文学研究科修了生座談会
「修了後のキャリアと私」
文学研究科修了生座談会
「修了後のキャリアと私」
登壇者 2007年度教育学専攻博士前期課程修了
今井敏之助さん(右)
聞き手 文学研究科 教育学専攻 斎藤里美教授(左)
自己紹介と公務員の仕事
斎藤:
今日は2008年3月に修了された今井さんにいらしていただいています。よろしくお願いします。
今井:
神奈川県の逗子市役所から来ました今井です。よろしくお願いします。まず自己紹介と仕事の紹介、そして大学院の経験についてということでお話をさせていただければと思います。私は、東洋大学文学部教育学科を卒業しましたけれども、最初に入学したのは国際地域学科で、学部の3年次に教育学科に転部をしました。その後そのまま大学院の教育学専攻に進学をして、博士前期課程修了後に神奈川県の逗子市役所に入庁しました。昨年度と一昨年度は文部科学省に出向し、今また市役所に戻ってきて、今はデジタル推進課のDX推進担当として仕事をしています。住まいは葉山町で3人の子供がいます。
少しだけ仕事の紹介をさせていただこうと思いますが、今公務員として17年目、いわばカラフルな経験でいろんなところでいろんな仕事をしてきました。教育学専攻ですけども、よく言えば、政策的な仕事にたくさん携わって来られたなというふうに思います。悪く言えば、使い回されているなという感じも受けています。(笑)
たとえば、教育委員会の子育て支援課という部署が所管する教育施設で、子どもたち集めて防災を学ぼう、避難所を作る経験をしてみよう、体育館に段ボールを敷いて、一晩子どもたちと寝泊まりしたり、そこで津波が来た時にはどうするべきなのか、避難所ではどういう生活ができるのかを学んだりもしていました。そんなことをしていた翌月には、開発指導をしろと言われるわけです。開発指導では、不動産屋さんや設計者さんと話をして、うちの市ではこういうものが建てられませんとか、開発を抑制し、条例に基づいたまちづくりをする仕事もしました。また一方で、文科省で障害者の障害学習を推進したりと幅広く仕事をさせていただきました。ただ、公務員としての仕事のエッセンスみたいなところを整理すると、こういった分野に分かれるかなと思っています。
たとえば、「行政計画」というのがありますが、政策的な事業を進め予算を取っていくためには行政計画に位置付けつつ、あるいは場合によっては条例をつくっていくという作業になります。そこに位置付けていく政策立案や補助金の申請、あるいはイベント市民との協働などを大切にしながら進めてきました。
ここで1つご紹介したいイベントがあります。これは、こういうエッセンスをつなぎ合わせてどういう仕事をしてきたかという宣伝ですが、今度の11月2日に光の波プロジェクトとうイベントがあります。
逗子は海ぐらいしか有名なところがないので、、逗子海岸は駅から近く、夏はすごく人がごった返すのですが、夏が過ぎると人がいなくなってしまいます。観光推進という観点と、シティプロモーションの観点から何かできないかということで、県の補助金を使って、光の波プロジェクトとして2016年から実施しています。企画段階で私は携わりまして、今でもこの事業が継続しているということで、ご紹介をさせていただきます。
波を照らすアーティストの方も逗子市民の方ですし、イベントにご登壇いただく方も逗子市民を中心にキャスティングもされています。飲食ブースは逗子市内の飲食店の方で、基本的にはやっていただくというような形です。市民の協力を得ながら政策を作っていく、実現していくというのがベースとなって、いろんな政策が逗子では展開されている、という1つのご紹介でした。
こういった仕事をするにあたって、そもそもなぜ大学院に行ったんですか、というのが今日の趣旨だと思います。
大学院進学の理由と大学院での学び
大学のミッションとして私が考えている大学院の捉え方なのですが、質の高い研究をするということ、あるいは専門的な人材を育成していくこと、私が大学院に入ったのはもう20年ぐらい前ですけれど、グローバル化が進んできて、国際競争に勝てる大学を作っていくんだ、などということが言われていたと思います。
大学院進学を考える人の動機とか目的意識って、例えば、教育者になる、研究者になるなと強い気持ちで入る方もいらっしゃいますし、高度専門人材として、教育学科であれば、専修免許状を取って学校で専門的な教員として活躍するという強い気持ちを持って進学される方も多いと思います。
ただ私の場合はどれも全然意識していませんでした。そもそも、1番最初に経歴をお話しさせていただきましたけど、国際地域学科から教育学科に転部して2年だったので、教育学科を卒業して教育学を学んだんだというふうに自分の中で満足するのに2年ではちょっと足りないという気持ちがあって、大学院にそのまま進学しました。
そこで2年間研究をして市役所に入庁をしました。市役所の中で、キャリアとして大学院修了がどういう影響があるのか、研究が活かされる場面ってどういうところなんですかというところで、この辺から斉藤先生とお話できればなと思うんですけど、正直、キャリアパスで見れば大学院を卒業したことが何か、公務員で働く上で有利かというと、そんなに有利ではないと思います、直接的に昇進が早いとか目に見えるメリットはあまり感じていないです。
一方で、研究が活かされるというところがあるかどうかですけれども、私は教育学のなかの社会教育、とりわけ社会教育史、歴史の研究をしていました。しかもその歴史が明治10年代から明治30年代の半ばぐらいの社会教育史で、東京大学(東京帝国大学)で学んだ方々が当時は専門学校を作って、その高等教育を日本全国でどう広めていったのか、学びたい人たちにどう高等教育を普及させていったのかという研究だったので、これも直接的には市役所で何か使えるかというと直接的にはちょっと難しいものがありました。
斎藤:
すごく幅広いお仕事ですものね。異動されたところで、その都度問題を発見し、先行事例を調べ、法的な位置づけや政策立案などをなさって企画をされる。でもそれって私から見ると、研究に似ているような気がするんですが、いかがですか。
今井:
そうですね。おっしゃる通りで、研究の手法は特に私の場合は歴史だったので、今まで歴史的な見方というのを大切にしながら進めてきています。そういう癖がついてるっていうのが一つの成果だと思いますね。
斎藤:
歴史的な見方、つまり時間軸で考えるというのは、物事を考える時の基本ですよね。過去はどうだったのか、なぜ現在こうなっているのか、そういう見方ってもし学部卒で就職されていたら、なさっていたと思いますか。
今井:
仮にその2年間しか教育学を学ばず就職していたとしたらしていなかったと思います。そこまでの自信を持てないっていうのは1つあると思います。斎藤先生がおっしゃるように大学院に来て学んだことによって自分の立ち位置が明確になったっていうのはかなり大きいと自分の中では思っています。
斎藤:
つまり、問題に気づいたとして、それが問題なのか問題でないのか、まずそこの見極めが必要だと思うんですけど、そこの見極めすらなかなか自分の軸や視点を持つことができないというのが新人だと思うんですね。でも、やっぱりこれは問題じゃないかって思うためには、自分のなかにそれを確かめるための視点や方法がないとできない。今井さんは、そういう時に研究的な手法を無意識になさっているのではないでしょうか。
今井:
そうですね。あまり意識していないので、恐らく無意識にしているのだと思います。あとは、社会教育的に見てどうか、という見方ができるっていうところがあると思います。先生方も何からの委員などで市役所に関わられている方が多いかと思うんですけれど、市役所では有識者の方からアドバイスをしていただきます。
その時に、「僕はこう考えています」っていうものがないとコミュニケーションが図りづらいということがあります。そこは自分の領域をしっかり持った上で各政策に携わる各有識者の方と相談ができるっていうのは1つ大きいかな、と思います。
斎藤:
多分東洋大学におられた時も論文だけ書いておられたわけではなくて、社会教育の現場でフィールドワークをなさったりとか、いろいろな方々との出会いなど、思い出に残っておられる経験があると思うんですけどその点はいかがですか。
今井:
社会教育でいろんな経験をさせていただきましたが、特に歴史研究なので、当時私が興味を持っていたのは、図書館に引きこもって古い本を読むっていうことだったんですよね。でも、指導してくださった先生が、歴史研究であっても、実践から離れるべきではない、と、常に実践の中に身を置きつつ研究を進めることが重要なんだっていう指導をしてくださっていたので、大学院の時から生涯学習センターで働いたり、あとは海外の文献を海外まで探しに行ったり、あとは青年団の集まりとか地域の集まりに出かけて行って、その中でお話を伺ったりしたという経験は研究以外のことになってしまいますが、いい経験だなと思っています。
斎藤:
そうしたご経験がどこか底流で研究とつながって、研究をもっと深め、視点の掘り起こしにつながっているように見えますよね。
今井:
そうですね。
大学院の魅力
斎藤:
そう考えた時に、改めて東洋大学の大学院の魅力について教えていただきたいです。私たちはずっとここにいると、東洋大学大学院ってあまりにも当たり前すぎて、何が魅力なのかもわからなくなっているんですが、外に出られて思い返された時に、大学院のここが魅力だったんじゃないかというのがあったらぜひ教えていただきたい。
今井:
大学院の魅力としては、大学4年間学んできて自分がこの領域を専門的に学んできたんだっていう話って、なかなかできないと思います。私は、市役所に入ってくる新人の職員に研修もしています。その時に大学でどんなことやってきましたか?と問いかけるようにしているんですけど、明確に大学で私これやってきました、って言える人は本当に少ないです。
一方で、大学院を出た人は、大学院で何やってやられたんですかって問われた時に、大体の方は、「僕はこういう研究をしてきて...」っていう熱い思いを語れると思うんです。それって先程自分の立ち位置が明確になっているというお話をしましたけど、すごい重要なことで、自分のよりどころとなる研究があるってすごい自信につながると思うんですよね。それがやっぱり大学院の一つの魅力だなと思います。
そういった研究を進められる環境が東洋大学に整っているというのが、魅力の一つだと思います。大学院生活を振り返って、先ほどのお話もありましたけど、それこそ私の大学院時代は、斎藤先生のお部屋でマンツーマンで授業をしてくださったこともありましたし、そういう研究を進めやすい環境があるというのが魅力だと思います。先生方と院生の距離は非常に近いですよね。そこは魅力かなと思います。
斎藤:
たしかに、他の国立大学の例を伺うと国立大学の大学院では担当する先生に対して学生が10人という例も珍しくないようですね。それに比べると非常に少人数で、教員と院生の距離は近いという感じはしますね。
もう1つ、今おっしゃったことの中で重要だなと思ったのは、「すごく自信につながる」とおっしゃってらっしゃいましたね。つまり自分の中に確固たる軸があって、それを中心にものを見ることができるというのが、大きいなと思いました。
そう考えた時に、今井さんにとって大学院を修了したことの意味はなんでしょうか。自信というお話もありましたけれども、もうちょっと大きく広げてみると、自信以外に何か人生にとって大学院とは何かというようなお考えはありますか?
今井:
大学院を修了した、学位を得た、ということ自体にはあまり意味を感じていない、というのが正直なところです。先ほど申し上げたように、目的意識が明確にあったというわけではないので、修了証書が欲しかったわけでもないですし、むしろそう思っていないので、また研究に戻れる環境が整うのであれば続けたいなという気持ちにもなれる、というのが1つ、自分の中での価値かなと思います。
斎藤:
縁があればもう一度戻りたいというお気持ちはありますか。
今井:
そうですね。研究を進めていったときに終わりがないのがやっぱり研究なんだろうなというふうに思うんですよね。なので、修了証書もらって、「よし終わったぞ」とならない、「学びの深さ」のようなものを大学院で学べたというのが、私の中では財産になっているんじゃないというふうに思います。
斎藤:
終わりがない、追いかけても追いかけてもまだ先がある、汲めども汲めども尽きぬ泉。そういう感じですね。
では、最後に、大学院進学で迷っている学生さんとか、あるいは今大学院に在籍しているけれども、この後どんな進路を取ろうか迷ってるっていう方がいると思いますので、ぜひそういう方々にアドバイスをいただけますか。
今井:
大学院に行ったらいいと思います(笑)。迷われているということは、自分でやりたいことっていうのが、ぼんやりとでもイメージできていたり、あるいはやりたくないことがイメージできているんだと思います。
僕は、それが重要だと思います。気になることがある、それを突き詰められる環境が用意されている、そういう環境におられるのであれば、挑戦してみるのがいいと思います。その時に重要になるのが、先生方のアプローチだと思います。先生が背中を押してくださったということが(大学院進学を決断する決め手として)すごく大きいと思います。私自身も多分指導をしてくださった先生じゃなければ大学院に進学しなかったと思います。研究が楽しいとか、研究が社会実装をされるという面白さみたいなものを伝えてくださるというのは非常に重要だと思うので。
斎藤:
たしかにそうですね。今更ですが、教員の役割が大きいということがよくわかりました。
今日はほんとうにありがとうございました。