研究の目的

八百屋に並ぶ大根の根(白い部分)は、光が当たっていても葉のように緑色にはなりません。多くの植物では、根は光合成を行なわない器官(非光合成器官)として機能し、光合成を行なう葉緑体の発達が起こらないからです。しかし、その制御がどのような仕組みで行われているかはまだ良く分かっていません。 植物は、いったいどのような仕組みによって、光合成組織と非光合成組織で葉緑体の発達を調節しているのか、それを明らかにするために研究を行っています。

葉緑体は色素体の一形態

すべての植物は、細胞内に色素体と呼ばれる特有のオルガネラ(細胞内小器官)を持っています。葉緑体も色素体のひとつです。単細胞藻類などでは基本ずっと葉緑体ですが、多細胞の植物では、色素体は葉緑体だけでなく、細胞の種類に応じて様々なタイプへと分化します。 種子や分裂組織の未分化な細胞などでは、色素体は原色素体と呼ばれる未分化な形に退化していますが、植物の発達に伴い、葉などの光合成器官では葉緑体に、根などの非光合成器官では光合成する能力を持たない白色体などの色素体に分化します(図1)。

図1 植物による葉緑体の獲得とその分化

色素体は細胞内共生した生物?

同じ真核細胞でも、動物細胞は色素体を持ちません。植物細胞はどのように色素体を獲得したのでしょう。それを説明したのが細胞内共生説で、真核細胞のミトコンドリアがバクテリアに由来すると考えられているように、植物細胞では、光合成を行うシアノバクテリアの一種が太古の昔に細胞内に共生したことで、色素体となったといわれています。光合成を行うことができるオルガネラ、すなわち葉緑体として永らく重宝されてきたのだと思いますが、陸上植物ではさらに、葉緑体をさまざまなタイプの色素体に分化させることで、多様な細胞機能を実現したと考えられます(図2)。

図2.植物の進化に伴った色素体の分化.色素体は太古の昔にシアノバクテリアが細胞内共生することで植物細胞にもたらされ、葉緑体として光合成を担ってきたと考えられる

葉緑体を作るか作らないか?

植物には多様な色素体の形態が存在しますが、やはり最も重要のは、光合成を行うことができる葉緑体で、ほとんどの植物にとって(一部の寄生植物を除き)、欠くことのできないオルガネラです。しかし一方で、光合成は不完全な反応により活性酸素などを発生させ、細胞に致命的なダメージを与えるため、むやみやたらに葉緑体を発達させていいわけでもありません。適切な時に適切な組織で、適切な過程を経て葉緑体や光合成反応系を作る必要があるのです(図3)。

図3.植物組織に応じた葉緑体の分化制御.光合成組織では葉緑体の分化が促進され、光合成による物質生産が盛んに行われる。一方で、光合成反応は余剰な光エネルギーによる傷害を引き起こす危険性をはらむ。

葉緑体の分化制御を明らかにする

「葉緑体を作るか作らないか」は、「光合成をするのかしないのか」に言い換えてもよさそうです。光合成をするにも、クロロフィルや光合成タンパク質、チラコイド膜脂質を作るだけでなく、光ダメージの防御システムも用意しなければならず、たくさんのコストがかかります(ちなみに、カロテノイドやビタミンE、ビタミンCは植物が主に光ダメージ防御のために作っており、人間もその恩恵にあずかっているのです)。効率よく光合成ができなさそうなところでは、葉緑体を作って光合成システムを構築する利益があまり高くならないでしょうから、葉緑体の発達を抑制する意味もでてきます。しかし、実際に植物は、どういったとき/ところには葉緑体を作り、作らないのか、また、それがどのように制御されているのか、まだよく分かっていません。葉緑体を作るか作らないかは、植物の生き様にも直結する問題で、その仕組みを明らかにすることで、植物というものをより深く理解したいと考えています。ついでに、根っこでものすごく光合成する植物とかも作れるかもしれません。