『英語史新聞』4号より始まった、英語学・英語史を専門とする研究者の方にご自身のルーツや英語史の魅力を伺う新企画。『第4号』 の前編に引き続き、専修大学の菊地翔太先生にお聞きします。後編では、英語史の魅力やおすすめの書籍を語っていただきました。

菊地翔太先生

専修大学 文学部 英語英米文学科 准教授


初期近代英語の戯曲における文法(形態・統語)、特に関係詞が専門。

また、世界英語や、GloWbE、eWAVE 等の英語変種コーパス・データベースについて多数講演、執筆。

――先生の考える英語史の魅力についてお聞かせ下さい。


 まず、khelf主宰の堀田先生も常々ご発信されていますが、英語に関する素朴な疑問が解け、現代英語の理解が深まるという点です。英語の不規則性や多様性を不思議に思う方は、英語史を勉強すると間違いなく目から鱗が落ちますよ。『英語史新聞』のバックナンバーにわかりやすい具体例があるので是非チェックしてください。「busyの綴字で/ˈbɪzi/と発音されるのはなぜか?」という問題に迫った『第1号』 の第1面や「なぜカラーにはcolorとcolour の2つの綴りがあるの?」という素朴な疑問に答えた『第2号』 の第1面を特におすすめします。

 また、英語史を学ぶことで得られる知見は、英語教員にとって大きな強みになると思います。英語史の素養があれば、生徒からの素朴な疑問に正面から向き合いながら、生徒の知的好奇心を育み、英語学習へのモチベーションを高めるような指導を臨機応変に実践できるようになるでしょう。

 もうひとつの魅力は、英語への愛着が深まるという点です。英語史の観点から、英語の単語・綴字・発音・文法・語法などの様々な側面を眺めていると、ひとつひとつの構成要素がまるで愛すべき生き物のように思えてくるのです。例えば、ある特定の単語を取り上げて、頻度の浮き沈みや意味の変化、他の同義表現との競合関係などを調べてみると、「君はそうやって現在の地位を築いたんだね」「君は表舞台では見かけなくなったけど、そこで活躍してたんだね」「君は最近元気ないね、どうしたの」等と声をかけてあげたくなるほど、愛おしく感じられることがあります。また、現在では廃れていたとしても、ある単語や表現の生きた証や成長の記録が歴史的な原則に基づいた辞書であるOED[1]に記録されていることに感動を覚えます。英語史は胸が熱くなるような物語の宝庫です。英語史を学ぶと、生い立ちをもっと詳しく知りたくなったり、今後の活躍を見守りたくなったりするような「推し」が必ず見つかるはずです。

 


――研究者であり、教員でもある先生にとってのやりがいを教えて下さい。


 現在担当している英語史関連の授業に力を注いでいます。まだまだ未熟ではありますが、私の授業では、恩師を始めとする多くの先生方に影響を受けながら培ってきた英語観を学生に発信しています。特に私が伝えたいことは、現代の英語という一言語を理解するためには「縦」(変化)と「横」(多様性)の視点が不可欠であるということです。最初は、「横」の広がりへの意識を高めてくれる世界英語の話題から始めるようにしています。その後、英語発祥の地であるイギリスにおける英語の発達史を重点的に取り上げながら、各英語変種に「縦」の流れがあることを強調しています。実際に私の授業を通じて英語の見方が変わったという声が届くと嬉しく思いますし、ますますやりがいを感じます。一方で、学生のフィードバックから初めて気づかされることもとても多く、私自身の英語観が日々変容し、豊かになっているのを感じます。今後も、これまでの国内外での経験を活かしながら、さらに研鑽を積んで、より多くの学生に英語史の魅力を伝えられるよう試行錯誤していきたいです。

また、教員として強く意識していることのひとつに、学生からの問いには直接的には答えずに、問題の本質に迫るための糸口としてどのような文献や資料、ツールが有用かを示唆する程度に留めているという点があります。

 


――菊地先生の恩師と重なる部分がありますね(恩師との出会いについては前編にて)。


 かなり意識していますね(笑)。私には荷が重いのですが、恩師の教えや想いを受け継いでいきたいと強く思うと同時に、これからどのように自分らしさを出していくかを常に考えています。

 


――最後に、『英語史新聞』の読者にメッセージをお願いします。


 現代社会には現在の一点のみをじっと見つめていても解決できないような問題が数多く存在します。このような時代だからこそ英語史を学ぶ意義があると考えています。英語史は、型にはまらない多様な視点から身の回りの物事を考える能力を養ってくれる刺激的で実用的な学問です。まずは、歴史とは一見すると関係のなさそうな英語に関する素朴な疑問に歴史的な視点から向き合ってみませんか。英語史はみなさんが長年抱いてきた疑問に対してきっと腑に落ちる説明を与えてくれます。こうした啓発的な体験を通じて知的好奇心が満たされると、もっと知りたいという欲求や新たな疑問が次々と湧き上がり、気がつけば私のように英語史の深い世界に引き込まれていることでしょう。どうぞ迷わずに最初の一歩を踏み出してください。英語史コミュニティーはみなさんをお待ちしています。

私の推し本


寺澤盾『英語の歴史―過去から未来への物語』(中公新書、2008年)

画像出典: https://www.chuko.co.jp/shinsho/2008/10/101971.html

 英語史の入門書として是非一冊目に手に取っていただきたい本です。本書は、新書なので一般読者向けに平易な文体で書かれており、英語史の要点がコンパクトにまとめられています。英語史には遥か昔の英語を扱う硬派で近寄りがたい学問というイメージがあるかもしれませんが、本書の大部分は身近な現代英語の問題を扱っているため、心理的な距離をあまり感じることなく読み進めることができます。また、より発展的な内容を学びたい方には、巻末の充実した文献案内がとても役に立ちます。

 本書では、英語の今後の展望について随所で考察されていますが、その後、英語には様々な領域で多くの変化が起こっています。出版から15年が経った今、実際にどのような展開があったのかを調べたり、これから何が起こるかを予測したりすることも本書の有意義な活用法の一つです。一例として単数のthey(singular ‘they’)を挙げます。これは、性別を明示しないeveryone等の不定代名詞を受ける際に、男女平等の観点から問題のあるhe(総称のhe)の代わりに、性別に中立的なtheyを使う用法のことです。単数のtheyは標準英語で市民権を得つつあると記されていますが、その後も躍進が続いており、世相を反映した新たな用法も発達させています[2]。本書を手に取り、英語史の基本を身につけるのみならず、このような応用的な学び方を実践しながら、現在や未来も射程に入れた英語史学習をしてみませんか。

[1] OEDについては『英語史新聞』第2号の第2面をお読みください。

[2] この問題については『英語史新聞』第3号の第2面「三人称 ‘単数’のthey?」が詳しいです。