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作文を学ぶ3冊
いくつかの大学で作文の授業を担当している。医療系のクラスが多いが、人文社会系も理系もある。少ないと20人、多いと100人くらい。いずれも1年前期で、レポートを書く力をつけるのが目的だ。
泳げるようになりたいとか、少しでも速く泳ぎたいなら、とにかく水着に着替えてプールに入らなければ話にならない。作文も同じで、まず「習うより慣れよ」。畳水練のような講義に意味はない。私の授業では毎回必ず作文を書いてもらって、チェックしたものを次回に返す。
そうは言っても泳ぎ方にせよ書き方にせよ、自由にやるだけでは上達しない。また私の泳ぎ方や書き方を、「これが正解」と押し付けても受け入れられない。そして教える自分も、謙虚に学び続けなければならない。
というわけで私が読んだ、作文の書き方についての本を3冊。授業で教科書に指定することはしていないが、シラバスで参考書に挙げたり、読むべき本を尋ねられたら紹介している。
①『理科系の作文技術』木下是雄(1981年/中公新書)
https://www.chuko.co.jp/shinsho/1981/09/100624.html
数あるレポートの書き方の本の中でも特に有名。私も出版されて間もない頃に読んで衝撃を受けた。
その著者は、米国の小学校の教科書に掲載された作文の書き方を読んで、日本とのあまりの違いに衝撃を受けたそうだ(p20)。
(p10)
正確に情報をつたえ,筋道を立てて意見を述べることを目的とする作文教育——つまり仕事の文書の文章表現の基礎になる教育——に,学校がもっと力を入れるようにならなければならない
書名に「理科系」とある通り著者の専門は物理学だが、文系の学生にも絶対に必要な内容だ。そしてこの本が類書の追随を許さないのは、文章がきわめて優れているからだ。つまり、この本自体が見事な「お手本」になっているのである。
ただし40年以上も前の本だけに、さすがに今の学生たちには古く感じられるかもしれない。
インターネット時代の調べ物の技術など、現代的な内容で大学生向けの本はたくさん出ているし、ウェブ上にも良いものはある。その中で私のおすすめはこれだ。
②『最新版 大学生のためのレポート・論文術』小笠原喜康(2018年/講談社現代新書)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000314602
2002年の初版から高く評価され、「新版」「最新版」と重ねてきただけのことはある、充実した内容だ。このアップデートは、著者の誠実さの表れでもある。
美点の一は、文章の「内容」以前に「形式」を重視していて実用性が高いところ。
(p205)
文章をわかりやすくする原則は、ただ一つである。それは、
一文を短くする。
二は、本当に基本中の基本から教えてくれるところ。
(p222)
レポートや論文は、勉強したことを相手に知らせるために書くのではない。自分の考えを相手に伝えるために書くのである。だから、相手を説得しなくてはならない。
三はユーモアがあるところ。
(p192)
ちなみに筆者の卒業論文題名は「教育工学の理論的思想的背景」であった。もうこれは、絵に描いたような最悪の題名である。
①にしても②にしても、一人で読んで理解できる力があれば、実はその学生は、そもそもちゃんとした文章が書ける人だろう。
それでも読む価値は大いにあるし、迷った時の羅針盤として頼りになる。そして何よりも、2冊とも読んでいて楽しい。
大学生だからといって、無理して難しい言葉を使う必要はない。読む側からすると、むしろやめてほしい。作文の授業では、そう強調している。
その意味からも知っておいてほしいのが「やさしい日本語」だ。特に私の授業の受講者に多い、医療、福祉、公務員といった、直接人を相手にする仕事を目指している学生たちには、ぜひ学んでほしい。
「やさしい日本語」という言葉や概念は、まだ市民権を得ているとは言えないだろう。
「国語」ではなく「日本語」としているのは、外国人のための「外国語としての日本語」という意味合いが大きいからだ。そして「やさしい」という言葉には、易しい/優しいという二つの意味が込められている。
ネットで検索すれば、法務省・文化庁をはじめとする政府機関、自治体、そしてNHKや河北新報などのマスコミが、「やさしい日本語」の普及に力を入れていることが分かるはずだ。しかし理念や運用について、一般向けにきちんと解説した本は意外に少ない。
私が読んだ中では、これが充実していた。
③『やさしい日本語 多文化共生社会へ』庵功雄(2016年/岩波新書)
https://www.iwanami.co.jp/book/b243840.html
今の日本社会には、日本語を母語としない外国人、外国にルーツを持つ子ども、そして聴覚障害者(母語は手話)らが数多く暮らしている。そしてそうした人たちも、普通に生活し、自分に合った仕事をし、公平に競争して、社会に参加・貢献したいと望んでいる。
そのためには、今の小中高で教えているような「国語」ではなく「日本語」を学ぶ必要がある。この本では、そうした配慮を前提とした「やさしい日本語」について詳しく解説している。
著者は日本語学と日本語教育学の専門家。言語学、社会学、特別支援教育などの知見も駆使して、「易しく・優しい日本語」とはどのようなものかを具体例を挙げて説明し、また効率的な指導方法を紹介している。
内容はきわめて重要。しかし残念ながら本書は、実は決して「やさしくない」。
少なくとも私は、全体的に表現が難しすぎると感じた。しかも専門用語の説明や、正確を期するための断り書きが多すぎる。一言で言えば一般の読者というより、専門的に学ぶ学生向けだ。
一例を挙げる。
(p36)
この「やさしい日本語」の研究で最も有名なものが次に挙げる松田ほか(2000)です。
「松田ほか(2000)」と書かれて、論文を読み慣れていない一般読者が理解できる可能性は低い。
著者の名前が「松田ほか」という人で、研究論文のタイトルが「(2000)」というわけでは、もちろんない。では何か。
論文ではしばしば、他の論文や著書を引用・紹介する際に、「著者名(発表年)」だけで表現する。そして正確な論文名や掲載誌・収録書籍などのデータは、あとでまとめて掲げるのだ。
なお筆者が複数いて字数を節約したい場合は、一人だけ名前を挙げて「ほか」で済ませる。だから「松田ほか(2000)」とは、実は巻末にある「参考文献」の中の、次の論文のことだ。
松田陽子・前田理佳子・佐藤和之(2000)「災害時の外国人に対する情報提供のための日本語表現とその有効性に関する試論」『日本語科学』7、国書刊行会
さらに言えば、たとえ巻末にある「参考文献」を参照すれば良いと理解できたとしても、この論文を見つけるのは容易ではない。小さな文字のリストが8ページ分もあるからだ。
文献リストは一般的に、まず日本語の文献が「著者の五十音順」に並び、次に英語の文献が著者のアルファベット順に並んでいる。だが、もしもこのルールを知らない人が最初から順に探していった場合、たどり着くことはまず期待できない。筆頭著者名が「マ」の音で始まるこの論文が登場するのは、7ページ目なのだ。
これではいくら「最も有名」と言われても、この論文を読む一般読者はまずいないだろう。
ちなみに『日本語科学』は2009年をもって休刊したが、今ではネットで全文を読むことができる。もちろんこの論文も、PDF形式で提供されている。
https://repository.ninjal.ac.jp/records/2050
この本は良い本だ。
しかし授業で紹介するときには、「健闘を期待します」と言い添えることにしている。
【追記】この文章を書いたあとで次の本が出た。学生にはこちらを勧めることにしよう。
『やさしい日本語ってなんだろう』岩田一成(2024年/ちくまプリマー新書)