012

東畑開人の本3冊


①『居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書』東畑開人(2019年/医学書院)

https://www.igaku-shoin.co.jp/book/detail/106574


 初めて手に取った東畑の著書がこの本で本当に良かった。

 ケアとセラピーとカネを同じ地平で論じて、間然するところがない。

 大佛次郎論壇賞、紀伊國屋じんぶん大賞を受賞するなど評価が高かったので手に取ったが、まず冒頭から笑いが止まらない。ギャグと言葉選びのセンスが卓越しているのだ。

 個人情報の保護のためフィクションを交えているが、本人が大学院を終え、心理職として張り切って臨床現場に入った沖縄の医療機関での体験がベースになっている。そこでの驚くべき業務内容、気づき、葛藤、自身の吐血と失業が切実に、そしてきわめて分かりやすく描かれている。


 私はかつて、不登校の子やその経験を持つ若者たちと、自宅でゲームをする会をしたり、体育館やグラウンドを借りてスポーツをしていた時期がある。「この活動には大きな意味がある」ということは分かっていたが、その「意味」が、あらためてよく分かった。

 「居場所」の大切さについての報告や研究は多いが、これはその白眉だ。


②『臨床のフリコラージュ 心の支援の現在地』斎藤環・東畑開人(2023年/青土社)

http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3867


 また出た斎藤環。しかしこの対談本も、やはり優れている。

 斎藤は精神科医で、東畑はカウンセラー。

 2人ともものすごく頭が良い。だから「前提となる知識のレベルが高い」という意味で、ものすごく難しい。しかしものすごく示唆に富む。

 私の頭で分かった範囲で紹介しても仕方がない。印象に残った発言を少しだけ。


 まず斎藤が、河合隼雄を引き合いに出してまで、東畑を「心のジェネラリスト」として高く評価していることを知った。


(p223)

思えば心理学者でジェネラリストという存在は、河合隼雄以降、永らく空位のままでした。


 その東畑は、「対人援助の学としての臨床学」を構想する。医療、福祉、教育などを貫くそうした知の体系が構築できれば、縦割りになりがちな研究や行政に、新たな風を吹かせることができるかもしれない。


(p208)

臨床心理学の母体が、本当に心理学——知覚や認知を扱う、いわゆる基礎心理学——なのかという疑問が生じます。(中略)臨床心理学の上位学問は心理学ではなく、対人援助の学としての臨床学なんじゃないかと思うんです。

(p209)

学問的な編成を考えるのならば、僕は対人支援をするさまざまな専門家(例えば学校の教師も含めて)が共有するある種の知を体系化して基礎にできたほうがいいと思うんですね。


③『聞く技術 聞いてもらう技術』(2022年/ちくま新書)

https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480075093/


 カウンセラーをはじめとする対人支援職にとっての、きわめて優れた教科書。自分の体験やコミュニケーションスキルを振り返ってみても、とてもよく分かる内容だった。

 記述は懇切丁寧で、まるで読者に語りかけるようだ(「あとがき」によれば編集者との対話から生まれた本とのこと)。具体例も話の持って行き方も説得力抜群。「小手先の技術」もよく出来ている。

 ただし「まえがき」はちょっともたつくし、最後の第4章は、常識的な着地点を求めてのウロウロがちょっとうるさい。なお、教授会でスマホをいじっていると注意されるから大学を辞めた、には笑った(p113)。


 東畑開人は優れた書き手で、次々と本が出ている。しかしたとえば『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』(2022年/新潮社)は、私には合わなかった。事例の部分だけを飛ばし読み。しかし今後も手に取り続けたいと思っている。