フォーラム2


第二次世界大戦期フランスにおける戦争と死の哲学

―コジェーヴとイポリットのヘーゲル論を中心に―

報告者:森田 伸子


司会者:岡部 美香(大阪大学)

【概要】

「国家防衛あるいは革命にさいして、歴史に帰属する個人は命を賭けなければならない。こう書いた1937 年当時…政治的決定が特定の死の選択であってみれば、それは同時に生き方の選択でもあったのだ」。レイモン・アロンはこう回想している。1936 年のラインラント非武装地帯へのドイツ軍侵攻、パリ占領、休戦協定と対独協力ヴィシー政府の成立後、ユダヤ人であったアロンはフランスを離れロンドンの亡命政府で「自由フランス」の刊行に従事することになる。彼の回想録には、生死にかかわる政治的決定に不断に迫られていたフランスの知識人たちの苦悩が生々しく描かれている。同時にこの時代は、1931 年、国際ヘーゲル連盟が設立されるなど、ヘーゲル勃興の時代でもあった。フランスにおけるヘーゲル主義は、終戦直後相次いで出版された二人の哲学者の著作によって代表される。一人は革命ロシアからのユダヤ人亡命者であるアレクサンドル・コジェーヴの、戦時中のパリ高等研究院での講義録を再録した『ヘーゲル読解入門』1947 年、もう一つはジャン・イポリットの『ヘーゲル歴史哲学序説』1948 年である。両者とも、国家と戦争と死を中心テーマとしながら、前者は主と奴の血塗られた闘争の果てに等質で普遍的な国家によって歴史の終わりが到来するという、独特なマルクス主義的『精神現象学』解釈を提示し、戦後フランス思想界に大きな影響を与えた。後者イポリットは、戦争の哲学を初期から晩年にいたるヘーゲル哲学の一貫したテーマとして位置づけ、それをルソーの一般意志論の抱える矛盾と関係づけてとらえる解釈を示した。そこには、アロンが回想する戦時期の経験が色濃く反映していると同時に、戦争をとらえる二つの異なる視点がくっきりと表現されている。戦争の思想史の取り組みの第一歩として、この二つのヘーゲル論を読むことからはじめたい。