学術会議会員の任命拒否事件は安倍政権下で用意された。既に2016年夏に、欠員となった会員補充のについて官邸は「事前調整」と評して候補者選びに介入した。これに先立つ2013年、同政権は「法の番人」と呼ばれた内閣法制局の人事に介入して政権に好ましい人物を長官に就任させている。憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使容認を成し遂げるためであった。要は成功体験を有していたのである。
2018年になると、その内閣法制局に安倍政権は学術会議の会員任命についての法解釈も問い合わせた。それにより、日本学術会議法の解釈変更が可能と捉えたようだ。2020年6月には会員に好ましくない人物を指名していた。だが、安倍内閣は9月16日に総辞職し、新たに内閣総理大臣に就任した菅義偉が任命拒否に手を行った。
任命拒否が報道された直後からネットには学術会議に対する誹謗中傷的なデマが飛び交い、その最中で井上大臣は何故か学術会議に民営化や独立法人化を勧めている。その傍らで、自民党PT(自由民主党政務調査会内閣第二部会、政策決定におけるアカデミアの役割に関する検討PT)は学術会議改革案の検討を始めたのであった。
2016年夏 欠員3人の補充人事に対し官邸が「事前調整」として候補者名簿を要求し、上位候補者2名に難色を示す
学術会議は人事を見送り欠員は補充されなかった
2017年 「軍事的安全保障研究に関する声明」と報告「軍事的安全保障研究について」を発表
2018年夏 官邸が欠員補充に難色を示す
安倍政権は並行して内閣法制局に任命拒否についての法解釈を打診 → 日本学術会議法の解釈変更
2020年6月12日 安倍政権側により任命拒否をされた6人を外すよう働きかける文書が作成される
2020年6月25日 学術会議の幹事会が6人を除外せずに次期会員候補案を決定する
2020年8月6日 甘利明衆院議員(当時)のブログ「国会リポート第410号」で「日本学術会議が中国の軍事研究『千人計画』に積極的に参加している」という情報が掲載される(後に削除)
2020年10月1日 菅義偉首相が学術会議からの105名の新会員候補推薦者のうち6名を任命拒否したことが発覚。理由の説明なし
2020年10月中 学術会議に対する誤情報や根拠不明、ミスリードの情報がまとめサイト等を介して拡散され、メディアのファクトチェック記事も複数出る(Buzzfeed)(毎日)(東京新聞)
2020年10月5日 人文社会系、日本医学会連合(136 学協会)他声明多数.
2020年10月9 日 本物理学会を含む90 学協会が声明を発表.オンライン記者会見.(後に98 学協会に)
2020年10月14日 自民党PTが学術会議の体制についての会合を始める。
2020年10月16日 梶田会長が首相と面会し、学術会議の要望書を手渡しし、「未来志向で今後の学術会議の在り方を,政府と共に考えていく」ことに同意
2020年10月23日 井上大臣と梶田会長の意見交換、6 名の任命を要望
2020年11月17日 ISC (国際学術会議)会長から懸念を示す書簡
2020年11月24日 若手の連携会員と井上大臣との意見交換
2020年11月26日 井上大臣が学術会議を訪問し、国から切り離して民営化や独立行政法人化などの検討をするように求める
2020年12月11日 杉田和博官房副長官が6人の除外を指示したとみられる2020年9月24日付の政府内部文書を立憲民主党が公表した。
文書には「外すべき者(副長官から)」と手書きで記されており、その下は黒塗りとなっている
1162名の法律家と拒否された6名は2021年4月に任命拒否の理由について情報公開請求・保有個人情報開示請求を行ったが、行政文書は何一つ開示されず理由がわからなかった。そのため2024年2月20日に、任命拒否された6名と情報公開請求をした法律家のうち166名が原告となり、不開示処分の取消請求と国家賠償請求を内容とする2つの行政訴訟を提起した。裁判は進行中である。詳細は「会員任命拒否理由の情報公開訴訟」HPを参照(2025年4月17日現在)。
大西隆『日本学術会議 歴史と実績を踏まえ、在り方を問う』日本評論社、2022年。
小森田秋夫『〈日本学術会議問題〉とは何か 任命拒否と法人化論にみる「学問と政治」のゆくえ』花伝社、2024年。
広渡清吾『社会投企と知的観察—日本学術会議・市民社会・日本国憲法』日本評論社、2022年。
池内了・隠岐さや香・木本忠昭・小沼通二・広瀬清吾『日本学術会議の使命』岩波書店、2021年。
「学術会議だより 日本学術会議任命問題とその後の議論について」『日本物理学会誌』Vol. 76、No. 4、2021年、239-242頁。