研究発表:光合成と細胞増殖が窒素を欠乏したラン藻の光捕集アンテナの分解量を決める

1. 発表者:

吉原 晶子 (大阪府立大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 大学院学生)

小林 康一 (大阪府立大学高等教育推進機構・大学院理学系研究科 生物科学専攻 准教授)

2. 発表のポイント:

・どのような成果を出したのか

ラン藻(シアノバクテリア)が窒素を欠乏した際に行う光捕集アンテナ複合体の分解に,光合成や細胞増殖の過程が深く関わることを突き止めました.

・新規性(何が新しいのか)

窒素欠乏時の応答が,細胞を取り巻く窒素源の濃度だけでなく,光合成や増殖の活発さに応じて引き起こされることを明らかにしました.

・社会的意義/将来の展望

光合成生物の成長と光合成,栄養環境応答との関係についての理解が進むだけでなく,光合成生物を利用した物質生産などにおける基礎的な知見となることが期待されます.

3. 発表概要:

ラン藻(シアノバクテリア,注1)は,植物とともに地球上での光合成を担う重要な一次生産者です.窒素固定を行わないタイプのシアノバクテリアは,必須の栄養素である窒素を欠乏すると「フィコビリソーム(注2)」とよばれる巨大な色素タンパク質複合体を分解します.本研究では,ラン藻の一種であるシネコシスティスを用いて,窒素欠乏時のフィコビリソームの分解と光合成,細胞増殖との関係について調べました.その結果,窒素欠乏時に細胞が光合成や増殖を行うことで,フィコビリソームの分解が引き起こされることを突き止めました.また,光合成と細胞増殖は互いに密接に関連しあい,フィコビリソームの分解量を決めていることを明らかにしました.本研究は,光合成や細胞増殖と栄養環境応答との関係性の理解や,それらを結びつける分子メカニズムの解明につながるだけでなく,光合成生物を利用した物質生産技術の開発などにおける基礎的な知見となることが期待されます.

4. 発表内容

窒素は,核酸やアミノ酸といった生命活動に不可欠なさまざまな化合物を構成し,すべての生物にとって必須の栄養素です.シネコシスティス(Synechocystis sp. PCC 6803)は,植物と同様の光合成を行うラン藻(シアノバクテリア)の一種で,窒素を欠乏すると「フィコビリソーム」とよばれる巨大な光合成アンテナタンパク質複合体を分解します(図1).窒素欠乏時のフィコビリソーム分解の生理的意義は,主に光合成と細胞増殖の点から,次の二つが考えられています.一つ目は,光を集めるアンテナを縮小して窒素欠乏下で必要以上の光エネルギーを吸収してしまうことを防ぐことです.二つ目は,巨大な有機窒素源であるフィコビリソームを別の必要な窒素化合物にリサイクルすることです.しかしながら,窒素欠乏時のフィコビリソーム分解と光合成,細胞増殖の三者の関係性についてはあまり注目されず,ほとんどわかっていませんでした.


そこで,フィコビリソーム分解と光合成の関係を明らかにするために,窒素欠乏下においたシネコシスティスの光合成活性を薬剤や弱光処理によりに低下させたところ,フィコビリソームの分解が抑制されることを見出しました(図2).一方で,光合成の阻害は細胞増殖も同時に抑制したことから,次に,細胞増殖がフィコビリソーム分解に与える影響を調べました.阻害剤や低温処理,リン欠乏条件により細胞増殖を抑制すると,窒素欠乏時のフィコビリソームの分解が抑制されましたが,同時に,光合成活性も低下することが分かりました.このように,窒素欠乏下で光合成を阻害すると細胞増殖も抑制され,反対に,増殖を阻害すると光合成活性も低下したことから,光合成と細胞増殖が密接に結びついたかたちで,窒素欠乏時のフィコビリソームの分解を制御していることが明らかとなりました.

藻類は,光合成により環境中の二酸化炭素を糖などのかたちに変えて細胞内に取り込むことができるため,バイオテクノロジーの分野でも注目を浴びています.特に,窒素欠乏時には光合成や増殖を抑制する一方で光合成産物を貯蔵することから,人工的な物質生産への応用を目指した制御メカニズムの研究が盛んに行われています.本研究は,窒素欠乏時のフィコビリソームの分解制御に光合成や細胞増殖の過程が極めて重要であることを明らかにし,その両者が密接に結びついてフィコビリソームの分解量を決めていることを突き止めました.今後のさらなる研究の進展により,光合成や細胞の増殖と栄養欠乏応答とを結びつける分子メカニズムの解明が期待されます.

この研究は,独立行政法人日本学術振興会科学研究費補助金(17K19342,18H03941, 20K06691)および文部科学省生体医歯工学共同研究拠点の支援を受けて行われました.

5. 発表雑誌:

雑誌名:「Plant and Cell Physiology」

論文タイトル:Photosynthesis and cell growth trigger degradation of phycobilisomes during nitrogen limitation

著者:Akiko Yoshihara and Koichi Kobayashi

DOI番号:10.1093/pcp/pcab159

論文URL:https://academic.oup.com/pcp/advance-article-abstract/doi/10.1093/pcp/pcab159/6414402

free-access link: https://academic.oup.com/pcp/advance-article/doi/10.1093/pcp/pcab159/6414402?guestAccessKey=b33d670e-f872-41a3-8a31-6eb87026edc8


7. 問い合わせ先:

大阪府立大学高等教育推進機構・大学院理学系研究科 生物科学専攻

准教授 小林  康一(こばやし こういち)

8. 用語解説:

(注1)ラン藻(Cyanobacteria)

ラン藻は,酸素の発生を伴う光合成を行うバクテリアの一種で,シアノバクテリアともよばれる.原核生物であるが,光合成の仕組みが植物と非常に類似しており,光合成を担う植物の細胞内小器官である葉緑体の起源に深くかかわると考えられている.

(注2)フィコビリソーム(Phycobilisome)

フィコビリン色素を結合したタンパク質の複合体で,光合成反応のための光を集めるアンテナ装置としてはたらく.

図1. ラン藻におけるフィコビリソームの役割.

フィコビリソームは色素を結合したフィコシアニン(PC)やアロフィコシアニン(APC)などのタンパク質からなる複合体で,光合成反応中心(RC)に光を集めるアンテナ装置としてはたらく.窒素欠乏時に分解されることで,細胞に有機窒素源を供給するとともに,光合成装置への集光を抑制する.窒素欠乏時には、青色を呈するPCやAPCが分解されることで,細胞の色が青緑色から黄緑色へと変化する.

図2. 光合成阻害剤による窒素欠乏時のフィコビリソーム分解の抑制.

窒素欠乏時にはフィコビリソームが積極的に分解され,欠乏48時間後には細胞が黄緑色に変化する。一方、光合成阻害剤を処理したシネコシスティスの細胞では、フィコビリソームの分解が抑制され,窒素欠乏48時間後においても青緑色が維持される.