HBES-J 2023

日本人間行動進化学会 2023 大会 口頭発表
深層学習と新しい進化心理学

発表

池田功毅 (明治学院大学)・山田祐樹 (九州大学)・平石界 (慶應義塾大学)

要旨

深層学習、特に近年の大規模言語モデルや画像生成モデルは、従来の心理学的構成概念を用いた認知主義的制約や特定のタスクから離れ、比較的単純だが極めて大規模なモデルと、大規模かつ一般的なデータを用いた自己教師あり学習を行うことで、これまでにない成績の向上を達成したとされる。本発表では、この深層学習の成功は、進化心理学を含む既存の科学的心理学のもっとも基礎的な枠組みに疑義を呈するものであり、新しい研究の可能性を示唆するものだと提案する。深層学習の問題点として、大規模分散表現の解釈不可能性が挙げられているが、これも非平衡統計物理学、進化生物学、機械学習理論の理論的見地から統合的な理解が十分可能だと考えられる。それら諸理論を通じてどのような「新しい進化心理学」が構築可能なのか、またそれは既存の心理学の伝統の中にどのように位置づけられるのか、その暫定的スケッチを論じる。

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日時

2023年 12 月 2日 (土)  13:10~14:30 セッション1 (発表番号004)

会場

大阪公立大学杉本キャンパス 1 号館・140 周年記念講堂
& オンライン  (ハイブリッド開催)

追加コメント


発表後に、「新しい進化心理学」の具体的な姿が見えづらかったというご指摘を、何人かの方々からいただきました。私たちとしては、発表の最後の部分で、行動計画生成に関する研究アイデアの例を通じて伝えようと試みたのですが、時間が短かったこともあり、十分ではなかったかもしれません。以下に少しコメントを追加しておきます。

LLM モデルのみを通じて行動計画 (planning) などを生成できる、ということは、単に LLM が目玉焼きのレシピを自動的に書き下すことができるようになる、というだけに留まらない重要な含意があると思われます。まず工学的な応用を考えてみると、その LLM モデルをうまくロボットなどに実装することができれば、ロボットに文章による曖昧な指示を与えるだけで、それ以上の人為的なプログラムを経由せずに、私たち人間と同様の自然な行動計画を、自動的に生成できることになるわけです。例えば口頭で「目玉焼き焼いて~」とお願いすれば、冷蔵庫から卵を取り出してフライパンで焼いてくれるはずです。

ただし、もちろんこれは楽観的すぎる意見で、特に、人間と同じように動けるロボットというものが現時点では存在しないので、「ロボットへの実装」というステップを実現するために、まだまだ研究を重ねる必要があります。LLM による行動計画生成研究は、あくまでその最初の一歩に過ぎません。しかし大変重要な一歩であることは、間違いないと思います。

次に自然科学的な含意としては、LLM モデルが自然な行動計画を生成できるのだとしたら、同じことを我々人間や動物もやっている可能性があるのではないか、という仮説を立てることができます。人間や動物の脳や体は物質でできているため数値化が難しいという問題がありますが、LLM の中身はすべて数字と数式でできています。そのため LLM の性質は、数理的に調べることができます。そこで LLM モデルを調べて、そこから、人間や動物でも測定可能な何らかの指標を見つけてくることで、人間や動物が行動する時に何が起こっているのかを体系的に調べることが可能になります。

ただし注意が必要なのは、LLM は多数のパラメータによって構成される高次元で複雑なネットワーク構造を持つため、これを数理的に検討する際に、既存の心理学や認知科学の手法はまったく役に立たないという点です。そもそも心理学は、こうした複雑性を読み解くことができなかったために、一般化可能性問題を解決できずにいるわけですから、まったく別のアプローチが求められています。そのため私たちは、統計力学、進化生物学、そして機械学習理論などを基礎として、そうした数理的方法を導出しようと考えています。例えば LLM 内で行動が生成される際、環境と自己の相互作用の中で、どのように自己組織化現象が生じるのかを、エントロピーなどの指標を用いて測定することが可能ではないか、という方向で考えを進めています。

以上のようなものが、私たちが考える「新しい進化心理学」あるいは「新しい心理学」の具体的な姿です。現時点では、幾人かの方々にご指摘いただいた通り、ほぼ妄想に近いようにも聞こえるかもしれませんが、こうした目標を目指して、これからも研究を続けていき、少しずつ実現していきたいと考えています。

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