学術会議任命拒否事件の直後、ネット空間では学術会議誹謗中傷デマが飛び交う最中の10月14日から自民党PTは会合を始めていた。そして、12月9日には早くも「日本学術会議の改革に向けた提言」を発表している。その内容はNational Research Councilの機能のみを指向した法人化案であり、後の2024年12月に内閣府の有識者懇談会で提案される組織像とほぼ同様の内容であった。その具体的な特徴は第三者機関(「評価委員会」「指名委員会」)[1]へのこだわりと専門分野別分科会の廃止である。一方、内閣府は総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)に学術会議の在り方を審議させたが、有識者は明確な組織形体の提案を行わなかった。
2020年12月9日 自民党PTが「日本学術会議の改革に向けた提言」を発表
2021年 日本学術会議が自己改革案「日本学術会議のより良い役割発揮に向けて」(令和3年4月22日)を発表
2022年 総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)が「日本学術会議の在り方に関する政策討議取りまとめ」(令和4年1月21日)を発表
組織形体についての明確な提案はなかった
注1:この「第三者機関」には報告書において注がつけられており、「例えば、全米科学アカデミーでは、会長の選任などに対し、時の役員とは違う人員構成の指名委員会により候補者を選別する厳格な体制を取っている」(p. 2)とある。だが、全米科学アカデミーの事例はあくまでもアカデミー会員からの会長選出というアカデミー会員同士での話であるのに対し、自民PT報告書の「第三者機関」は学術会議の外部から学術会議の活動全般に関与するものが想定されているので注として適切とはいえない。なお、本文では「第三者機関」が学術会議の内部にあるのか、外部にあるのかは明確に記載されていないが、評価委員会が「評価・監督し、組織の信頼性、活動の品質等の確保に寄与」し、指名委員会に至っては「役員並びに新組織発足時の会員を指名」あるいは「会員の推薦によらない候補者の推薦を実施」とあるから、会員ではない者が「第三者」として想定されていることは疑い得ない。2025年4月18日に国会審議が始まった学術会議法人化法案では、この「第三者機関」に相当するものが学術会議外部の「評価委員会」と内部の「選考助言委員会」「運営助言委員会」となったが、これは妥協の産物であり、何かのはずみに法改正して「第三者機関」が会員を指名するという戦間期の学術研究会議じみた形態に先祖返りしないとも限らない。
CSTIの会議が明快な解答を出さなかったためか、岸田政権は当初、法人化案ではなく、学術会議を国の機関として存続させながら会員選考に介入できる仕組みを制度化しようとした。アカデミーの歴史を知る者からすると驚くべきことだが、政府側は法人化ではなく「国の機関としておいてやる」ことで学術会議側に譲歩したつもりでいたようだ。だが、アカデミーにとっては国の機関かどうかは些細なことであり、むしろ独立性が保たれるかが要である。そして近代的かつ民主的な法治国家であればそれが可能でなければならない。その部分への理解を欠いた法案に対し、学術会議と世論および海外のアカデミー等からの批判が集まった。岸田政権は法改正を断念し、半ば復讐を誓うかのように法人化を選択肢にするとの意向を示した。
なお、偶然ではあるのだが、一連の経緯は日本政治に起きた不慮の出来事により当初よりも遅れて進展したと思われる。学術研究会議改革に熱心であった議員の多くが、2022年7月から8月にかけての旧統一教会問題や2022年11月以後の裏金事件を機に失脚に追い込まれていったからである。
2022年8月5日 NHKが「政府は国の機関として存続させたうえで会員の選考手続きを透明化する方向で検討」との報道したが、その後しばらく続報なし
2022年10月 自民党PT内部の意見がまとまらず学術会議の総会(10月24−26日)が延期される → 総会日程は12月8日および21日に(謎の遅延)
2022年11月23日 一部メディアが日本学術会議法改正、「第三者機関」の設置、6年ごとの組織見直しを報道
2022年12月21日 日本学術会議総会が声明「内閣府「日本学術会議の在り方についての方針」(令和4年12月6日)について再考を求めます」を決議
2023年2月16日 日本学術会議幹事会で内閣府担当者が政府の学術会議法改正法案を説明し、第三者で構成される「選考諮問委員会(仮称)」を新設する上、委員会の意見を尊重しなければならないとの内容が盛り込まれているとの内容を示した
2023年4月20日 世論の高まりや学術会議による反対の勧告を発出を受け、政府は今期国会での法改正を断念、学術会議を政府から切り離した機関にすることも含めて議論するとの意向を示した。
2023年11月から本格化し、岸田政権は対応に追われた。学術会議の問題については、再び内閣府に学術会議の在り方を議論するため、「日本学術会議の在り方に関する有識者懇談会」が立ち上がった。法人化路線について学術会議内部では賛否両論があった。繰り返しになるが独立性が保たれるのが一番重要である。そのため、米国や英国のアカデミーのようになれるのなら法人化でも問題ないと考えた会員は少なくなかったようだ。
だが、有識者懇談会から出てきたのは自民党PT案を実質上引き継ぐ内容であった。しかも会員以外から構成される「選定助言委員会」「運営助言委員会」が義務づけられた上、政府任命の委員から成る「評価委員会」「監事」が設定される。これは、会員外の人物が常に議事内容に介入し会員選定方式にも意見を言うという体制であり、念頭に置かれたはずの米国や英国のアカデミーのモデルとは全く違うものであった。また、特に物議を醸したのは、「会員の入れ替え」を図るかのような内容であった。現行会員は新生組織の会員に選ばれ直すか、あるいは留まっても良いが、その場合は次期の選考に関われず再任もされないとの差別的方針が書かれていたのである。
有識者懇談会報告書最終版が出てからたった二日後に開催された12月22日の学術会議臨時総会では、法の専門知あるいは学問の自由の理念から反対する第一部の会員たちに対し、第二部、第三部の会員達は無言、あるいは妥協ないし諦めを表明するかのようなやり取り繰り広げられた。その構図は4月まで続き、メディアには「文系と理系の分断」などと報じられる有様だった。また、法学系の会員が法案の大幅修正を求めて実質上廃案を迫る決議案を提出しようとしているが、成功する見込みが薄いとの憶測も流れた。
だが、4月14-15日の総会で、誰もが想定しなかった変化が起きた。当初、法学系会員を中心とする50余名が提出した決議案と、法案に対して妥協的とも解釈可能な会長側決議案の二つが提案され、どちらの案を採択するかで紛糾するのではと危ぶまれていた。しかし、議論の中で、両案は対立するものではなく補完的なものとなるべきとの方針が示され、会長の側が文言を修正する形で歩み寄った。その結果、現状の法案に問題があるという主張を学術会議は打ち出すことが出来た。
学術会議の会員とその他の研究者、市民運動団体はそれぞれ議員に訴えを行った。当初は共産党とれいわ新撰組、立憲民主党以外は態度が決まっていなかったが、衆議院入りした後、国民民主党と他会派が反対に回った。対して、維新が正面から軍事研究賛成と民営化を掲げた。審議の途中では坂井学国務大臣から「特定なイデオロギーや党派的な主張を繰り返す会員は、学術会議の中で、今度の法案の中で、今度は解任ができる、学術会議が解任ができる」(衆議院内閣委員会5月9日)などの発言が飛び出した。発言を撤回するよう求める声もあったが聞き入れられなかった。
5月16日には立憲民主党の小西洋行議員が行っていた、学術会議任命についての2018年法解釈整理文書の公開を巡る訴訟に対する東京地裁判決があった。政府が敗訴し、そもそもの法人化論の出発点である任命拒否問題の背景が明らかになるかと思われたが、政府は控訴した。この後、野党側は同文書を内閣委員会でのみ開示した上で法案を審議するよう求めたが、それも与党は聞き入れなかった。法人化法案の重要な背景となる文書が国会にすら明らかにされないまま、法案は審議された。審議の終盤では、国会前でほぼ連日のように市民と学者による集会や座り込みが行われ、多いときは400名ほどが集まった。だが、要求は聞き入れられることなく強行採決されてしまった。
(2025年6月11日更新)
2023年10月1日 光石衛会長が就任
2023年12月21日 日本学術会議の在り方に関する有識者懇談会「中間報告」
2023年12月22日 内閣府特命担当大臣決定「日本学術会議の法人化に向けて」(以下「大臣決定」案)
2024年4月15日 有識者懇談会のもと大臣決定を具体化するための2ワーキング・グループ設置(「組織・制度」「会員選考等」)
2024年4月23日 日本学術会議総会声名「日本学術会議の法人化に向けて」に対する懸念
2024年6月7日 日本学術会議幹事会「より良い役割発揮のための制度的条件」
2024年6月10日 歴代会長6名が記者会見 声名「再び、岸田文雄首相に対して日本学術会議の独立性および自主性の尊重と擁護を求める声明」
2024年12月10日〜20日 内閣府の記者レクが複数回開催、有識者懇談会の議論の様子がメディア等で報道され、「大臣決定」案から変化していない様子が伝わる
2024年12月20日 有識者懇談会が法人化に向けた最終報告を公表
2024年12月22日 学術会議臨時総会開催 会員達は最終報告を読み込む準備期間をほとんど与えられず審議に出席
決議には至らず、会長が談話を発出
2025年3月7日 学術会議の法人化に向けた法案を石破内閣が閣議決定
2025年3月24日 学術会議幹事会が「日本学術会議法案に関する懸念事項について」を発出
一部の会員を中心に法案の内容に大幅修正を求める決議案の発出を求める声が高まる
2025年4月8日 内閣府大臣官房総合政策推進室が学術会議の懸念に回答
2025年4月14−15日 学術会議総会で法案の大幅修正を求める「日本学術会議法案の修正について」と、声名「次世代につなぐ日本学術会議の継続と発展に向けて」が共に採択される。
2025年4月18日 学術会議法人化法案国会審議入り 維新が法案支持、共産党が批判、立憲民主党が修正要求、独自案提出の可能性が報道で示唆される
2025年4月25日 衆議院内閣府委員会にて参考人招致
2025年5月9日 衆議院内閣府委員会で法案が21対18の僅差で可決(自民、公民、維新が賛成、国民民主、立憲民主、れいわ、共産党他は反対)
2025年5月13日 衆議院を法案が通過
2025年5月16日 学術会議任命についての2018年法解釈整理文書の公開を巡る訴訟に対する東京地裁判決、公開を求めていた小西洋之議員が勝訴
2025年5月26日 国側が東京地裁判決に対して控訴
2025年5月28日 参議院で学術会議法人化法案の審議が始まる
2025年6月3日 立憲民主党が修正案を提出
2025年6月10日 参議院内閣委員会で法案が可決(自民、公民、維新が賛成、国民民主、立憲民主、れいわ、共産党他は反対)
2025年6月11日 参議院本会議で法案が可決(賛成157、反対76)
日本学術会議HP「日本学術会議のあり方について(関連資料)」 https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/division-20.html
日本学術会議の在り方に関する有識者懇談会 https://www.cao.go.jp/scjarikata/kondankai.html
日本学術会議法案を憂慮する学協会・研究者院内集会 https://cl-p.jp/2025/04/14/gakujutsukaichi_yusho/
分裂回避…学術会議、法人化法案修正求む決議も「これからが大変」 | #ニュースイッチ https://newswitch.jp/p/45401
学術会議法人化、法案審議入り 独立性懸念で修正要求も https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA17DOA0X10C25A4000000/
【衆院本会議】日本学術会議法案「政府の政策のために都合よく利用するものであってはならない」市來伴子議員 https://cdp-japan.jp/news/20250418_9124