コロキウム4
記憶の空間を生きる
──「二重のまち」から考える再表象の実践
企画者:山名 淳(東京大学)
司会者:室井 麗子(岩手大学)
報告者:瀬尾 夏美(アーティスト、フィールドワーカー)
梶原 千恵(九州大学大学院)
平田 仁胤(岡山大学)
櫛桁 祐哉(東京大学大学院)
庭田 杏珠(東京大学学部)
記憶の空間を生きる
──「二重のまち」から考える再表象の実践
企画者:山名 淳(東京大学)
司会者:室井 麗子(岩手大学)
報告者:瀬尾 夏美(アーティスト、フィールドワーカー)
梶原 千恵(九州大学大学院)
平田 仁胤(岡山大学)
櫛桁 祐哉(東京大学大学院)
庭田 杏珠(東京大学学部)
本コロキウムの起点はアーティスト瀬尾夏美氏の著作『二重のまち/交代地のうた』(書肆侃侃房、2021年)およびドキュメンタリー映画『二重のまち/交代地のうたを編む』(小森はるか+瀬尾夏美監督、2019年)である。瀬尾氏は東日本大震災のボランティア活動を切っ掛けとして2012年から3年間、「岩手県陸前高田市で暮らしながら、対話の場づくりや作品制作」を行い、その後も「“語れなさ”をテーマに各地を旅し、物語を書いている」(同上書の著者紹介より)。
瀬尾氏の作品は、私たちが今・ここの空間を生きているだけではない、ということをあらためて思い起こさせる。「災前」の風景が「災時」に失われ、それでも記憶の痕跡が残されていたはずの「災後」の空間もまた嵩上げによって変化を余儀なくされていく。瀬尾氏は「旅人」としてそのように記憶のなかで折り重なっている空間の想起と忘却の間にある人びとの佇まいや言葉にふれ、さまざまな「語れなさ」を自覚しながら、その土地と人びととの関わり合いのなかで何らかの表現が生み出されていく営みに手を添えている。そこで共同構築される表現は過去の記録であると同時に、未来に向けた物語(ナラティヴ)でもあるような何ものかである。その過程は作品を生み出すだけでなく、それ自体が作品の大切な一部分でさえある。
瀬尾氏の試みが私たちにとっても興味深いのは、「災後」の人びと(瀬尾氏の言う「旅人」も含まれる)による「再表象(re-representation)」の可能性に触れていると思われるからだ。証言や人びとの佇まいを表象(再提示、representation)と呼ぶとすれば、それらに接触することで生み出されるものは表象をもとにした表象(再-再提示re-representation)としての側面を有している。表象と再表象との揺らぎとの関係で〈伝承〉とは何かということを、他の表現活動の具体例も交えて考えてみたい。
※ 対面+オンライン同時双方向型