下記は、東京ボランティア・市民活動センター の「ボランティア・市民活動を広げ、応援する!」広報媒体の隔月誌『ネットワーク』No.354 2018年6月号 「特集:ひろげよう!社会理解 依存症―ひとりではやめられない」で取材いただいた記事からの抜粋です。
掲載誌はこちらでPDFで読むことができ、WAの記事の他にも精神科医・松本俊彦先生の巻頭インタビュー やAAの記事もご覧になれます。
物質依存よりも深刻!? 仕事依存症
「ワーカホリックス・アノニマス ジャパン(以下、WA Japan)」は、仕事依存症の本人と家族の共同体。メンバーになるために必要なことはただ一つ、「強迫的に働くことをやめたいという願いだけ」だ。依然として“仕事は美徳”意識の根強いこの国で、仕事依存症という病気をいかに自覚できたのか、そして、どんな活動をしているのか、WA Japan を立ち上げた小夜子さんにお話をうかがった。
「Don’t rush.(急がないでいいよ)」に衝撃を受けて
小夜子さんは、IT企業の専門職だった2003年にバーンアウト(心身が消耗し燃え尽きること)して倒れ、依存症の専門病院で2年半に及ぶ入院生活を送った。入院中は、院内にある、情緒的な問題からの回復を目指すEA(イモーションズ・アノニマス)などの自助(セルフヘルプ)グループに参加していた。自らの仕事依存症に気づくきっかけは、入院なかまから指摘されたこと。主治医からも仕事が問題であるとの指摘があった。しかし、当時は、日本にWAのグループがなく、依存症にありがちな「否認」もあったためか、小夜子さん自身も必要性を感じなかった。2005年、米国のWAのウェブサイトを見つけて読んでみたが、「ふ〜ん、そうかも」というぐらいの印象だった。退院後は、元の仕事に戻るのが怖く、5~6年は事務員としてパートで働くなど、仕事を詰め込むことはしなかったそうだ。
WA Japanを立ち上げたのは2012年。IT関係の仕事も本格的に再開していた。ある日、サンフランシスコに出張したとき、近くでWAのワールドカンファレンスがあるという情報を得て、試しに参加してみた。偉い役職だったに違いない年配男性のなかまから、最終日のパーティの買い出しに行こうと誘われて、慌てて出かける準備をしようとしたら「Don’t rush.(急がないでいいよ)」と静かに言われ、一瞬意味が理解できなかった。英語だったからではなく、初めて言われた言葉のような気がして衝撃を受けた。それまで常に、自分を急き立てる生き方をしてきたから。
カンファレンスでは多くの参加者から「日本にWAのミーティングはいくつあるの?」と聞かれ、「ない」と答えると、「KAROSHI(過労死:すでに世界共通語)が多いのに、WAが日本にないなんて!」と一様に驚かれた。そして、私が「じゃあ日本でつくろうかな」と言うと、仲間が温かい励ましの言葉をかけてくれた。
WA Japanの活動 ~グループ運営も命がけ!
現在、WA Japanは、東京都障害者福祉会館の一室を借り、月2回19時~20時30分(注:2018年当時)、基本的に参加自由のオープンミーティングを行っている。ミーティングフォーマットに従い、最初に司会者が説明し、文献や資料(出典はWorkaholics-Anonymous Service Organization:WAWSO)和訳版を参加者で読み合わせしたあと、言いっぱなし・聞きっぱなしのわかちあいの時間をもうける。わかちあいでは、人の話を中断したり否定したりしない。依存症の人の多くは、子ども時代に充分に話を聞いてもらえた経験が乏しい。だから、安全な場で、言いっぱなしの話を聞いてもらえる場は、依存症の人たちにとってとりわけ大切だ。
WA Japanでは、悩んでいる人がたどり着けるように専用のウェブサイトを設けている(https://sites.google.com/site/waJapan2013/)。横浜アディクションセミナーには、グループとして参加しているので、そこからWA Japan につながる人が多い。これまでミーティングに参加した人は計30~40人で、1回当たりの参加人数は最大でも5人。日本で強迫的に働く人は多いが、依存症の自覚が難しいなどの理由で、今のところ参加者は意外に少ない。
松本アディクションセミナーに参加した際には、深刻な状況の当事者に出会い、地域の閉鎖性が拍車をかけていると感じた。しかし、いまは活動を広げる気持ちはない。WA Japan の運営も「仕事」になってしまう怖れがあり、命がけだ。小夜子さん自身は、「自分が生きていくことが最優先。人数が増えてきたら、地域で立ち上げる人も出てくるのでは」と思っている。
仕事依存症の人ならではの課題 ~離職イコール回復ではない
仕事依存症の当事者の中には、自らを仕事ができるエリートだと思っている人すらいるが、アルコールや薬物などの物質依存よりも深刻なケースもある。小夜子さんは「物質依存よりも、自己制御はより難しいかもしれない」と言う。
WAには、米国でつくられた仕事依存症者回復のための独自のワークブックがある。それを書いて実践すると、自分の内面と向きあうしんどさがある。封じ込めていたトラウマ(心的外傷)のフタを開けてしまい、怖くなって参加を辞める人もいるそうだ。
複数の依存症を併発しているクロスアディクションの人が多いのも、特徴だ。仕事のつらさをまぎらわしたり、仕事を無理に続けるために、アルコールやニコチン(煙草)、パチンコ、買い物、過食、恋愛、処方薬などの依存に陥りがちだ。
また、気分を高揚させるホルモンの一種、アドレナリン・ハイを求めたり、承認欲求が強い傾向がある。前者の例として、夏休みの宿題を先延ばしにして最後の数日に一気にやるタイプの人は、アドレナリンを出すために無意識に行っている可能性がある。承認欲求の例としては、小夜子さんの場合、仕事依存症の父親に認めてもらうための唯一の手段が、仕事で成功することだと思い込んでいた。主治医のアドバイスで父親と会わないようにしているが、職場の上司との関係性で、かつての親子関係を再現してしまうことがある。WAのミーティングは小夜子さん本人にとって、まず必要なのだ。
仕事を辞めても、子育てや家事、ボランティア、ときには趣味でさえも「仕事」になってしまい、過剰にのめりこみかねない。アルコールや薬物などの物質依存と違い、断つこと、つまり離職イコール回復にはならない難しさがある。
回復のために ~寄り添うのではなくモデルケースになる
自分が仕事依存症と気づかずに一生を終えていく日本人は多いのではないだろうか―。その問いに小夜子さんは大きくうなずく。
職場などで仕事依存症の人を少なからず見てきたが、自覚していない人に指摘して、怒らせてしまったこともあるそうだ。そもそも依存症は「否認の病気」だから、仕事依存症本人が助けを求める前に、手を差し伸べても効果はない。それどころか、その人が回復しようと立ち上がる力を奪ってしまう可能性もある。小夜子さんが主治医に言われたことは、「回復した自分を見せること。自身がモデルケースになるのが一番いい」ということ。
小夜子さんが現在所属する会社では、先駆的に「マインドフルネス」を採り入れている。呼吸法や瞑想などで心を整え、職場の「心理的安全性」を高めることができる、という。今は職場では自分の仕事依存症経験をオープンにしていないが、いずれそれが役立つ時期が来るのではないか、とも考えている。
「もし自分が仕事、もしくはボランティアや市民活動、家事の依存症かもしれないと思ったら、まず、家族との関係性について考えてほしい。家族との問題から逃れるために仕事をしている可能性がある。仕事依存症が明確に病気として認知されている欧米では、 健全な人は家族や友人、 恋人との約束を、仕事を言い訳に反故にすることはまずない」と小夜子さん。WA Japan のウェブサイトには、自分に問題があるか否かを判別するため、家族問題以外にも、先延ばしや回避癖についてなど「20の質問」が掲載されているので、ぜひご参考にしていただきたい。
(取材者及び文章:秋池智子氏 )