考古学は、出土した遺物等を通じて過去の物質文化を明らかにすることは得意ですが、形として残らない当時の人々の精神文化を追求することは苦手です。ただ、江戸時代等の現代から近い時代の事例に関しては、現代の我々でも、「それが何なのか」類推することができます。例えば、今回展示している「御札」を見れば、我々は直感的に「これは御札だ」とわかります。一方で、こうした類推が、必ずしも正しいとは限りませんので、考古学では多種多様な資料を収集・検討し、その類推の蓋然性を高める研究を進めています。
※見出しの写真は出土した錫杖(上部のみ)
土師質土器(かわらけ)2枚が合わせ口に重ねられて穴に納められていました。上側の土器は一部が残った状態でした。下側の土器には、内面に密教法具の輪宝を模した墨書がありました。 輪宝は、古代インドの投擲用武器であり、理想的な王である転輪聖王の宝を示しています。この場所では、それを描いた土器を用いて、地鎮祭を行ったようです。
(武家屋敷地区第11 地点 現:川内サブアリーナ)
この御札には「梵字 南無牛頭天王波梨采女」と記されており、疫病除けの御札と考えられます。 牛頭天王は祇園精舎の守護神で、疫病を司ります。仏教では薬師如来の垂迹とされ、神道では素盞鳴尊の本地とされています。波梨采女は、牛頭天王の妻で、素戔嗚尊の后である奇稲田姫とも同一視されています。 牛頭天王は広く信仰されており、例えば仙台市内に現在も残る泉区須賀神社( 宝永4(1707)年創建) は、「祇園牛頭天王」と称されていたようです。疫病退散は、現在も通じる切実な願いです。
(武家屋敷地区第7 地点 現: マルチメディア教育研究棟)