私達の世界で持続できる平和を見つける為に,沈黙を破ろうという私達の目的には,特別の対話が必要だと考えます。そのためのアドバイスを三つ。
違う文化や世代の人の話に、注意深く辛抱強く耳を傾けること。 彼らは傷つきやすいかもしれない。
自分の心を使って、個人として感じること。
未来の為に歴史を学ぶこと。
(元)被害者や元兵士の人にとって,声を上げ自分の体験を話すには信じられないほどの勇気と努力が必要なことが多いのです。自分の傷を守るために 全部を話してくれるとは限らないし,かといってそれを掘り下げ過ぎて彼らの心の平安を乱す訳にもいかないのです。だから,全体像を掴むには,ドキュメタリーを見たり本を読んだり,あなたの心の創造力を使ったりして、他の方法で補う必要があるのです。そして被害者が元は憎き敵の若い世代の人を見ると,いくら彼らの先祖がしたからといって,ひどい話を彼らの顔に投げつけるのは躊躇するものです。それも人間らしさですが,同時に沈黙を助けることになるのです。だから,若い世代は自分でも勉強し,年老いた世代の敏感な心理状態を思いやる必要があるのです。
なぜこんな特別な対話が必要かって? 問題がどこにあるかについて考える必要があります。
二つのグループの利害が対立した時に,その間で諍いが始まります。そしてしばしば,自分の利益を相手の利益より優先することが,自分達にとって最もいいことだと考えてしまうことがよくあります。これは,相手の犠牲の上に自分達の目的を達成することを意味します。そして時々,戦い始めることになります。戦争です。
戦争に決着がつけば,勝者と敗者に別れますが、問題はそこで終わりません。敗者は面白くないから,復讐の道を探します。勝ち負けに関わらず,被害者は面白くないから,謝罪と賠償を求めます。結局,両側のこれら全ての問題は解決できずに,大きくなっていくばかりです。これの解決にかかる費用は,いつも戦争によって得られた費用を上回るのです。つまり戦争は問題を何一つ解決しないのです。
「いかなる問題も,その問題が作り出された良心のレベルからでは,解決できない。」アインスタイン。つまり,そもそもの利害の対立は,それが起こったよりも高いところから,より大きな視野から見ない限り,解決できないのです。
例えば,一つの家庭の中での利害の対立では,個人の利害だけでなく家庭の利害を考える必要があるのです。そうすれば,同じ問題をより大きな視野で見ることができて,解決できるのです。家族と家族の利害対立は,両家が住む通りや町の視野から見れば解決できるのです。都市と都市の利害対立は,両都市が属する国の利益を考えれば,解決できるのです。
つまり私達が扱っている国と国との間の利害対立やその結果起こった戦争の問題は,国よりも大きな視野に立たないと解決ができないのです。両国が属する地域や,人類全体の世界の利益を考える必要があるのです。
でもこれは容易ではありません。だから,異文化の人々との対話が必要なのです。そこで,相手の人々が何を考えたり感じたりするかについて,耳を傾ける必要があるのです。これはどちらが優れているかとか正しいかを争う競争でも裁判でもありません。どちらの文化にとっても利益になることは何かを捜す道なのです。
もう一つ重要な次元は時間です。時が経つのは速いですから,人々は忘れたり新しい世代は過去の戦争について学ぶことすらありません。だからこそ,沈黙は私にとって手強い敵なのです。だから,わたしたちの対話は,世代と世代の間も結びつける必要もあるのです。古い世代の体験が,新しい世代に引き継がれ,共有される必要があるのです。そうすることで,対話では昔のことを話しますが,狙いは未来なのです。無駄にする時間もほとんど残っていません。60年以上も前の戦争を体験した人々は既に高齢で,彼らから話を聞く為に残された時間はもう余りありません。戦争体験を世代を超えて共有しない限りは,持続可能な平和を見つけることは不可能で,また沈黙が勝つのです。
私達の特別な対話で,しないよう勧めることが三つあります。
禁則1,非難し過ぎたり、恨み言を言い過ぎるのは止めましょう。それが,相手の文化の人であろうと,同じ文化の人であろうとも。
他の人がしたことやしていることについて、何が悪い/悪かったのか確かめることはもちろん重要だし、非難することも正当であるかもしれません。でもただそれだけしていても,その相手は沈黙で答えるだけです。例えば戦争の被害者たちが,元敵国の政府を非難すればするほど,政府にとってはより反応することが難しくなり,沈黙を続けるさせることになることがよくあります。そう,また沈黙の為には都合がいいことですが,対話の為でも持続できる平和のためでもありません。
「闇は、闇で追い払うことはできない。 光だけがそれを可能にする。 憎しみは憎しみで追い払うことはできない。 愛だけが、それを可能にする。」マーティン・ルーサー・キング・ジュニア
暗い歴史の闇を扱うには,誰であろうと光が必要なのです。残虐の最中であってすら,被害者を助けるのは光であって,恨みや愚痴ではありません。「例えあなたが人生の中で最も暗い日々を送っていたとしても,暗い夜空に輝く星の輝きを見ることができます。あなたは例え囚われの身であったとしても,自由な人間であるという選択をできるのです。」これは、少女として抑留体験をして,慰安所に送られそうになったこともある筆者のオランダの伯母の言葉です。
禁則2、他の人任せにするのは止めましょう。
「悪が勝利するためには、善人が何もしないだけでよい」アイルランドの哲学者エドマンド・バーク
人任せにすることのリスクについて考えてみて下さい。どれだけ多くの人々がそうした結果,戦争に巻き込まれていったことか。普通の人が投票し,選挙で戦争を始めると決めたことは,筆者の知る限り人類史上ないのです。彼らはただ人任せにしたのです,そう彼らの指導者たちに任せ,戦争を止めはしなかったのです。そしてその結果、戦争で苦しむことになったのです。その轍を踏まずに,自ら行動しなければならないのです。
禁則3、誰であろうと強制しないこと,自分自身もね。
もしこれをしたら,持続することはできません。そうすれば,また沈黙の勝ちです。
だから筆者は沈黙と戦うミッションを始め、願わくば一生続けられたらと考えています。オランダの親友との対話を促すことは、このミッションの為の試みの手始めです。
ご精読ありがとうございました。