科研費の神経科学関連の審査区分についてアンケートを実施し、多くの皆さんから積極的な回答をいただきました。アンケートの際には回答のバイヤスを避けるために説明を最小限に留めたため、目的について誤解された方もいらしたように思います。深くお詫びするとともに、皆さんのご協力に感謝致します。アンケート背景や結果について少し説明いたします。
科研費神経科学分野についてのアンケートの背景
科研費改革2018では審査区分について抜本的な見直しが行われ、より大括り化された306の小区分、65の中区分、11の大区分からなる現行の審査区分が策定されました。この改定の根底には、審査区分は科研費の審査を厳正かつ効率的におこなうためのしくみであって、学問分野の体系化を趣旨するものではないという理念があります。それまでの審査区分において、あたかも学会や研究分野を代表するような議論がされ、それに呼応して区分が増加し、細分化され、研究が蛸壷化してしまったという大きな反省に基づいています。現行のシステムでは、今後の研究の新たな展開や広がりにも柔軟に対応できるように「○○関連」「○○および関連分野」のようにあえて境界分野を排除しない区分を設定し、応募者は自らが審査を希望する区分を自由に選択できるようになっています。一方で審査委員には、先入観に捉われず広い視野から研究計画調書の内容に沿って審査することが求められており、日本学術振興会と私たち学術システムセンター研究員が審査内容を逐一監視しています。
このようにして改訂された現行の審査区分は概ね有効に機能していると思われますが、数年が経過していくつかの問題が顕在化してきました。特に問題となっているのが、応募件数の少ない区分の取り扱いです。上で論じたように、決して応募件数の多寡が区分の学術的価値に関連すると考えているわけではありません(アンケートでは神経関係分野への応募を増やすための活動であると誤解された方がいらしたように思います)。そうではなく、応募件数が少ない区分で審査することで採否の結果がばらついてしまうことを危惧しています。科研費の審査では区分あたりの採択率を一定にすることを基準に、応募数に応じて採択数を配分します。少数の審査になれば、1課題あたりの重みが増して採択率のコントロールが難しくなってしまいます。詳細については日本学術振興会の分析(https://www.mext.go.jp/content/20210806-mxt_gakjokik-000017184_1.pdf)をみていただきたいのですが、安定した採否結果を得るためには、区分あたりおおよそ20件以上の応募件数が必要だと考えられています。
応募件数の少ない区分への対応としては、2023年度科研費審査から複数の区分をまとめて審査を行う合同審査の実施が計画されています。現在のところ基盤研究(B)の審査のための49小区分のみ導入が議論されており、その中には神経科学関係の区分は含まれていません(https://www.mext.go.jp/content/20210806-mxt_gakjokik-000017184_3.pdf)。将来的に問題が生じる可能性はありますが、神経科学関連小区分については当面は軽微な修正で対応可能だと考えています。
それよりも神経科学関連で問題となるのは中区分としての応募の少なさです。神経科学は、旧審査区分において分野の垣根をまたがる「複合領域」や「総合生物」といった境界分野に分類されていました。そのような分類が無くなった現行の審査区分では、神経科学関連中区分は異なる大区分に散在する構成になっています。具体的には、「46:神経科学およびその関連分野」中区分はG大区分(生物科学系)に含まれ、「51:ブレインサイエンスおよびその関連分野」中区分はI大区分(医歯薬系)に含まれ、「10:心理学およびその関連分野」はA大区分(人文系)に含まれます(https://www-kaken.jsps.go.jp/kaken1/daichukubunList.do)。合同審査は基本的に同一の大区分内で行われることになっているので、この構成は大いに問題です。いざ合同審査を行うことになれば、関連が低い中区分との合同審査になってしまうからです。
実際、応募数が少ない種目ではすでに複数の中区分をまとめた審査が行われています。例えば、特別研究員PD書面審査では、「51:ブレインサイエンスおよびその関連分野」は同じ大区分に属する「52:腫瘍学およびその関連分野」と合同で審査されています(https://www.jsps.go.jp/j-pd/data/pd_sinsa-set/shinsaset_pd.pdf)。関連の低い分野との合同審査になるので、こうなると、いくら広い視野を持った審査員でも審査には大変苦労すると予想されます。現在のところG大区分(生物科学系)では合同審査は実施されてませんが、「46神経科学およびその関連分野」以外の中区分は全く異なる階層的な分類になっているので、どの中区分と関連が深いかは研究内容によって異なるとしか言いようがありません。
大区分の枠組みを超えた合同審査の実現が大変困難であることはまちがいないのですが、全く不可能なわけではなさそうです。その根拠の一つは、やはり申請数が少ない「研究活動スタート支援」種目において、「46:神経科学」と「51:ブレインサイエンス」を合同した「神経科学、ブレインサイエンスおよびその関連分野」という区分で審査が行われていることです。多くの神経科学者からは賛同が得られそうな組み合わせでありますが、このような変則的な組み合わせがいかにして可能になったかについては、日本学術振興会からも明確な回答を得ることはできていません。なんらかの歴史的背景があるのかもしれません。
以上のような経緯から、今回科研費の審査区分についてアンケートを実施させていただきました。したがって調査の主な目的は、合同審査を行うことになった場合に必要となる中区分相互の関係性について客観的な指標を得ることです。客観的な指標さえあれば、それを根拠に、今後の方針について議論することができるからです。以下に、みなさんからいただいた回答から見えてきたことについて報告致します。
科研費神経科学分野のアンケート結果について
アンケート期間 2021年10月1日−11月30日
アンケート内容: https://forms.gle/dfmAM3hzd2eRbadDA
対象:日本神経科学学会、日本脳科学関連学会連合加盟学会
有効回答数:589件(うち英語アンケート回答4件)
1. 最も応募したいと考える科研費審査中区分について
アンケートで最も応募したいと考える中区分を尋ねたところ、回答は18中区分と多岐にわたりました(図1)。その中で「46:神経科学」は最も多く約半数を占め、次いで「51:ブレインサイエンス」が選ばれました。この中区分の選択にあたっては、職級による顕著な違いは認められませんでした(図1)。
神経科学関連の中区分は異なる大区分に分散しているので、所属学系により中区分の好みが違う可能性を考えて解析しました(図2)。その結果、全ての所属学系において共通して「46:神経科学」が第一候補でしたが、それ以外の選択肢には多少所属による違いが認められました。具体的には、医学系大学に所属する者の比較的多くが大区分HやIに属する「52:内科学一般」や「48:生体の構造と機能」を選択するのに対して、理学・工学系大学に所属する者では大区分Gに属する「44:細胞から個体」「43:分子から細胞」や、大区分Jに属する「61:人間情報学」中区分の人気が高いことがわかりました。また、研究所に所属する者では「51:ブレインサイエンス」中区分を選択する人が多いこともわかりました。
図1.第一希望として選ばれた科研費審査中区分と回答者の職級
図2. 所属学系別に選ばれた科研費審査中区分(第一希望のみ)
上グラフは全回答の分布を示す。円の大きさは回答数を反映している。
2. 応募したい審査中区分相互の関連性
アンケートでは、応募したい中区分について1位から4位まで順位づけて回答してもらいました。その結果得られた中区分の関係性を、有向性ネットワークをつかって示したのが図3です。ここではわかりやすくするために、第1希望と第2希望のみのデータを使って図示しています。矢印は第1希望から第2希望への選択の流れを示しており、各中区分の円の大きさはその中区分を選んだ回答数(第1と第2希望の合計)を示しています。
この図から顕著にうかがえるのは、「46:神経科学」と「51:ブレインサイエンス」の間の密な関係性です。4割近くの研究者が、この2つの中区分を第1希望と第2希望の組み合わせで選択しています。この2つの中区分は大区分を隔てた関係ではあるものの、関連は最も強いと考えられます。細かくみると興味深い点がいくつか見えてきます。例えば、「46:神経科学」は「44:細胞から個体」「43:分子から細胞」「48:生体の構造と機能」と比較的関連が強く、一方で「51:ブレインサイエンス」は「10:心理学」との関連が強いことがわかります。
図3.神経科学分野における科研費審査中区分の関係性
第一希望から第二希望への関係性を矢印で示す。数字はその選択をした回答数を示し、6以下は省略している。円の大きさはその中区分を第一または第二希望した回答数を示す。