外国人研究者を取り巻く日本の研究環境について

 近年、大学を含む研究機関のグローバル化が重要課題となっている。文科省や日本学術振興会(学振)から国際化推進のための助成プログラムが次々と打ち出され、国際共同研究の推進や留学生の獲得など様々な国際化活動の後押しとなっている。とりわけ外国人教員数を増やすことは、研究者の多様性を増すために重要であるとされ、世界大学ランキングにも直結するので、各研究機関でも力を入れているところである。実際、研究現場において日本語を母国語としない研究者数は増えていると思われる。しかしそのメインは大学院生等の若手であり、日本のアカデミアに定着してキャリアップしてゆく研究者は多くない印象がある。そこで、日本で研究する外国人研究者のキャリアについて調査することにした。特に研究者として生きてゆく上で必須である科研費の取得状況について解析を試みた。

 私がこの問題に興味を持つようになったきっかけは、同じ研究室に所属する外国人助教に関する経験である。彼女は日本語がわからないので英語で申請書を作成して科研費を取得しているが、成果報告書は「日本語」で作成するようにと学振から指示があり驚いた。その理由は、成果報告書は納税者である一般向けのものであり、一般大衆は英語の文章を理解できないからということであった。しかし実際の成果報告書の多くは、いくら日本語で書かれていても専門語句が多用されており、到底一般大衆が理解できるような代物ではない。「平易な英語で書かれた文章の方がよほど多くの人が理解できるはずだ」との私の主張は認められなかったが、ともかく英語で成果報告書作成することは大目に見てくれることになった。彼女によると数年前の成果報告書作成時には知り合いに日本語訳をしてもらったそうで、学振でもある程度は英語化容認が進んでいるようである。実際、最近では英語で書かれた成果報告書が散見されるようになっている。

1) 科研費からみる日本アカデミアにおける外国人研究者人材

科研費データベースから、2108-2020年度の採択課題(生命科学系区分)のうち英語による申請課題を拾い出して割合を算出した(図1)。英語申請かどうかの判断にあたっては、研究概要や実績概要の文章を確認し、課題名のみが英語のものは英語申請とはカウントしなかった。その結果、予想通り、英語申請課題の割合は、若手研究で最も高く6-10%であった。基盤A, B, Cはどれも同程度に低く、挑戦的研究では更に低かった。なお、これらの傾向について、ここ3年間で顕著な変化は認められない。

女性研究者の科研費採択割合も上位の研究費になるほど減少することが知られている。図2は、学振から公表されている科研費配分状況表(全審査区分)から算出した採択課題のうち女性研究者の申請が占める割合である。上位の審査区分ほど割合が減少するのは英語による申請に似ているが、減少はもっと段階的であり、比較的順調に若手研究から基盤Cに移行していることが伺える。それに対して、英語申請課題の場合は若手研究と基盤Cの間に大幅な減少の溝があり、若い世代のみが英語申請している状況が予想される。

 英語による科研費採択課題について採択された研究者の職種を調べたところ、やはり半数が若手の研究員であった(図3左)。ついで助教が多かったが、そのうち約半数が特任助教であり、科研費採択回数も少なかった。この結果からも、日本のアカデミアの中で継続してキャリアアップしてゆく外国人研究者の姿は見出し難い。

 科研費採択研究者の所属機関では(図3右)、理研と沖縄科学技術大学院大学(OIST)で半数近くを占め、一般的な日本語による申請課題とは異なる傾向が認められた。これらの研究機関に外国人研究者が多いことが1番の理由であろうが、これらの機関では英語での研究費申請サポートにも力を入れており、周囲に科研費を獲得する外国人研究者がいることで、日本の研究費制度についての情報を得る機会が多いことも影響しているのではないかと思われる。外国人研究者に研究費獲得の指導を積極的に行っている大阪大学URA部門の話では、研究費獲得の門戸を開くためには言語のバリアを取り払うだけでは不十分で、それ以前の情報や知識の提供がより重要だということである。この問題については事項でさらに議論する。

図4は審査区分別の英語による申請課題の採択数を示す。採択数が少ないので明白では無いが、ざっとみたところ区分ごとに大きな偏りは認められない。英語による申請件数はJSPSでも把握していないということで今回の解析に含めることはできなかったが、申請件数と採択数の両方がわかればもう少し情報が得られると思われる。

2 ) 日本アカデミアにおける外国人研究者の現状

 多くの研究機関が外国人研究者の増大を目標に掲げている。実際の目標数値は公開されていないことが多いが、生命科学分野ではおおよそ8%-10%程度を目標とする機関が多いのではないかと推測される。私の所属する国立遺伝学研究所(遺伝研)では外国人研究者のほとんどは留学生であり、学生における外国人比率は55% (22/40)である。しかし、研究員になるとその割合は8.8%(7/80)と激減し、正規教員では3.5%(2/57)とさらに減少する。科研費の解析からも示唆されたが、日本における外国人研究者の大多数が研究キャリア初期段階にあることは一般的な傾向であろう。

 遺伝研の留学生は、卒業後の進路として、最初は日本での就職を希望する者が多い。しかし条件等を調べるにつけ、最終的に海外の研究員職を選択することがほとんどである。まず問題となるのが日本語能力である。遺伝研では日常生活に必要な日本語教育は提供しているものの、講義やセミナーなど研究所内の活動は全て英語で行われるため、日本企業が求めるほど高い日本語能力を持つものは少ない。一方で、国内の研究員職に就くためには日本語能力は不問であることが多いが、その後長期的に日本でキャリアアップする道が狭すぎる事を悲観して、卒業を機に海外に移住することを決意する者が多い。母国に戻るものは稀である。

 外国人研究者が日本のアカデミアに定着するのが困難な理由として、競争的研究資金の獲得の難しさがよくあげられる。実際、研究者として独り立ちするためには自分で研究費を取得することは必須であり、PIとして研究室を主催するために科研費取得を前提条件とする研究機関すらある。その意味で、英語での科研費の採択割合(図1)はあまりに心もとなく、これだけでは、到底、研究機関が目標とする数の外国人研究者をサポートすることはできないであろう。一方で既に日本のアカデミアに定着して研究室を主催している数少ない外国人研究者に目を向けると、日本語で科研費を申請して取得していることが多い。しかしこの一昔前の慣行はあまりにハードルが高いし、何より人生の早い時期に来日した者でないと実行することは難しいだろう。国際的競争力ある外国人研究者を巻き込んで切磋琢磨する研究環境を実現するためには、まずは科学の共通言語である英語で、研究費の獲得から研究の完了まで一連の研究活動をスムーズに行えるようにすることが喫緊の課題であろう。

 長年外国人研究者のサポートに注力してきた大阪大学URA部門の話では、日本のアカデミアで外国人研究者が抱える問題は、言語そのものよりも、言語の問題に伴って生じる情報や知識不足のほうが本質的だということである。実際、我々日本人研究者が「常識」として持っている情報の多くは、正式に学んだわけではなく、同僚や先輩との日々のコミュニケーションの中から得られたものである。新規研究費の情報や人事募集をはじめとして、日本における運営費交付金の削減問題や、労働契約法の無期転換ルールに至るまで、我々日本人であれば、特に積極的に活動していなくても、様々な媒体から何となく耳に入ってくることが多い。日本のアカデミアにいる外国人研究者はこの「何となく情報ルート」が圧倒的に小さいため、情報・知識の点でハンデを背負っているというのである。

 実は私も自分の研究室の外国人助教について全く同じ感想を持っている。彼女は元来社会的な問題意識が高く、国際的な政治問題等について非常によく知っている。しかし所属機関の内部方針や規則の根拠、管理職員の考え方となると、全くといってよいほど知らないのである。遺伝研の場合、規則類は全て英語で準備しているので言語だけの問題ではない。日本で常識とされるような上位規定や概念を知らないため、なぜそのような方針や考え方になるのか理解できないのである。彼女の場合元々判断能力や運営能力に秀でているので、研究コミュニティの意思決定に関わったり、大学や学会ではどういうことが問題になってるのか知る機会さえあれば、どんどん自分で情報を吸収して活躍の場を広げてくれるはずである。しかし日本人女性研究者であれば当然経験することになるような機会が圧倒的に少ないせいで、成長が妨げられているように感じている。上司としては、意識して彼女に、そういった責任ある立場を経験させたいと常々思っているが、言語やその他の制限によりなかなかうまくいかない。責任ある仕事を任せることで多少負担は増えるだろうが、その中でユニークな能力が周りに評価され、本人のやりがいもぐっと増えるはずである。裏を返せば、外国人研究者がそのような経験なしに、日本でのアカデミアで生きてゆくことに魅力を感じないのは、ある意味当然であると考える。

 実際に外国人研究者に日本のアカデミアで不自由した点について聞き取りを行ったところ、やはり情報難民的な状況が明らかになった。例えば、子育て支援策に関する情報が得られなかったために、学振のRPD制度や学内の実験補助者配置に応募する機会を逃してしまったという意見があった。これらの支援策に対して、おそらく学振も研究機関も正式な周知活動をしているはずである。しかし本人の周囲に子育て中の研究者や制度に詳しい人でもいない限り、日本語による口コミネットワークから蚊帳の外である外国人研究者は、そのような支援制度があることに気づく機会がないのだろう。いくら留学生や外国人研究者のコミュニティに属していても、その中にはシニア研究者はいないので、上位のスキルレベルの情報は得られにくいという意見もあった。外国人研究者が若い世代に限られるという構造的問題のために、その中から上位職が生まれにくいという悪循環が生じている可能性がある。

3) 日本のアカデミアに外国人研究者が定着するための提案

 外国人研究者が日本アカデミアで活躍するために、比較的簡単に実現できそうなことについて4つ提案する。

① 科研費の成果報告書について正式に英語での作成を許可すべきである。せっかく英語版の応募要項や申請書の様式を準備して英語で申請できるようにしているのだから、最後まで英語申請歓迎の方針を崩すべきではない。何より「納税者は英語の文章を理解できない」という説明は納税者を侮辱している気がする。成果報告書を読もうとする人の多くは平易な英語を理解できるのではないだろうか。もっというと、日本の納税者の数%は外国人であることも考慮すべきではないか。

② 科研費の審査員に外国人研究者をもっと登用すべきである。現在も、日本語で審査できる外国人研究者は審査員に含まれるが、英語で審査できるようにすればさらに多くの外国人研究者が科研費の審査に関われるようになる。まずは、英語により申請される「外国人特別研究員」種目から導入すれば良いと考える。今回の調査で気づいたが、多くの外国人研究者が外国人特別研究員を受け入れている。よって自ら審査に関わることは、ピアレビューの観点からも望ましいだろう。また、英語でのレビューを課している基盤Sや特別推進も候補種目である。現在は海外に在住の著名研究者に審査を依頼することになっているが、辞退者も多く、効率の良い体制にはなっていないように思われる。せっかく英語の申請書が揃っているのだから、一部だけでも日本在住の中堅レベルの外国人研究者に書類審査を頼むのが良いのではないだろうか。

③ 学会運営については、外国人研究者が参画する余地が多いと思われる。多くの学会で年会が英語化されており、英語を必要とする作業や交渉事は多い。座長などに外国人研究者を優先的に登用すれば、活躍が期待できるだろう。学会誌の編集や査読業務においても、日本在住の外国人研究者が貢献できる場は多い。現在学会誌の多くが国際的な査読者の選定に苦慮しており、能力のある外国人研究者(学会員)による査読は願っても無いことだろう。これらの提案は学会への利益が大きいと思われる一方で、本当の狙いは、外国人研究者が学会の運営側のネットワークに加わることで、日本のアカデミアで何が問題になっており、どんなことが議論されているかを知る機会を得ることである。お互いにとってwin-winの関係を築けると考えている。

④ 外国人研究者が日本のアカデミアに定着してゆくためには、大学や国の委員などを経験し、日本の研究環境の抱える問題や常識についての知識を得ることが不可欠である。会議や資料を英語化する負担を考えると、直ぐに外国人研究者を全面的に登用するのは抵抗が強いかもしれない。高い貢献度が期待される部門から登用を進めるのが良いのではないだろうか。例えば、留学生関連のプログラムや国際交流プログラムなど、公募形式で申請を受けつける事業は多い。そのような事業に外国人研究者が参画すれば、当事者に近い立場からの意見が期待でき、バランスのとれたプログラムになるだろう。多様な研究者の参画を促すために、支援団体の方でも何らかのインセンティブを考えるとよいかもしれない。

 現在の日本の政策は、外国人研究者の受け入れを増やすことに偏っており、受け入れ後のサポートは日本語教育や日常生活など来日初級者のためのものばかりで、片手落ちの印象がある。日本で多様な研究者が切磋琢磨する研究環境を本気で目指すのであれば、外国人研究者を日本のアカデミアに定着させて育てるという観点からの支援が不可欠であろう。過度に特別扱いするのではなく、その能力を生かして適材適所でうまく使ってゆくことが、彼ら自身の日本への帰属意識にもつながるだろう。同時に、日本の研究コミュニティにとっても、外国人研究者の真の存在価値が認識できるようになるはずである。そのための議論と対策が今まさに必要とされていると感じる。

本報告書を作成するにあたり、貴重なご意見コメントをいただいた 国立遺伝学研究所 脳機能研究部門Yan ZHUさん、大阪大学 経営企画オフィスURA部門の大屋知子さん(現 大阪工業大学研究支援・社会連携センター URA)と姚馨さん(現 沖縄科学技術大学院大学 外部研究資金セクションURA)、静岡大学 工学部 国際連携推進機構の宮崎さおりさん、静岡大学 工学部Wei WUさん、科学技術振興機構(JST)科学技術イノベーション人材育成部の小林百合さんに感謝いたします。


本ページは、日本学術振興会学術システム研究センター 平田たつみ専門研究員による2020年度学術動向等に関する調査研究報告を改変したものです。