2022 Spring Workshop: Introduction
要旨
心理学者は、もっと数学を勉強する必要があると思われます。その一方で、(文系教育を受けてきた)心理学研究者や学部生、院生が数学の何を、どのように学ぶと効率的かつ効果的なのかは、良く分かっていません。ただ、個人でやるよりは集まってやった方が良さそうな気はします。そこで、実際に集まって数学をやってみて、どういうやり方が良いか考えるワークショップを企画しました。
背景
近年、心理学でこれまでに報告されてきた知見の多くが、追試によって確証できないという「再現可能性の危機」が、心理学界を大きく揺さぶっています。これは学問としての心理学への信頼性を大きく損なう事態であり、心理学者自らが率先して、早急に対策を立てていく必要があると思われます。
危機の原因のひとつとして挙げられるのが、心理学者が統計分析を深く理解していないという厳しい現実です。残念ながら、教員レベルの第一線の心理学研究者であっても、必ずしも統計学を正確に理解できるだけの数学的教養を有しておらず、内容をよく理解しないまま統計を道具としてのみ用いることが少なくありません。統計分析が単なる学問的儀式と化すことで、再現可能性危機を創り出すひとつの原因となっている可能性が高いように思われます。
ワークショップの目的と計画
そこで本ワークショップでは、再現可能性危機の打開という目的を念頭に、心理学者の数学的教養を効果的に高めるには、どのような数学を、どのように学ぶべきかついて検討していきます。実際の数学学習の模擬体験を踏まえて、ワークショップ参加者でディスカッションを行い、効果的方法を検討します。心理学者、並びに心理学を専攻する大学院生・学部生等に、広く本ワークショップへの参加を呼びかける予定です。
ボトムアップ型学習とトップダウン型学習
Deisenroth (2020) によれば、応用数学の教授法には、ボトムアップ型とトップダウン型のふたつの戦略が考えられると言われています (p.13)。このうちボトムアップ型とは次のように特徴づけられています。
基礎からより発展したものへと概念を構築していくもの。数学などのテクニカルな領域ではより好まれるアプローチである。この戦略では、読者は常に、既に学んだ概念を使って進むことができるという利点がある。ただ残念ながら、学ぶ側からすると、多くの基礎的な概念は特にそれ自体面白いものではないため、モチベーションを維持するのが難しく、それゆえ基本的な定義の多くもすぐに忘れられてしまう。
それに対してトップダウン型は次のようなものとされています。
実践的なニーズから、より基礎的な要請へと掘り下げていくもの。目的志向的なアプローチで、ある特定の概念がなぜ必要なのか、読者は常に理解しており、必要な知識にいたるまでの道筋がクリアであるという利点がある。この戦略のよくない点は、知識の基礎がもろくなってしまうことで、読者はよく理解できないまま、とにかく用語を覚えていく必要が出てくる。
すなわち、この双方のアプローチともに一長一短があると思われます。特に心理学者の場合、実践的目標が極めて明確であるだけに、ボトムアップ型アプローチではモチベーションの維持が難しいことが予測されます。他方、トップダウン型アプローチだけでは、必要とされる幅広い数学的教養のすべてをカバーできず、取りこぼしを作る可能性があります。そのため両者をバランスよく配置する必要があると思われます。そこで本ワークショップでは、この双方をテストし、心理学者が数学を学ぶ際、どのようなトピック、どのような教授形態に、どちらの方法論が最適なのか、あるいはどのような割合で双方のバランスをとることが最適なのかを検討していきます。
2022 春 数学ワークショップ#1:
心理統計のトピックを対象としたトップダウン型学習
心理統計のトピックを対象としたトップダウン型学習
トップダウン型アプローチを採用し、心理統計学の基礎的項目である統計検定を対象に、その理解に必要な数学的教養を伝統的な講義形式で学んでいきます。特に以下の点を検証していきます。詳細はこちら。
心理統計学のトピックを対象とすることの良し悪し。
( ボトムアップ型学習にも参加した参加者を対象に) ボトムアップ型との比較で、トップダウン型学習におけるモチベーション維持が容易かどうか。
学習対象に含まれるものの、基礎的説明を省かざるを得なかった概念が、受講者にどの程度理解されているかの検討。
トップダウン型学習によるトピックの取りこぼしの可能性について。講師からの意見と、受講者からの意見の双方を検討する。
2022 春 数学ワークショップ#2:
オープン教育マテリアルを使って、ボトムアップ型学習をやってみる。
オープン教育マテリアルを使って、ボトムアップ型学習をやってみる。
ボトムアップ型アプローチを採用し、高校数学の数学 III を対象とします。特に以下の点を検証します。 詳細はこちら。
ボトムアップ型学習におけるモチベーションの維持の難しさとその個人差。
共同学習形式がモチベーション維持へもたらす影響の質と程度。
パーソナライズ型学習形式の良し悪し。
オープン教育マテリアル使用の良し悪し。
オンラインで開催。サテライト会場も。
ワークショップは、基本をオンライン形式にしつつ、一部参加者は対面可能な会場からの共同参加を予定しています。
スペースの関係上、各サテライト会場は事前申込みを必須とします。申込者多数の場合には、サテライト会場でのご参加を諦めていただく場合もあります。また、Covid-19の拡大状況によっては、サテライト会場の設置を取りやめる場合もあります。
ZoomとDiscordを用いて参加者間(個人、サテライト会場)をつなぎます。
サテライト会場を設置して下さる方も歓迎です。各ワークショップの申込時に、ご連絡下さい。
サテライト会場
サテライト会場#1
慶應義塾大学文学部(三田キャンパス)
Workshop #1, Workshop #2 とも開催予定。人数上限あり。要申し込み。
サテライト会場#2
大阪大学大学院人間科学研究科(吹田キャンパス)
Workshop #1, Workshop #2 とも開催予定。人数上限あり。要申し込み。
サテライト会場#3
九州大学大学院人間環境学府(伊都キャンパス)
Workshop #1, Workshop #2 とも、参加者の一般募集はしていません。
サテライト会場#4
上智大学総合人間科学部(四谷キャンパス)
Workshop #1 のみ開催予定。人数上限あり。要申し込み。
問合せ先と中の人はこちら。
本企画の実施にあたってJSPS科研費 19H01750 「社会心理学の基盤を裾野から確認する:メタ分析と追試による再現性検証」の助成を受けています。
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