授業の感想についてお書きください。
福壽みのり
今回の講義を聞き特に、パブリックアート・壁画の活動に関心を持った。私は以前メキシコの壁画運動について調べたことがあり、どうして壁画にしたのか、またその作品の意味合いにとても感銘を受けた。フィリピンにも、パブリックアートを使った政策があったことを知らなかった。だが、メキシコのものとは異なり海外に向けた表面的な政策であり国民のことが考えられた政策ではないことに衝撃を受けた。フィリピンに行った際に実際に見ていたい。また、メキシコの壁画との違いも考えていきたい。
また、去年学んだネグロスキャンペーンは演劇がメインであったことを知らなかったので関心を持った。虐殺が起こった日に忘れないためにその様子を再現するのは、とても心苦しいと思ったが忘れられることの方が問題であるので重要であると思った。
慰安婦問題についても、韓国の慰安婦問題は日本でも取り上げれることが多く認識していたが、フィリピンの問題については認識もしていなかったので自分の知識の狭さに落胆した。フィリピンとのハーフの子供についても、そのような活動が行われていると知らなかったのでもっと深く知りたいと思った。また、日本においてはどのような支援が行われているのかも調べてみようと思った。
Lyu tonglin
今週の講義を通じて、フィリピンの美術史について学ぶことができました。フィリピンの美術は、外国からの侵略や統治、そして自国の政権の影響を受けながら変化し続けています。その過程で、美術と社会が強く結びついていることを実感しました。特に、植民地時代やマルコス独裁政権下の美術作品には、その時代の社会的、政治的な状況が色濃く反映されており、美術が単なる芸術表現に留まらず、社会の現実を映し出す重要なメディアであることを再認識しました。
また、ジェンダーの観点からフィリピンの芸術を見る機会も得られました。フィリピンのアートシーンにおいて、女性たちも大いに貢献していることが分かりましたが、彼女たちの功績が社会から十分に評価されていない点は非常に残念だと感じました。
さらに、日本とフィリピンの関係についても学ぶことができました。これまで中国で学んだ第二次世界大戦の歴史では、日本と中国の戦争が中心でしたが、日本がフィリピンに対して行った残酷な行為について初めて知りました。特に、慰安婦問題に関して、韓国や中国だけでなく、フィリピンにも同様の被害があったことは驚きでした。このような歴史的な事実を知ることで、戦争の悲惨さや被害の広がりをより深く理解することができました。
全体を通じて、この講義はフィリピンの美術と文化を多角的に理解する貴重な機会となりました。美術史を通じて社会の変遷を学び、ジェンダー視点からの芸術作品に触れることで、フィリピンの社会問題についても考えることができました。また、日本とフィリピンの歴史的関係について新たな視点を得ることができました。これからも、フィリピンの美術や文化についてさらに深く学び、自身の知識を広げていきたいと思います。
田沢茉彩
今回の授業を通じて印象的だったのは、フィリピンアートの歴史をきづいてきたアーティストたちの欧米列強や政治的弾圧に対抗するタフな精神である。ストリートを舞台に一般市民も巻き込んで作品を作る運動は、フィリピン同様にスペインによる植民地支配を受けていたメキシコの壁画運動を連想させる。この芸術運動も生まれによって階級付けられた格差社会への抵抗や文字が読めない人々にも民族意識を伝える目的をもって進められた。フィリピンでは、アカデミーでスペイン本国から認められるほどのアーティスト教育に成功したり、博覧会で賞を受賞したりしたことが、ナショナリズムを喚起し、フィリピン独立宣言のきっかけとなった話は、芸術を重んじ、発展させることが国民の愛国心や民族意識の育成に深く関係していることを示している。
現代でも、劇団が毎年エスカランテ虐殺の日に負傷者を出しながらも、歴史的事実を後世に伝えていくために凄惨な光景を再現するパフォーマンスを続けている。強大な力や為政者に対して、芸術を以てして対抗する頑強さは人々が芸術がもつ、訴えかける力を信じているからだろう。
現地の美術館や博物館を訪れ、実際に作品を鑑賞することへの期待が高まる講義内容であった。
吉村常葉
本日は貴重な授業をありがとうございました!今回の授業で印象に残った点が主に2点あります。1点目は、今回の講義の主題でもある「ストリートとフィリピン美術の関係」です。数多くのアーティストは征服者が支配する制度に対する抵抗の空間かつ民衆のイメージを持つストリートから作品のインスピレーションを受けるという話を聞き、私が今までフィリピン文化において目を向けてきた範囲は表向きな物なのではないかと感じました。もちろん、表向きの文化も彼ら独自の色を持ちますが、よりインナーな部分に目を向けることでフィリピン文化の実態を立体的に掴めるのではないかと考えました。他の文化にも当てはまる考え方ですが、内省的な文化にも目を向けることを意識していきたいです。2点目は、最後におっしゃっていた「街を歩いている時に小さな実践に目を向ける」ということです。日本でフィリピンの文化を学習するとやはり大枠で捉えてしまうことがあると思います(悪いことではないですが)。今回、フィールドワークという機会を活かすために街、ストリートに溢れている小さな実践にも積極的に目を向けていこうと思いました。今回の講義では、文化、歴史の捉え方、感じ方を学ばせていただきました。平野さんのようなまなざしの向け方を習得できるようなフィールドワークにしたいと思いました。フィリピンでお会いできることを楽しみにしています!
水本侑里
空間デザインに興味がある私にとって、フィリピンにおけるストリート、ホワイトキューブの違いを知れてよかった。フィリピンは被植民地として長い間「美術史」の舞台・主役となる西欧社会(の男性)政権下にあった故に、美術に触れられる女性や場がなく、美術と社会の関係性を誰もが身近に考えさせられる環境にあった。そのような美術と政治を個々に扱っていた地で、美術を政治利用したマルコス政権は批判を浴びた。
この歴史を経た現在のフィリピンでは「個人」に、より関心が向けられたように思う。やはり、政治や経済がある程度まで進むと次は個々人の置かれている環境としての「血統」の要素が問題点となってくるのか。社会を形成するのは人、その個々人を形成するのは社会。周囲かつ一部の意見を通して多くの人が動き、そこに社会が形成される。その根源として見逃していけない「血統」に関連し、人々の欲求や思いを軽視するのが日本のあるまじき思考だと思う。韓国との関係を勉強し続けてきた私にとって、慰安婦問題含め男性の性的欲求による、継続される心のダメージ問題を考えるたびに、情けなく恥ずかしく感じる。加えて、これらに対してお金と法により過去に解決済みだとし新たな対処を打ち出すこともなく、国籍の安全性を与えないのが日本のやり方である。
どの状況でも、なぜ必要なのか根本を考える際にもっと複数で意見交換をし倫理的に考えてはどうか。同じ立場に自分がなった時に受ける心理的印象に目を向けた上で、平常心を保って継続的な行動規範を設けることが大切だろう。
政治情勢と関係のない世界・表現手段としても、フィリピンにおける美術は非常に「個人の意見の場・メディア」という、本来の美術の存在意義をとても強く感じた。
現代美術とは何かを考えさせられる時が今年に入って非常に多くなった。異彩に見えた私のアイデアとそのモデル作品を見て「現代美術だね」とからかい笑われながら言われたのが非常に腹立たしい記憶として残っている。ただそれを機に改めて考えてみた時に、フィリピンで美術に触れる重要性を今回非常に感じた。人間個々人が本来内に秘めているエネルギーや世界観の放出の場として美術は存在していると思っているが、そこに社会的圧力をかけられて過ごしてきたフィリピンにおいて、弾圧はされない今、人々の日常にどのように美術は共生しているのか。難しく考えすぎず、自分の身で体得してきたいと思う。
佐藤 果穂
今回と今までの授業を通し、フィリピンは占領していた国、そして独立したその後の大統領など、統治していた人や国の思想によって非常に様々な困難な歴史を乗り越えてきた国であると感じた。また、これほどまで長い植民地時代があるのにも関わらず、タガログ語をはじめとする彼らのオリジナルの言語が今もなお公用語として老若男女広く使用されているのは驚くべきことなのではないかと感じた。
また、今回の授業でも特に深堀されたわけではなかったが、日本の歴史の教科書で、日本の慰安婦問題はほぼ取り上げられない(韓国の慰安婦問題について、教科書の隅のコラムで読んだことがある程度)ため、今まで慰安婦問題について、自分は本当に表面的なことしか知らいのだと改めて感じた。ニュースや歴史の授業で少しだけ聞いたことがある程度で、被害者の方々がその際に受けた精神的な苦痛や周りからの差別など、そうした現状をちゃんと知っている日本人は少ないのではないだろうか。中学高校と日本史をあまり勉強する機会がなかったのもあり、日本の戦争の歴史として大きく知っているものは、日清日露など小学校から学ぶような有名な戦争や、広島に原爆が落とされた第二次世界大戦についてくらいである。今回のFSで、教科書に書かれていなかったような日本の戦時中の歴史を、現地に行ってもっと深く知りたいと思った。
東海林樹衣子
征服者にとってはプロパガンダの道具であったのに対し、アーティストにとってはアイデンティティを獲得するためのものであったという、同じアートという分野が対立するものとして使われていたことが興味深かった。フィリピンのアーティストたちは自分の意思を表すために、スペインの植民地時代時代に布教活動や支配の広められた絵画の技術を用いていたというのが皮肉に感じた。
フェルディナンド・マルコスが植民地時代より前からあるフィリピンの土着の文化と国際社会に通用する洗礼された近代文化の二つの側面をもつとするニューソサイエティの政策で、架空の少数民族を海外向けに捏造したという話に興味を持った。私自身が架空の民族を作ることに興味があり、アート活動に組み込みたいと考えていましたが、国の政策として実際に行われていたことに驚いた。架空の民族を実在するものとして、それを海外の人々に発信することで観光業の発展に役立てることは、観光客を騙すことになり、また民族を軽視することに値するため好ましくないと思った。またマルコスはフィリピン文化センターの建設事業で議会の承認を得ることなく推し進めるなど強引な政策を行っていたが、そのような背景がありながら建設されたフィリピン文化センターは現在でも運営されていることから、マルコス政権の半強制的なアート活動は国際社会にフィリピンのアートを広めることに大きく貢献しており、必要な政策であったことがわかった。
我謝伊吹
これまでのフィリピンの歴史から、フィリピンのストリートにおいて社会と美術がどのように関わってきたのか知ることができてよかった。フィリピンという言葉は日本でもよく耳にするけれど、実際どのような歴史があり、かつての日本がどのようなことを行い、またフィリピンにとって日本がどのような存在であるのかということは、私も今回初めて詳しく知り、日本人でも実際知らない人が多いのではないかと思った。特に、慰安婦における論争やjfcについての話は初めて知った。世間では話題になっていない(話題にしようとしていない)問題や、我々の目からこぼれ落ちている問題は世界にはたくさんあることを改めて感じ、今回のフィールドワークでは、そういったこと少しでも汲み取りながら、小さな視点から向き合っていくことができるといいと思った。
また、日本と比較すると、ストリートのパワーが大きいこと、社会派リアリズムや反体制アーティストによる運動など、政治と表現がかなり密接に結びついていることが印象深かった。歴史を勉強していると、日本であれば、表現やアーティストが反社会的なメッセージを訴えるというよりは、社会主義者や啓蒙思想家などの学者や学生、社会派の活動家による運動の方が大きく取り上げられることが多く、特にストリートのアーティストによる活動が大きな力を持っているというのはすごく独特だと感じた。アートという観点から、自分たちの立場やアイデンティティを主張し、体制にと争っていくことにどのような意義を感じているのかを知りたいと思った。