授業の概要
各講義やワークショップの基本情報、マニラでのフィールドワークに関する注意事項についてお知らせします。
私個人のアーティストとしてのフィリピンでの体験、フィリピンの文化や芸術に関する概要、フィールドワークで訪れる各地域に関する情報、や事前調査の方法について、みなさんと意見交換をします。
担当:稲垣立男(いながき たつお)
稲垣立男はコンテンポラリーアーティスト、法政大学国際文化学部教授。フィールドワークによる作品制作と美術教育に関する実践と研究を行う。1992年にネグロス島のバコロド市(フィリピン)で開催されたVIVA EXCON 1992への参加をきっかけに海外での活動を開始。これまでにヨーロッパ・アジア各国、アメリカ、メキシコ、オーストラリアでプロジェクトを実施している。近年はCommunity – Residency for Anthropologists and Artists(2017、イタリア)、VIVA EXCON 2018 in Roxas(フィリピン)などの国際展に参加。また、ArtCamp(2017、西ボヘミア大学、チェコ)、Bacolod Workshop(2019、デラサール大学、フィリピン)などの教育プログラムで講師を務める。
下記のリンクを参考に、マニラやフィリピンに関する情報を確認しておいてください。
マニラ滞在中には、街の中での作品制作について考えていこうと思います。interevention(介入)をキーワードに、マニラの街や人と関わりながらどのようなアプローチを考えられるのか、実験的な制作を実践できればと考えています。
マニラ滞在中の課題
各自でテーマを決めて、マニラ滞在中に「場所に介入する」アート作品を制作する。
制作する作品は、パフォーマンス、オブジェ、スケッチ、テキスト、写真、映像などで、あるいはその組み合わせとする。
帰国後、制作したアート作品の記録を提出する。(パワーポイントのドキュメントとテキストによるレポート)
作品例
街の中で収集したものをホテルの部屋をギャラリーに見立てて展示する。
街の中に自分の準備したオブジェやテキスト(手紙など)などをこっそりと置いていく。
人と何かを交換してその記録を取る。
色々な背景の場所で、自分自身のポートレイト写真を撮影する。
マニラで買った食材で料理を作る。
インターベンション・アート/Intervention Art
他のアート作品や観衆、さまざま公的機関や領域に介入(インターベンション)するアート。1960年代、アーティスト達が社会におけるアーティストの役割を根本的に変えようとし、そのことにより社会そのものを変えようとした。 また インターベンションと称される表現行為、パフォーマンスの表現形態の一側面。「パフォーマンス・アート」とは、主に身体を介在させた「行為の芸術」といえる。
作品例
ソフィ・カル(Sophie Calle)
ヴェネツィア組曲(Venetian Suite)
1980年に制作された作品。この作品は、カルが見知らぬ男性をヴェネツィアで尾行し、その過程を記録したもので、日記、写真、そして詳細な観察を通じて、彼女の体験と彼の動きが描写しされる。カルはパリで偶然に出会った男性を尾行することに決め、その男性がヴェネツィアに行くことを知り、彼を追ってヴェネツィアに向かう。カルはこの追跡を写真と文章で記録し、男性の行動や訪れた場所についての詳細なメモを残す。カルの行為は、プライバシーの侵害とそれに伴う倫理的な問題を提起している。彼女が見知らぬ人を追跡することで、その人物の個人的な空間に踏み込み、アイデンティティについての問いを投げかける。
フランシス・アリス(Francis Alÿs)
実践の逆説:何かを作ることは何も生まない時もある(Paradox of Praxis: Sometimes Making Something Leads to Nothing)
1997年にメキシコシティで行われたパフォーマンスアートの作品。この作品は、アリスが氷の大きなブロックをメキシコシティの街中で9時間以上かけて押しながら移動し、最終的には氷が完全に溶けてしまうというものです。アリスの行為は、労力を費やして何かを行うことが、その結果として何も残らないというアイデアを視覚的に表現している。このパフォーマンスは、労働、努力、無意味さ、そして一時的なものの儚さを象徴している。
バンクシー(Banksy)
ガール・ウィズ・バルーン(Girl with Balloon)
バンクシーの最も有名な作品の一つで、赤い風船を持つ少女を描いています。平和や希望を願う象徴のアート作品と解釈されている。バンクシー(Banksy)は、匿名のイギリスアーティストで、正体は公には明らかにされていないが、彼の作品は世界中で広く認識されている。バンクシーの作品は、多くの場合、政治的、社会的メッセージを含んでおり、戦争、消費主義、資本主義、環境問題、権威主義などに対する批判をテーマにしている。
作品例:稲垣ゼミ(法政大学国際文化学部)
Dear ____ . Enclosure:____ .
法政大学国際文化学部稲垣ゼミ
稲垣ゼミによる2023年の作品である「Dear ___. Enclosure:___.」はフィリピン・パナイ島アンティケ州で開催される国際展「VIVA EXCON 2023 Antique」の企画展示「Panultol」(キュレーション:Mayumi Hirano、Raz Laude、Bryan Liao)の参加作品。展覧会の開催されたアンティケの州立図書館の本の間に、日本の大学生からのさまざまなメッセージを書いた手紙をこっそりと挟み込んだ。
Cooking
法政大学国際文化学部稲垣ゼミ
2023年度の作品。国際文化情報学会で実施した。法政大学市谷キャンパスの外濠校舎メディアラウンジで、稲垣ゼミの学生全員で結論の出ない「調理」をし続ける。
毛糸のパフォーマンス
法政大学国際文化学部稲垣ゼミ
2024年度の作品で、法政大学市谷キャンパスの中庭で、カラフルな糸を使ったパフォーマンス/インスタレーションを行った。
作品例:稲垣立男
5000 sticks
1992年9月1日ー30日
フーズム ドイツ Nature and Cultureでの作品。
ドイツ/フーズム市の海岸で2週間の間、杭を打ちつづけた。フーズムは風が強いことや海の潮の満ち引きが大きいことで知られており、そうした環境の中、毎日海岸で潮の引くのを待って、杭を打った。杭を打つことは、自然に対しての私自身のささやかな存在を刻むことや「今まさにここにいる」ということを証してくれる。
Swedish Language School in the Kitchen
1998年6月13日
Ekeby Qbarn Art Space ウプサラ スウェーデン EVENTA4
スウェーデンのウプサラにあるEkeby Qbarn Art Spaceで開催された国際展「EVENTA 4」でのパフォーマンス作品。会場のキッチンで来場者にスウェーデン語を教えてもらうというパフォーマンスをした。
2023年度国際文化学部・履修の手引き 巻頭言(最初の言葉)に以下のようなテキストを寄せました。
国際文化学部学部長 稲垣立男
履修の手引きに、どのような巻頭言を私は書くべきでしょうか。
今まさに『履修の手引き』を読み始めたみなさんのことを考えると、この冊子を賢く活用できる方法を指南する巻頭言が一番よさそうです。ところが、私自身はマニュアルなどを読んでその通りに行動することがとても苦手です。きちんと確認しないで思い込みで行動してしまう傾向が常にあり、大学2年の時には期末試験の日程を間違えて3年生でもう一年同じ英語の授業を受講しなければならない羽目になってしまいました。人にあれこれと言う以前に、私自身がもっと学ばなければなりません。
例えばこのような経験もしました。大学をでて間もない1992年、フィリピンのアーティストが企画したアートフェスティバルに招聘されました。生まれて初めての海外渡航、日本以外で作品を発表することも初めてです。この当時は海外の情報をインターネットで簡単に得られるような時代ではなく、そのアートフェスティバルのことを知る唯一の情報源は実行委員会から郵送されてきた英文資料でした。この当時は語学力もなく英文を読むのも難儀だったので、ろくに準備もしないでフィリピンに旅立ちました。
成田空港から国際便で首都マニラに到着したものの、調べていないので開催地であるネグロス島バコロド市がどこにあるのかわかりません。背負っていたリュックからフィリピンからの資料の束を掘り出し、空港のロビーで英語の辞書を片手にその内容をようやく調べ始めました。招待状のレターヘッドの一行に「Culture Center of The Philippines(フィリピン文化センター)」という場所が示されており、マニラの住所であることを発見しました。空港からタクシーに乗ってフィリピン文化センターに辿り着き、そこでアートフェスティバルの関係者に偶然会うことができました。バコロドまでの航空券を準備していただいて、アートフェスティバル「Visayas Islands Visual Arts Exhibition & Conference(VIVA EXCON 1992)」に無事参加できたのでした。渡航のやり方は本当にひどいものでしたが、手元の書類を細かく調べていくことでなんとか危機を脱することができました。参加したアートフェスティバルでの体験は素晴らしく、フィリピンのアーティストとの交流が今でも続いています。
なんとも呑気な話ですが、この地域の当時の治安を考えるとかなり危険な行為です。バコロド市にうまく辿り着けたとはいえ、こうした無茶なやり方は褒められるようなものではないので、決して真似しないようにしてください。この体験を反面教師として、(かなり無理がありますが)『履修の手引き』の活用に繋げてみたいと思います。大学では自らの学びを自分自身で組み立てる必要があり、また進級や卒業を考えると授業の履修については慎重に、丁寧に考えなくてはなりません。『履修の手引き』はそのためのガイドであり、大学での学びを決定する過程で重要な役割を果たします。200ページ近いボリュームがあって読みこなすことは大変ですが、重要なことが書かれていますので1年間の「旅」が始まる前に、しっかりと読んでおいてください。旅の途中で迷子にならないように、目的地にたどり着けるように『履修の手引き』というガイドブックを片手に大学生活を楽しんでください。
私が高校生の頃には、フィリピンのマルコス政権の独裁がよく報じられており、フィリピンに関する関心が高かった。ネグロス島の子供の栄養失調の様子などもドキュメントされており、こうした政治形態の及ぼす影響について、高校生ながらに考えさせられることがあった。
独裁政権に反対の立場であるニノイ・アキノ上院議員が、アメリカ合衆国から帰国した際にマニラ国際空港で暗殺された。航空機には大勢の報道関係者が同乗しており、日本のTBSの取材チームも同乗していたため、TBSによる暗殺された瞬間の出来事が日本に報道された。その後、マルコスは、民衆による非暴力の「エデュサ革命」により退陣することとなった。
その頃、日本では「ジャパゆきさん」(ジャパンに行き、働く)と呼ばれる、興行資格などによって来日し、エンターテイナー、ホステスとして就労してきたフィリピンやタイなどのアジア人女性が知られるようになった。 1970年代以降、東南アジアで「買春観光」が拡大し、風俗産業の国際化が進み、アジア人女性を商品として日本に輸入するという段階となっていった。
現在アフガニスタン、香港、ミャンマー、トルクメニスタン、ベラルーシなどでは政権による市民の言論弾圧が問題となっている。フィリピンではそうした問題の先駆けとして今から30年以上前の1980年代に「エドゥサ革命」が勃発した。エドゥサ革命で起こったことを振り返ることで、現在の社会的問題を解決する道筋が見えてくるかもしれない。
「ピープル・パワー」や「EDSA革命」として知られる1986年2月の革命。フェルディナンド・マルコスはフィリピンの大統領として1965~86年の20年間、独裁政治を行ってきた。憲法では三選が禁止されていたにもかかわらず、戒厳令を発布して憲法を停止。74年に3選目を果たしました。この戒厳令により言論や出版などの表現の自由が奪われた。この独裁政権を民衆が非暴力で打倒したのが1986年2月のエドサ革命である。反マルコス派がマニラの大通りであるエドサ(EDSA)に押し寄せマルコス退陣を要求。マルコス夫妻はアメリカ軍とともにハワイに亡命、マルコスの独裁は終わりを迎えた。その後コラソン=アキノが新たに大統領として就任。この変革は非暴力でアジアの民主化を実現した象徴的な出来事であった。
Performance in Bacolod 1922
(1992年、バコロドプラザ)
VIVA EXCON1992Bacolodで制作された。バコロドプラザに朝赴いて、公演のタイルの目地に沿って古材を並べ、並べ終わると全部片付けいくことを数日間にわたって行った。
Performance in Baguio 1993
(1993年、バギオ)
1993年に開催されたバギオ・アートフェスティバルで制作された。展覧会のメイン会場となった建物周辺の木々に、細い竹を使って鳥の巣のような形態を十数個制作した。
Document 1992
(Viva Excon 2016 Iloilo)
20年ぶりのフィリピンでの制作。1992年のViva Exconに参加した際のさまざまなドキュメントをポスターにしてカンファレンス会場の入り口に掲示した。
Balay Sugilanon(物語の家)
(Viva Excon 2018 Capiz)
カピス州ロハス市で開催されたVivaExcon 2018での作品。地元とアーティストと協力して、地域の人々の生活についてインタビューをし、その成果をBalay Sugilanon(物語の家)として展示した。また、Tutle Stage(海亀のステージ)を制作し、VivaExcon会期中の毎夜、地元ラッパーによる地元の言葉であるイロン語でのラップバトルが開催された。
My Place(私の場所)
(Aurora Art Residency 2019)
アウロラ州ディンガランでの作品。Aurora Art Residencyのプログラムに参加し、滞在制作を行なった。地元の人々のさまざまな体験をインタビューして、その体験の起こった場所にその体験を綴ったサインボードを設置した。
オンラインによる講演
(Viva Excon 2020 Bacolod)
新型コロナウィルス感染症の拡大で、参加予定だったバコロドでの国際展が中止となり、地元のアーティストだけで展覧会が開催された。行われる予定だったカンファレンスはオンライン開催となり、講演者の一人として、フィリピンでの制作に関する講演を行なった。
Dear ____ . Enclosure:____ .
法政大学国際文化学部稲垣ゼミとのコラボ作品。
「Dear ___. Enclosure:___.」はフィリピン・パナイ島アンティケ州で開催される国際展「VIVA EXCON 2023 Antique」の企画展示「Panultol」(キュレーション:Mayumi Hirano、Raz Laude、Bryan Liao)の参加作品。展覧会の開催されたアンティケの州立図書館の本の間に、日本の大学生からのさまざまなメッセージを書いた手紙をこっそりと挟み込んだ。