日本の学会誌出版を取り巻く現状について

学術雑誌の発行は学会の主要な機能の一つである。生物学分野においても、多くの学会が独自の学術雑誌を定期的に発行し、成果公開や情報交流の場を提供している。近年、世界規模で学術雑誌を取り巻く状況が激動している。その影響をもろに受けて、日本の学会が発行する学術雑誌の多くも混乱と試行錯誤の中にある。ここでは、学術雑誌出版に関わる日本の学会特有の問題について考えたい。

日本の学会の多くは、長い間、純粋に学術目的のため、利益を度外視して学術雑誌を発行してきた。「科学研究費補助金公開促進費(学術定期刊行物)」を原資に学術雑誌の発行を続けてきた諸学会にとって、本種目に関する2008年の提言と2013年の改定は重大な影響をもたらしたといわれている。これまでのような継続的なサポートを期待できなくなった一部の学会は、経費的な安定を求めて大手海外商業出版社に出版を委託するきっかけになった。海外商業出版社とタイアップすることで、雑誌の国際的な認知度を高めることに期待した面もあるだろう。その一方で、細々と自助努力による雑誌出版の継続を選択した学会もある。結果として、現在の日本の学会誌にみられる2つの対照的な流れを生むことになった。そしてこの対照的な選択の結果が、近年のオープンアクセス(OA)化促進活動の中でさらに際立ってきた印象を受けている。それについて説明する前に、まず世界的なOA推進の流れと問題点について概説する。

世界規模でのOA推進活動とそれに関連する問題

1990年ごろから海外商業出版社が巨大化を始めて市場を独占した結果、雑誌購読料の高騰がおき、多くの大学や研究機関で学術雑誌購読の継続が困難となった。こういった状況の中、公的資金で行われた研究成果について広く一般で共有すべきというOA化の流れが生まれたのは当然のことだろう。欧米の研究助成機関のいくつかは成果発表のOA義務化を強力に推し進め、日本学術振興会も2017年に研究成果を原則OA化することを推奨するに至っている。

OAの手段は、Gold とGreenに分類されることが多い。Gold OAとは、著者がOA掲載料(Article Processing Charge:APC)を支払うことで掲載論文をOAにできるもので、完全OA雑誌や一部の論文だけOAになるハイブリット雑誌など様々な形式で行われている。Green OAとは著者自身が論文をセルフアーカイブして一般公開する方法である。最近では商業出版社の多くが、一定のエンバーゴ期間経過後の掲載論文のGreen OAを認めるようになっている。また、投稿前の論文原稿をプレプリントサーバーでGreen OA公開する動きは、生物系コミュニティにおいても急速に浸透しつつある。

ここでは学術論文のOA化について3つの問題を考えてみる。

1. APCに関する負担と疑問

経済利益を追求する商業出版社にとっては、みんなに自由に掲載論文を読んでもらっては商売にならない。非購読者にも自由に論文を読んでもらうようにするためには、そのための経費、すなわちAPCを著者に負担してもらおうということになる。多くの商業出版誌において、APCは1論文あたり数十万円とかなりの高額である。ハイブリッド雑誌の場合、研究者の側からみると、高額な雑誌の購読料を図書館が払った上に、さらに個別に研究者がAPCを負担するのは二重払いではないかということになる。日本の多くの研究者のようにOA化やAPC負担を義務化されていない場合は、いくらOAを推奨されても、なけなしの研究費をAPCに回す気にならないのは当然である。一方で非営利研究者団体の発行する雑誌におけるAPCの額は様々である。商業出版社に匹敵するほど高額なものもあれば、非常に安価なものもある。


2.自由な二次利用の観点

OAというと、「論文に誰もが無料でアクセスできる」ことだけを意味すると捉えられがちだが、実際にはそれに加えて「論文内容の自由な二次利用」を定義に含むことが多い(Budapest Open Access Initiative:BOAI)。この後者の意味は、現在の日本学術振興会のOAの定義には含まれていないが、今後ますます注目されてゆくポイントである。上記の定義によれば、二次使用を認めない無料公開は、OAではなくフリーアクセスとよばれることがある。

二次利用の促進について推奨されている方法は、クリエイティブ・コモンズライセンス(CC)を論文に設定することである。CC BYと表示すれば、その論文の著作権の在り処を明確にしながら、どんどん二次利用してくださいという意思表示となる。二次使用の範囲をより制限したライセンス(CC BY-NC-ND等)もあるが、狭義のOAの定義からは逸脱するという意見もある。二次利用の範囲を決めるのは著作権の持ち主であるから、論文著者が著者権を維持している限り、このようなCCライセンスを設定することは比較的容易である。問題は、論文の多くが「著作権を出版社や学会に譲渡する」というプロセスを経て発行されることである。そうなると譲渡された著作権の持ち主が二次利用の範囲を決めることになる。


3.ハゲタカ雑誌の台頭

OAビジネスが成功すると、今度はこれを悪用するものが現れた。いわゆる「ハゲタカ雑誌」である。著者からAPCを得ることのみを目的に、適切な査読を行なわずに論文を受理しては発表するOA専門の悪徳雑誌である。ハゲタカ雑誌についてはすでに多くの悪評記事があるのでここでは割愛する。それよりもここで問題にしたいのは、多くの日本発の学術雑誌にとって、それが「ハゲタカ雑誌」ではないことを証明するのはそれほど容易ではないことである。きちんとした学術雑誌であることを世界的に認めてもらうためには、厳格な基準でホワイト雑誌のみを選抜してリストするオープンアクセス学術誌要覧(Directory of Open Access Journals:DOAJ)などに掲載してもらってお墨付きをもらうほかないのが現状である。

学術雑誌に関して日本の学会が直面する問題

日本の学会が発行する学術雑誌の問題に戻ろう。先述したように、現在2つの対照的な流れを汲む雑誌が存在する(下表参照)。

ひとつは、学会が大手海外商業出版社に発行を委託した学術雑誌である。例えば、日本分子生物学会のGenes to Cellsや日本発生生物学会のDevelopment, Growth and DifferentiationはWiley社から、日本神経科学学会のNeuroscience ResearchはElsevier社から発行されている。これら委託の最大の利点は、経済的に安定した出版が保証されることだろう。さらに雑誌によっては、出版社から学会に何某かの著作権使用料が入り、学会の経営が潤うと聞いている。また、論文査読や出版業務のノウハウを持つプロの力を借りることで、研究者にかかる編集業務の負担を大幅に軽減できることも大きな利点である。さらに大手商業出版社の影響力で、雑誌のインパクトファクターを高める効果があるともいわれている。一方で欠点としては、まず、Gold OAにするためのAPCが高額であることだろう。APCの額の設定について、学会もある程度は交渉できるだろうが、実質商業出版社が主導権を握っていることは大きな懸念材料である。さらにもうひとつ注意すべきことは、いずれの雑誌も、エンバーゴ期間後にセルフアーカイブによるGreen OAを認めているものの、二次利用には制限が付されている(その意味では正式なOAとはよべない可能性がある)。


学会自身が学術雑誌の出版母体となっているケースを考えてみよう。例えば日本細胞生物学会の発行するCell Structure and Functionや、日本遺伝学会の発行するGenes & Genetic Systemsなどがこれにあたる。この方法の明らかな欠点は、編集作業が大変ということである。受稿、査読から、印刷業者とのやりとりまで、そうでなくても忙しい研究者の熱意とボランティア活動に頼らざるを得ない。母国語ではない言語で国際雑誌を編集する業務は並大抵ではない。しかしこの重大な問題さえ除けば、学会の意思を最も尊重でき、OA化に向けて自由が効きやすい形態ではある。とりわけ 科学技術振興機構による無料のOAプラットホームJ-STAGEが整備されてからは、これを利用することで安定的に学術雑誌の電子発行が可能になっている。J-STAGEはまた、投稿、審査のシステムも提供しており、上記の研究者の雑誌編集の労力の軽減にも一役買っているらしい。APCの額については、非営利活動でもあり、学会に決定権があり自由がきく。冊子体を発行する場合でも、印刷費を賄って安定的な運営できる程度となれば1論文3-10万円で可能だろう。現在この出版の形態で最も対応が遅れているのは、「自由な二次利用」の部分である。J-STAGEに収録された400弱の査読付き英語雑誌のうち、DOAJのお墨付きをもらえているのは14誌しかない。その一つがCell Structure and Functionであり、著者に著作権を与えCC BYで発行する正式なOA雑誌である。一方のGenes & Genetic Systemsは、現在DOAJへの採用を目指してCCライセンスの付与の準備中である。ただしこの出版形式の強みは、商業出版社を挟まないことである。論文著作権は学会のみにあり、学会の意思で二次利用の範囲を決定できる。日本遺伝学会は、この機に著者に著作権を与えることにし、CC BYを付して完全OA発行をめざすとしている(2019年現在)


学術雑誌を取り巻く状況は今もなお急激に変化している。2018年に欧州の研究助成機関から提出された「プランS」では、論文の即時OA化やAPCの実質無料化、著者による永続的著作権の保持など、かなり急進的な提案がされており、今後の行く末が気になるところである。一方で、日本国内に目を向けると、国際化、インパクトファクター、OA化、著作権問題など、欧米発の基準に同調するために右往左往してきた印象を否めない。OA雑誌が乱立した結果、論文の投稿先はもはや選り取り見取りであり、学会誌は学会員の論文の受け皿としての役目を終えたと思われる。今後は研究者の理想に戻って、著者の貢献をきちんとクレジットしながら、その研究成果を効果的に発信して世界人類が享受できるやり方を、研究者主導で考え直す時期にきているように感じる。

(ご意見コメントをいただいた岩崎博史東京工業大学教授、仲村春和東北大学名誉教授、有田正規国立遺伝学研究所教授に感謝致します)


本ページは、日本学術振興会学術システム研究センター 平田たつみ専門研究員による2019年度学術動向等に関する調査研究報告を改変したものです