科学研究費「遺伝学関連小区分」について

私は2019年度から日本学術振興会学術システムセンター研究員を兼務しています。現在、学術振興会では科研費の「遺伝学関連」小区分についての議論が進んでおり、遺伝学会員のみなさんにこの内容を周知するために、先日行われた意識調査アンケートに設問として加えていただきました。この場をかりて、その議論とアンケート結果の抜粋について説明いたします。

 科研費改革2018では審査区分についての抜本的な見直しが行われ、より大括り化された306の小区分からなる現行の審査区分が策定されました。この改定の根底には、審査区分は科研費の審査を厳正かつ効率的におこなうためのしくみであって、学問分野の体系化を趣旨するものではないという理念があります。それまでの審査区分において、あたかも学会や研究分野を代表するような議論がされ、それに呼応して区分が増加し、細分化され、研究が蛸壷化してしまったという大きな反省に基づいています。

 その意味で「遺伝学関連」小区分は日本遺伝学会を代表するための区分ではないはずで、実際今回のアンケートでも「遺伝学関連」以外の小区分に応募するという意見が大多数でした(図1)。科研費審査では、申請者本人が適切と考える区分に申請できることを最重要視しており、この選択自体は全く問題ないと考えています。一方で、20%近くの会員が「遺伝学関連」小区分に応募すると回答しており、依然としてわが学会にとって「遺伝学関連」小区分は身近な存在であるといえると思います。

図1 遺伝学会意識調査アンケート「科研費の審査区分について」の結果

 科研費改革から数年が経過して、いくつかの問題が顕在化してきました。特に問題となっているのが、応募件数の少ない区分の取り扱いです。上で論じたように、決して応募件数の多寡が区分の学術的価値に関連すると考えているわけではありません。そうではなく、応募件数が少ない区分で審査することで採否の結果がばらついてしまうことを心配しています。科研費の審査では区分あたりの採択率を一定にすることを基準に、応募数に応じて採択数を配分します。少数の審査になれば、1課題あたりの重みが増し採択率のコントロールが難しくなってしまいます。詳細については日本学術振興会の資料(https://www.mext.go.jp/content/20210806-mxt_gakjokik-000017184_1.pdf)をみていただきたいのですが、安定した採否結果を得るためには、区分あたりおおよそ20件以上の応募件数が必要だと考えられています。

 応募件数の少ない区分への対応として、2023年度科研費審査から複数の区分をまとめて審査を行う合同審査の実施が計画されています。現在のところ基盤研究(B)の49小区分の審査のみの合同審査導入が議論されており、先日この案についてパブリックコメントが募集されたところです(https://www.mext.go.jp/content/20210806-mxt_gakjokik-000017184_3.pdf)。この合同審査の候補には「遺伝学関連」小区分が含まれており、「進化学関連」小区分との合同審査が計画されています。ご存知ない方が多いのではないかと感じてましたが、実際、アンケート回答でも96%の方が「遺伝学関連」と「進化学関連」の合同審査について知らなかったと回答されています。

 ここ3年間の科研費応募件数をみますと、確かに「遺伝学関連」小区分への応募は他の小区分に比べて少ないです(図2)。小区分で審査される全ての種目(基盤B、基盤C、若手研究)において少なめですが、当面は基盤Bの審査のみに合同審査が導入される計画です。

 個人的には「遺伝学関連」に応募が少ない理由は明らかだと考えています。生物科学分野は大きく「分子から細胞」「細胞から個体」「個体から集団」という階層的な中区分で分類されていますが、「遺伝学関連」は「個体から集団」の中区分に含まれています(https://www-kaken.jsps.go.jp/kaken1/daichukubunList.do)しかし本来の「遺伝学」は分野横断的な色彩が濃く、多くの小分野を束ねるハブのような存在であり、どの階層にも属することはできないと思います。それを便宜的に「個体から集団」の中に分類してしまっているので、別の階層の研究者には申請し難い小区分となってしまっているのではないかと考えます。今回の合同審査にあたっても、同じ「個体から集団」中区分に属する「進化学関連」との組み合わせだけが考慮され、「分子から細胞」中区分に属する「分子生物学関連」「ゲノム生物学関連」「システムゲノム化学関連」との組み合わせについては対象外です。遺伝学会にはこれらの小区分に関係する研究者が多く参加していることを考えると、「進化学関連」の分類位置については再考の余地があると思います。アンケートの自由回答欄にも同じようなご意見をたくさんいただだきました。

 アンケートの自由回答欄には、「遺伝学関連」区分を残してほしいという意見も目立ちました。この件についてひとつ言及しておきたいのは、合同審査が実現されても「遺伝学関連」小区分はそのまま残ることです。しばらくは、この「遺伝学関連」小区分が消滅するということはないと考えてください。その上で「遺伝学関連」小区分の存在意義について建設的に考えてみていただければありがたいです。「遺伝学関連」小区分の採択課題を眺めてみると、材料や分野や手法はまちまちではあるものの、何か独特の「遺伝学」とよぶべき特徴が備わってるように思います。5年後には大掛かりな科研費審査区分の改定が予定されています。「遺伝学関連」の存在意義を体現できる方法について案がある方は私までご連絡ください。よろしくお願いします。

学術センターシステム研究員(生物系科学専門班)

国立遺伝学研究所

平田 たつみ  


図2 科研費小審査区分への応募数 (日本学術振興会科研費データより抜粋)