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2025年11月
戦争中、日本軍による旧蘭領東インド(現インドネシア)の占領を生き延びた私のオランダ人の友人たちの体験の語り部を2011年に始め、同じ戦争を反対側から体験した亡き両親の体験も2015年から加え、住んでいるオランダと一時帰国する日本でもう60回も話す機会に恵まれました(下のリスト参照)。2017年11月に、オランダ全国の学校へ第2次世界大戦等の戦争体験談の講師を派遣する国立組織( Landelijk Steunpunt Gastsprekers WO II-Heden)の講師の一人として認定され、オランダのいろいろな学校に派遣され話しています。
彼らが平和を失った戦争体験だけではなく、戦後の人生も話します、戦争体験と折り合いをつけることができたのか、そして心の平和を取り戻すことができたのか。日本軍抑留所で38歳で命を落とし、3人の子供を残した母親の場合はどうだったのか?その一人で当時まだ9歳だった私の友人の場合はどうだったのか?病気で徴兵はされなかったけれど、級友を特攻で失った私の父の場合は、そして私自身は? これらを通して、心の平和について考えます。
同じ内容を日本語だけでなくオランダ語と英語でもするので、いろいろな国の聞き手は、普通の人々があの戦争でそして戦後どんな体験をしたのか、それも一方の側からでなく別の国の立場から理解することになります。
もしも関心があれば、メールをください。
パワポを使い画像や動画も紹介する私のプレゼンテーションの所要時間は30分程度で、次の4つの内容を話します。
1、 私のオランダの友人は、戦前の元蘭領東インド(現在のインドネシア)で生まれ、両親や兄弟と住んでいました。戦争が始まり日本軍に占領され、徴兵された父は捕虜となり、残りの家族も抑留所に送られ、彼の母親はそこで終戦間近に命を落としました。戦後50年も経ってから彼のトラウマが始まり何年も苦労しましたが、ある日自分の意思で活動と旅行を始め、信じられないような形で彼は心の平和を取り戻しました。どうやってそんな奇跡のようなことができたのでしょう?
2、 この1938年の写真の父は旧制の中学生。彼の背後には日米英の軍艦の比較と東アジアの地図が見えます。この4年後に日本は、この地図のほとんど朝鮮半島からインドネシアまで制圧しました。高校の同級生の一人は悪名高い神風特攻隊員になりました。 あの悪名高い自殺作戦で命を落とした数千人の一人となったのです。
戦争が終わったと聞いたとき、彼は何をまず考えたのでしょう?戦争は戦後の彼の人生にどのような影響を与えたのでしょう?
3、 戦後の日本で私は生まれ育ちました。建築家になり日本で4年働いた後、1988年からオランダで働いています。(ロッテルダムのクンストハル Kunsthal や ヨルダンのオランダ大使館 を担当しました。)
2001年から元蘭領東インド出身のオランダ人との特別な友人関係を築きました。彼らにとって、私の日本の祖先は昔の仇であったにも関わらず。日本の戦争の歴史に私はどう直面したのか? どうして私は彼らの戦争体験の語り部を始めたのか?
4、 心の平和のために不可欠なのは何でしょうか? 私たちは、人間の苦しみへの共感だと考えます。それも一方の側だけでなく、元仇の側も、その他の人々も。私自身のオランダの友人達や父との体験を例にして説明します。
現在までの語り部の授業/講演の記録
WAF 63 2025年11月8日 ザイストで新しい日本人の友人達と
WAF 62 2025年11月4日 アムステルフェーンの語り部の同僚と
WAF 61 2025年4月20日 ファルケンブルグの友人と
WAF 60 2025年4月18日 ユトレヒト市の高校にて
授業前に先生から(オランダの白人だけではなく移民の子供の含む)多文化クラスだと聞いていた。確かに、すぐにヒジャブをかぶる女の子を2人見かけた。そのうちの一人が私に質問したり、私の発表を褒めてもくれた。生徒たちの質問の後私は彼らに、戦争を経験したことのある人、あるいは家族がそんな体験を持つ人はいないかと尋ねた。するとその子が手を挙げた。私が彼女にどこから来たのか尋ねると、イラク系のシリア人で、13歳の時にオランダに来たと彼女は答えた。つまり彼女自身が戦争を経験したのだ。授業の後、私はいつものように一緒に記念写真をしないかとクラスのみんなに尋ねると皆すぐに合意してくれた。私がいつものようにアドリの顔写真も記念撮影に持っていくと、彼女はその写真を持って撮影したいと言う。もちろん、彼女に写真を渡した。オランダで私の叔母のように慕ったアドリは、亡くなって14年前になる今でもこの少女の心に触れたのだろう。
WAF 59 2025年4月8日 ハーグ市にて、第101回欧州青年議会
WAF 58 2025年3月26日 ブッサム市の高校にて
WAF 57 2024年5月27日 ハーグ市の高校にて
WAF 56 2023年3月20日 ウトレヒト郊外の高校にて
WAF 55 2022年9月21日 ハードワイクの高校にて
WAF 55 2022年7月8日 プルメランドの高校で
WAF 53 2021年11月5日 アムスフォールトにて、東南アジアの戦争体験の語り部の集まりで
WAF 52 2021年10月3日 自宅にて、オランダの友人と
WAF 51 2020年11月16日 アムステルダムにて、家族が元蘭領東インドで日本軍の抑留所を体験したオランダの友人と
WAF 50 2020年7月14日 アムステルダムの友人と
WAF 49 2019年6月6日 ロッテルダム近郊の高校で
WAF 48 2018年10月22日 ティルブルグのカレッジで
WAF 47 2018年6月10日 アムステルダムで、日本との戦争で父を失い自らも抑留体験を持つ友人で、戦争体験の語り部の同僚と
WAF 46 2018年5月18日 ワッセナーにて、インドネシアに詳しいオランダの友人たちと
WAF 45 2018年4月26日 横浜の明治学院大学でカリフォルニアから来ていた米国人学生たちと
WAF 44 2018年4月24日 京都の立命館大学の平和学のクラスで、150人の大学一年生たちと
WAF 43 2018年4月23日 東京工業大学建築学部の古い友人の研究室で
WAF 42 2018年4月15日 東京、平和問題学習会にて
撮影:高岡 田淵 鎮子氏
WAF 41 2018年3月15日 ロッテルダム近郊の高校で
WAF 40 2018年1月17日 オランダ南部の高校で
WAF 39 2017年12月21日 ドードレヒトの高校で
WAF 38 2017年10月19日 アムステルダム、オランダ全国の学校へ第2次世界大戦以降の戦争体験談をする臨時講師を派遣する国立組織( Landelijk Steunpunt Gastsprekers WO II-Heden)のワークショップで、新しくコンパクトにしたプレゼンテーション
WAF 36+37 2017年10月16日 アムステルダムの小学校で
WAF 35 2016年11月13日 アムステルフェーンにて、オランダ在住の日本人のグループと
WAF 34 2016年8月9日 ハーグにて、母が元蘭領東インド出身の友人と
WAF 33 2015年12月15日 アムステルダムの小学校で
WAF 32 2015年12月9日 アムステルダムにて、祖母が元蘭領東インド出身の友人と
WAF 31 2015年12月9日 アムステルダムの小学校で
WAF 30 2015年9月19日 ドレンテのバンガローにて、5人の古くからの友人に
WAF 29 2015年9月6日 アムステルダムの友人のハウスウォーミングパーティにて、彼女の日本人の友人16人と
WAF 28 2015年6月26日 ハーグにて、新しい友人たちと
WAF 27 2014年12月27日 ロッテルダムにて、ベルギーの古い友人たちと
WAF 26 2013年10月5日 アムステルダムの教会にて、オランダで初めて一般公開した講演。WAF 22と23を開いてくれた荒川詠子さんと松田あゆみさんの演奏を2度挟んで
WAF 25 2013年9月17日 アムステルダムにて、福岡から視察に来た建築家の皆さんと
WAF 24 2013年9月3日 ハーグの平和宮にて、平和の為のシンポジウムで出会った友人に
WAF 23 2013年7月27日 アムステルダムにて、友人たちと
WAF 22 2013年5月19日 ハーレムにて、親しい友人たちと
WAF 21 2013年4月17日 ロッテルダムにて
WAF 20 2012年5月4日 東京にて、 韓国出身の新しい友人たちと
WAF 19 2012年5月1日 東京にて、友人たちと
WAF 18 2012年4月28日 東京にて、 平和教育地球キャンペーンの企画で
WAF 17 2012年4月26日 横浜の明治学院大学にて、平和学のクラスで10カ国からの留学生たちと
WAF 16 2012年4月24日 東京のオランダ大使館にて
WAF 15 2012年4月22日 釜石にて、釜石近郊の収容所でオランダ人捕虜が書き残した日記を元に、7年前に伝説のミュージカルを作った先生と
WAF 14 2012年4月19日 釜石にて、天神町仮設住宅団地ほかに住む老人達をサポートする人々と
WAF 13 2012年4月17日 仙台にて、伯母 (93才)と
WAF 12 2012年4月16日 京都の立命館大学にて、平和学のクラスで16カ国からの留学生たちと
WAF 11 2012年4月15日 京都の立命館大学にて友人たちと
WAF 10 2012年4月12日 水巻にて、Wimの旧親友の夫妻と
WAF 09 2012年4月12日 水巻にて、戦争中に亡くなった全てのオランダ兵の名の刻まれた石碑に携わる厚志の人々と
WAF 08 2012年4月12日 水巻の朳小の4年生の教室にて。ここには毎年旧蘭領東インドで日本との戦争を体験したオランダ人とその家族が訪れる。
WAF 07 2012年4月12日 水巻の南中 校長室にて
WAF 06 2012年4月11日 大阪と広島の間の新幹線の車中で、オーストラリア在住の中国人旅行者と。彼女は、戦時中シンガポールに住んでいた母から日本軍侵攻時の体験を聞いていた。
WAF 05 2012年4月2日 デルフトにて、古い親友たちと
WAF 04 2012年3月20日そして25日 スストトドードレヒトにて、古い親友たちと
WAF 03 2011年10月31日 アムステルダムにて、友人たちと
WAF 02 2011年9月23日 アムステルダムにて、友人たちと
WAF 01 2011年9月16日 ユトレヒトにて、友人たちと