クロロフィルの代謝制御

研究の目的

クロロフィルは、植物が光からエネルギーを取り出すのに無くてはならない分子ですが、時にもろ刃の剣となって植物自身を傷つけることもあります。そこで植物はさまざまな仕組みを用いてこの”やっかいな優れもの” をコントロールしています。どのようにして植物が環境の変化に応じてクロロフィルの代謝を制御しているのかに着目して研究を行っています。

葉の緑の素 クロロフィル(葉緑素)

クロロフィルは人の血液の赤い色素である ヘムと同じテトラピロールとよばれる分子の一種です。ヘムが鉄を含むのに対し、クロロフィルはマグネシウムを含み、その性質や役割は大きく異なります。ヘムは青色の光を特に強く吸収するため、赤く見えます。一方、クロロフィルは青色に加え赤色の光もよく吸収するため、残った緑色光により緑色に見えます。植物の細胞内では、クロロフィルは光合成を担うタンパク質に結合し、吸収した青色光や赤色光のエネルギーを光合成の反応に渡す重要な働きをしています。クロロフィルに吸収されなかった緑色光はどうなるのかというと、葉の表面を透過し、葉の内部で反射を繰り返しながら外へ出ていきます。葉が緑色に見えるのはこのためです。

クロロフィルとヘムは途中まで同じ経路で合成される

動物はクロロフィルを作りませんが、合成経路を途中まで持っています。なぜなら、クロロフィルの合成経路は途中までヘムと同じだからです(ただし、動物と植物では5-アミノレブリン酸という最初の重要な中間体の合成経路が異なります)。プロトポルフィリンIXというテトラピロール中間体まで作ったら、そこに中心金属として鉄イオンを配位するとヘムb(ヘモグロビンなどに使われるタイプ)ができ、マグネシウムイオンを配位すると、クロロフィル合成に進みます。動物はクロロフィルを作らないので、プロトポルフィリンIXができたら次は鉄を配位するのみですが、植物ではヘムもクロロフィルも作るので、鉄を配位するのかマグネシウムを配位するのかでその後の経路が大きく変わってきます。ヘムもクロロフィルもどちらも植物の成長には欠かせない分子で、この金属配位のステップは非常に重要なのですが、その調節に関しては、いまだに解明されていない点が数多くあります。

クロロフィル類は光による酸化反応を引き起こす

クロロフィルやその合成中間体は光増感反応という、光エネルギーを吸収してタンパク質や脂質を酸化したり、一重項酸素という酸化力の強い酸素(活性酸素)を生み出す危険性を持ちます。植物はそんな危ないものをたくさん持っていてなぜ平気かというと、クロロフィルはチラコイド膜上ではカロテノイドと共にタンパク質と結合しており、光によって活性化されても、そのエネルギーが光合成に使われるか、もしくはカロテノイドによって安全に消去されるからです。もしタンパク質と結合していない遊離のクロロフィルが細胞内にあると、非常に危険です。そこで、たとえば葉の老化の際には、まず危険なクロロフィルを分解し、その後にクロロフィルを結合していた光合成タンパク質を分解します。そうでないと、遊離のクロロフィルが細胞内に蓄積し、養分を回収する前に細胞が壊されてしまうからです。このように、クロロフィルの扱いは慎重にする必要があり、合成、輸送、保持、分解の各過程で厳密な制御を必要としており、盛んに研究されている分野です。

除草剤とポルフィリン症

クロロフィルと同様、前述のプロトポルフィリンIXなど、その合成中間体の多くも光増感作用を持つので、細胞内に蓄積するようなことは避けなければなりません。クロロフィルやヘムを合成する際には、中間体を蓄積させることなく速やかに合成反応を進行させる必要があり、その必要性は、クロロフィルの合成阻害剤が除草剤として機能することからも明らかです。アシフルオルフェンなどのジフェニルエーテル系の除草剤はテトラピロール合成経路を阻害し、植物細胞内にプロトポルフィリンIXの蓄積を引き起こします。その植物が光を浴びると、プロトポルフィリンIXによる光増感反応が起こり、活性酸素ストレスにより植物が枯死するという仕組みです。ヒトにおいてもテトラピロールの代謝は重要であり、先天的な遺伝子疾患などでヘム合成がうまくできないと、蓄積した合成中間体によって光増感反応がおこり、ポルフィリン症と総称される様々な病態を引き起こします。このように、テトラピロールの合成には非常に厳密な制御が必要なのですが、クロロフィルもヘムも合成する植物でそれがどのように行われるいるのか、多くの解明すべき課題が残されています。