研究機関における育児休業取得の動向

はじめに

2022年4月の育児・介護休業法の改正により、有期雇用労働者の育児・介護休業の取得要件が緩和された。「引き続き雇用された期間が1年以上であること」の条件が撤廃され、研究環境においても雇用期間に起因する制限はほぼ無くなったと考えて良いだろう。一方で、育児・介護休業は、本来、代替要員等によりこれまでどおりの業務を継続する制度である。目標達成型の研究ならまだしも、研究者の自由な発想に基づく学術研究を代替できる人がいるとは考えにくい。また、途中で担当研究者を交代することは倫理的にも問題がある。

研究機関職員の育児休業取得について「代替不可能な研究者」という観点を含めて調査を行った。残念ながら協力機関があまり得られず、2研究機間(大学共同利用機関1、国立大学法人1)のみの小規模な調査にとどまってしまったことをまずお詫びしたい。今後育児休業取得状況の公表が義務化されることに伴い、来年度以降はさらに多くのデータが得られるようになると期待したい。将来的に大規模な調査につなげるためにも、本調査が何らかの役に立てば幸いである。

 

育児休業取得数の推移

育児休業件数の推移であるが、国立遺伝学研究所(遺伝研)の例をみると、過去15年間に順調に増加している(図1)。この間、雇用者の数や属性はほとんど変化していないので、制度や意識の変化により育児休業の取得が増えたと考えて良さそうである。育児休業取得者の多くは補助職員であるが、研究員や教員の育児休業取得も多少増加しているように見受けられる(図1)。


図1 遺伝研における育児休業取得数の推移 (男女含む)

一般業種における育児休業取得率との比較

今回調査した2研究機間の女性の育児休業取得率は3年間(2019−2021)で75.0%(48名/64名=育児休業取得者数/産前後休業取得者数により算出)であった。図2に一般業種における女性の育児休業取得率を示すが、研究機関における育児休業取得者のほとんどが有期雇用労働者であることを考えると、育児休業取得率は一般業種の平均レベルといったところである(図2)。

図2 一般業種における育児休業取得率

2021年雇用均等基本調査から抜粋

外部資金雇用者と内部資金雇用者の育児休業取得率の比較

外部研究資金によっては、雇用された者は委託研究に専念する義務があり、休業取得の際には代替員に切り替えることを原則としている。そのような事情を鑑みて、内部資金で雇用された者と外部資金による雇用者を分けて育児休業取得率を比較してみた。その結果、育児休業取得率は内部資金雇用者が72.5%(37名/51名)、外部資金雇用者が84.6%(11名/13名)であった。小規模調査なので断定はできないが、少なくとも当初心配したように、外部研究資金に雇用されることで育児休業を取得し難いというという心配は不要だと思われる。

 

職種における育児休業取得率の比較

一方で、育児休業取得率には、職種による違いがみとめられた(図3)。補助職員や一般職員の多くが育児休業を取得しているのに対して、研究者である研究員や教員の育児休業取得率はかなり低い。研究者も他の職員と同じ育児休業制度が適用されるはずなので、制度的に研究者が育児休暇を取れないとは考えられない。おそらく研究者が育児休業を「取りにくい」または「取らなくてよい」と考える何らかの要因があると想像される。

図3 研究機関における職種別育児休暇取得率

=育児休業取得者数/産前後休業取得者数により算出。括弧の中は人数を示す。

育児休業取得者がいた際の対応

2021年雇用均等基本調査によると、一般業種では、育児休業取得者がいた際の雇用管理(複数回答)として、「代替要員の補充を行わず、同じ部門の他の社員で対応した」が79.9%と最も高く、次いで「派遣労働者やアルバイトなどを代替要員として雇用した」15.0%、「事業所内の他の部門又は他の事業所から人員を異動させた」14.6%となっている。研究現場においては代替要員を見つけるのはさらに困難であると予想されるが、研究機関における育児休業取得時の対応についての情報を得ることはできなかった。ちなみに研究人材の募集サイトJREC-INで検索したところ、代替教員や代替技術員の募集はあるものの、研究についての代替者の募集は見つからない。このことも「代替不可能」という研究の特殊性をよく示していると思われる。

代替不可能な研究という観点からは、研究者が育児休業を取得した場合は、その研究を延期するしかない。そのために研究機関や研究費助成機関は、休業中の研究費の延長や、育児期間中の研究業績評価の特例など、様々な制度を工夫している。さらに、科研費で雇用された研究員(研究協力者)が育児休業を取得した場合は、研究代表者が研究費を延長する理由になるらしい。そこで、研究協力者の産休・育休を理由とする繰越申請について日本学術振興会で調べていただいた。その結果、件数こそ少なかったものの、研究協力者の産休・育休を理由に研究の繰越を申請したケースは、2017年1件(238中)、2018年1件(406中)、2019年5件(829中)であった。繰越申請の性格上、この事由は過小申請されていると予想されるが、研究者の自由な発想に基づく科研費研究という観点からも、研究協力者の産休・育休取得により研究が延期されるのは望ましいことである。研究現場には「誰」による研究であるかを大切にする文化があるが、この研究者の権利を守るための制度運用が今後ますます重要になってゆくだろう。

 

おわりに

今回の調査から、研究環境においても育児・介護休業制度はよく整ってきていると感じた。外部資金で雇用された者であっても、内部資金で雇用された者と同様に育児・介護休業を取得でき、休業取得した場合は研究費の繰越要因になることもわかった。少なくとも一般職員や補助職員であれば、たとえ有期雇用であっても、育児休業を取りやすい職場環境になりつつあるようだ。一方で、研究者の育児休業取得率は明らかに低い。知り合いの研究者に育児休暇を取得しなかった理由を尋ねたところ、日進月歩の研究において休業する時間的余裕はないという返答であった。育児休業を取れないわけではなく、育児休業をとらない選択をしただけらしい。研究分野においては、その研究が「誰」のものであるかが非常に重要である。自分の研究を他者には代行させたくない、少しでも早く自分で結果を得たい、というのは研究者としては当然の欲求である。多くの研究者が育児休業を取得しないことが明らかになった今、育児・介護休業制度の整備に偏るのではなく、それ以外の支援を充実することも研究者支援には必要だと感じた。


本報告書を作成するにあたり、資料を提供いただきました日本学術振興会研究事業部のみなさまに感謝いたします。また貴重なコメンをいただきました今井裕紀子さん(遺伝研特任研究員・さきがけ研究員)、相田美砂子先生、大坪久子先生に感謝いたします。