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斎藤環の本3冊


 008で、『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』與那覇潤(2011年/文藝春秋)を読んだ。

 面白かったので與那覇の本をいくつか続けて読んだのだが、その中で思わぬ収穫があった。精神科医である斎藤環との対談本である。


①『心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋』斎藤環・與那覇潤(2020年/新潮選書)

https://www.shinchosha.co.jp/book/603855/


 なんと與那覇は鬱病を得て苦しみ、大学教員の職も失い、そこから快復していたのだ。今は歴史学者を廃業して、評論家を名乗っているという。人生は何が起こるかわからない。


 片や斎藤。

 私は不登校の子どもや引きこもりの若者の支援活動に携わっていたので、『社会的ひきこもり』(1998年/PHP新書)をはじめとして、その著書はいくつか読んでいた。

https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-60378-0

→改訂版(2020年/PHP新書)

https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-84595-1


 斎藤は長く臨床に携わり、引きこもりや精神障害に関する発言も多い。また映画・漫画・小説など様々な作品の、精神科医としての知見を活かした批評でも知られている。筑波大学大学院で2024年3月まで教授を務め、現在は客員教授だ。


 與那覇潤もそうだが、斎藤環も頭が切れる。しかし書いたものは、読むと疲れる。

 私の頭では理路を追うのが大変だ、ということももちろんある。しかし斎藤の書き方は、とてつもなく「議論に強い」のである。明らかに斎藤が正しいとは思うのだが、「そんなにいじめなくても…」と、つい相手に同情してしまうほどだ。


 というわけで、しばらく敬遠していた。しかし大阪大学歴史教育研究会から與那覇潤、與那覇潤から斎藤環という思わぬリレーで、久しぶりに読んだ。


 斎藤は相変わらず頭が良かった。しかし対談相手の與那覇が病み上がりだからか、今力を入れている精神療法「オープンダイアローグ」の普及のためならということか、なかなかフレンドリーになっていた。ありがたい。

 そして與那覇の、問題の本質を把握して言葉にする能力は、病いを経ても相変わらず凄い。そして持ち前の罵倒芸は、この本でも冴え渡る。


 対談の内容はタイトル通り。詳述はしないが面白いし、きわめて優れる。

 作文を教えている身としては、斎藤のこの発言に大いに励まされた。


(p253)

おそらく、「他者にもわかるように説明する」プロセス自体に、正常化の契機が埋め込まれているんだと思います。


 オープンダイアローグについて、最初にこの本で概略をつかむことができたことは、私にとっては幸いだった。もう少し勉強してみよう、と思うことができた。


 オープンダイアローグは、フィンランド(の一部)で大きな成果を上げた、精神病・精神障害の治療法だ。

 インターネットには既に多くの情報が出ている。一つだけ挙げるなら、日本における公式サイトとも言えるこれだろう。

オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン 

https://www.opendialogue.jp/


 しかし個人的には本で勉強したい。一番のお勧めは、ズバリ入門用のこの1冊だ。


②『まんが やってみたくなるオープンダイアローグ』解説 斎藤環/まんが 水谷緑(2021年/医学書院)

https://www.igaku-shoin.co.jp/book/detail/109059


 内容は真面目だし重要なのだが、何度も大笑いしてしまった。分かりやすいだけでなく、オープンダイアローグのすごさも難しさも実感することができるが、これは構成力に優れる水谷の貢献が大きい。

 個人的には、斎藤の迷いや他者への思いやりに触れることができたのも良かった。また、水谷という漫画家を知ることができたのも収穫だった。


 漫画が苦手、もしくは読めないという人には、『オープンダイアローグとは何か』斎藤環著・訳(2015年/医学書院)が良いと思う。

https://www.igaku-shoin.co.jp/book/detail/87749


 オープンダイアローグの、おもに治療者・専門家向けの入門書だ。私は前半の、斎藤環による紹介部分だけを読んだ。後半(第2部)は治療法の第一人者であるセイックラの論文の翻訳。

 精神医療だけでなくキュアとケアの全て、そして福祉、教育においてもきわめて重要な指摘に満ちている。


 もう1冊。


③『オープンダイアローグがひらく精神医療』(2019年/日本評論社)

https://www.nippyo.co.jp/shop/book/8069.html


 専門誌に発表した論文と対談を集めた本。そのため記述の重複がある。

 私には難しかったので通読はできず、興味を持った論文、もしくは箇所(たとえば症例)だけを読んだ。それでも、とても勉強になった。


 若者に授業をする身として特に刺激を受けたのは、「8“コミュ障”は存在しない――開かれた対話と「コミュニケーション」」である。また「9「ほめる」こととリフレクティング」も、直接ではなく、支援チームのメンバー同士での対話の中で「ほめる」ことの意義の大きさの考察に納得した。


 また次の記述には考えさせられた。これは「ひきこもり当事者」に限らず、誰もが通らざるを得ない道だからだ。


(p134)

 ひきこもり当事者が社会参加を進めていく際に、「承認」はおおよそ次の段階で進んでいく。まず「職場や学校に受け容れられること」→「所属する場所で親密な仲間関係ができること」→「個人的な交流ができる友人関係が築かれること」→「恋人関係や結婚といった "性的関係" が成立すること」。


 意識することなく、また苦しむことなく通過していく人がいる一方で、社会の無慈悲さ、残酷さに立ちすくんでしまう人も多い。オープンダイアローグを、医療だけでなく福祉や教育においても普及させようと力を尽くしている斎藤の、さらなる奮闘を期待したい。

 そして話は、斎藤環と坂口恭平の対談本へと続く。これまた異色の組み合わせだ。