育全般における糖脂質合成の重要性が浮き彫りになりました。モヤシは頼りなげな存在の象徴として語られることもありますが、実は2種類の糖脂質によって精巧な構造体を内部に作り上げており、光が当たったあとに光合成を速やかに行えるように備えています。植物は、効率的に葉緑体を形成し光合成を行うためのさまざまな戦略を有していると考えられますが、プロラメラボディという緻密な構造の形成もその1つだと考えられます。この研究をさらに発展させることで、植物が効率よく光合成を行うための仕組みを解き明かしていきたいです。


(注1)エチオプラスト:被子植物が暗所で芽生えたときに、子葉の細胞中で発達する細胞内小器官(図1参照)。内部に規則的なジャングルジム様の膜構造であるプロラメラボディをもつ。光が当たると急速に葉緑体へと発達する。

(注2)糖脂質:分子の中に糖を含む脂質。植物や藻類の葉緑体では、3種類のグリセロ糖脂質が全膜脂質の90%程度を占める。

(注3)シロイヌナズナ:アブラナ科シロイヌナズナ属の1年草。学名はArabidopsis thaliana。モデル実験生物として植物で初めてゲノム解読が行われ、多くの変異系統やデータベースが世界各国の研究機関で維持・管理されている。

(注4)クロロフィル:葉緑素とも呼ばれる植物の緑色色素で、光合成に必要な光エネルギーを集める機能をもつ。

(注5)チラコイド膜:葉緑体の内部にみられる扁平な袋状の膜構造で(図1参照)、光合成の初期反応の場である。脂質が作る膜に、クロロフィルやタンパク質が蓄積している。

(注6)電子顕微鏡:電子線を当てることで可視光よりもはるかに高い分解能で試料の微細構造を見ることができる顕微鏡。

(注7)脂質二重層:一般的な生体膜を構成する、脂質を骨格とする膜構造。脂質分子が極性頭部を外側に、疎水性尾部を内側にして並び、2重の層を形成している(図1参照。極性頭部を丸で、疎水性尾部を2本の線で表している)。葉緑体のチラコイド膜やエチオプラストのプロラメラボディもこの膜構造を基本に形成される。