【弁護団配布資料】
平成25年6月2日
原子力損害賠償紛争解決センターの和解方針についてのご報告
―飯舘村長泥行政区集団申立事件・被曝慰謝料を認める―
原発被災者弁護団
第1 はじめに
平成25年5月24日、原子力損害賠償紛争解決センター(以下「センター」といいます。)は、飯舘村長泥行政区集団申立事件(以下「本件」といいます。)において、原発事故に伴う放射線被曝への恐怖や不安を理由とする精神的苦痛に対する賠償の和解方針(以下「本和解方針」といいます。)を示すに至りました。
本和解方針は、今後の原子力損害賠償実務に与える影響も大きいと考えられることから、ここにご報告する次第です。
第2 本件について
本件は福島県相馬郡飯舘村長泥行政区(以下「長泥地区」といいます。)に住む住民ら(約180名)によるセンターに対する集団申立案件であり、当弁護団では、平成24年7月13日にその第一陣の申立を行いました。請求した損害項目は多岐にわたりますが本和解方針に示された項目のうち主要なものは以下の3つといえます。
-1- 放射線被曝への恐怖や不安を理由とする精神的苦痛に対する賠償
-2- 家財に対する賠償
-3- 水道代及び光熱費の増加分に対する賠償
なお、本和解方針は、本件の一部の損害項目に関して、今後の個別具体的な和解に関してセンターが示す和解案の方針として、センターが明らかにしたものです。
第3 被曝慰謝料-1-について
1 長泥地区は、遅くとも原発事故の数日後から旧警戒区域と同程度の放射線量に晒されたことから、平成24年7月、帰還困難区域(5年を経過してもなお年間積算放射線量が20mSvを下回らないおそれのある現時点で年間積算線量が50mSvを超える区域)に指定され、現在に至っています。それにもかかわらず、同地区では、平23年4月22日に計画的避難区域に指定され同年5月末日までの避難が求められたほか、放射線に対する何らの注意も喚起されず、そのために、同地区の住民の多くは、原発事故から数か月間、後に帰還困難区域に指定される同地区において原発事故前とほぼ同じ生活を送ることを余儀なくされました。
私達は、本件の審理で、長泥地区が直面したこのような事実を正面から採り上げ、住民らが被っている放射線被曝への恐怖や不安を理由とする精神的苦痛に対する適正な賠償を求めてきたところです。
2 これに対し、本和解方針は、次のとおり述べ、申立人らのうち
i 平成23年3月15日以降の放射線量が高かった期間
ii 長泥地区に
iii 2日以上滞在した者に対し
iv 1人50万円(妊婦及び子供は100万円)
を一律に賠償することとしました。
「飯舘村長泥地区に結果的に留まることとなった申立人らは、旧警戒区域と同程度の放射線量であった同地区において、放射線に対する特別な防護措置も講じずに本件事故前とほぼ同じ生活をしていたのであるから、放射線被曝への現在及び将来にわたる恐怖や不安を感じるのは無理からぬことである。この恐怖や不安は、飯舘村長泥地区と同程度ないしより低い放射線量の地域の住民が本件事故から数日以内に低線量地域へ避難することができたことと対比すれば、他の避難等対象者一般と比べ量的にも質的にも異なるというべきである。」(以上本和解方針引用)
3 今まで東電や国は住民の被曝による健康不安に対する東電の法的責任について目をつぶって黙殺してきました。しかし本和解方針は、前記のとおり、長泥地区の直面した事実に正面から向き合い長泥地区に一定期間以上滞在した住民を対象に地域住民の被曝による健康不安に対して公の機関として初めて東電の賠償責任を認めたものです。長泥地区の集団申立の大きな柱の一つである被曝慰謝料を認めた今回の和解方針は社会的にも極めて重要な判断であり評価できるところです。
しかしながら、私達としては、本和解指針には以下の3点で今後に残された課題があるものと考えています。
i 3月15日より前に長泥地区に滞在した期間が考慮されないことについて合理的な根拠が示されていないこと
ii 2日以上の滞在という線引きについても合理的な根拠が示されていないこと
iii 1人50万円または100万円という金額が低きに失する嫌いがあること
そのため、引き続き、当弁護団としては、センターに対し以上の問題点を踏まえて対応することを、東京電力に対しては上記方針の趣旨を十分に尊重することを強く求めて参ります。
第4 家財-2-について
本和解方針は家財賠償基準について「原則として東京電力基準による」とし、「自宅建物の広さ、居住年数、世帯の収入額、高額家財の存在等の個別事情を考慮し、増額することがある」としています。
しかし、当弁護団は以下の3点について大きな問題があると考えており、平静25年5月28日に行われた本件の審理期日において説明を求めたところ集会委員からは「東電の基準が一般的に妥当だと言っているのではなく、東電基準を最低限のものとして個別の積み上げを行いたいと考えている」との説明がありましたが、申立人としては不合理な東電基準を上回る合理的な最低基準をセンターが何故提示できなかったのか家財に関するセンターの考え方は納得できるものとは言えません。
1 根拠が明らかにされなかった東電基準を最低基準に用いたこと
私達は、本件審理において、再三東京電力に対し家財に関する賠償基準の具体的な算定根拠や数値を明らかにするよう求めて来ました。
しかし、東京電力はその基準を定めるにあたり
(1)「保険会社の調査結果」を用いたこと
(2)「一定の減価償却」を行ったこと
(3)申立人ら被害者が家財を持ち出しているため、「持ち出し率」を用いて減額したこと
(4)迅速な賠償のため、世帯主年齢によらない「一律」の賠償基準としたこと
という考え方の大枠は示したものの、(1)「保険会社の調査結果」の具体的な内容も、(2)「一定の減価償却」の具体的数値も、(3)「持ち出し率」の具体的な数値も、(4)「一律」にした際の計算方法も、いずれも明らかにせず、センターも東京電力に対し強く明らかにするよう求めませんでした。
私達はこのように根拠も不明確な基準を基に家財の賠償基準を定めることは不適切であり、保険会社の用いる簡易評価表や損害保険料率算出機構の調査結果を基準とすることを再三訴えましたが、センターは東京電力基準を最低基準として用いることとしました。
このように、本和解方針は根拠が明らかとなっていないものについて被災者側から合理的な説明を行うよう再三求めているにもかかわらず、それを明らかにさせないまま「最低基準」とはいえ東電基準を用いてしまっています。
このように、センターの審理において、「持ち出し率」などの東電基準を根拠が明らかにされなかったことは大変遺憾です。
2 減価償却をするべきではないこと
東京電力は、減価償却を行うべきと主張しましたが、被災者は本件事故により新たに家財道具を買い揃えなければなりません。
そこで私達はいわゆる再調達価格(新たに購入する際にかかる)の賠償を求めておりました。
しかし、本和解方針は被災者の生活再建に十分なだけの賠償を求める声に耳を傾けず、東京電力の考えを最低基準としてしまいました。
本和解方針は被災者の生活再建の必要性という観点においても問題があるものです。
3 「持ち出し率」について
東京電力は、何らの根拠も示さずに家財を一定程度持ち出していたはずであり、私達の主張していた金額が高い、という主張を行いました。
これに対し、私達は、「持ち出し率」なる数値を明らかにするよう求めただけでなく、申立人らがほとんど家財を持ち出していないことを明らかにし、「持ち出し率」なる根拠を認めるべきではないと訴えました。
しかし、本和解方針は「持ち出し率」の是非については判断を示していないとしながらも「持ち出し率」を根拠に賠償額を減額している「東電の基準」を今後の和解手続きの最低基準としてしまっており、その判断の合理性には大いに疑義があります。今後の個別の和解に際してはほとんど持ち出しをしていない申立人らについては持ち出し率によって減額された金額が当然に東電基準の金額に加算されなければならないはずです。
第5 水道代及び光熱費の増加分-3-について
1 長泥地区では、原発事故前、井戸水等により引用を含む生活用水を確保していたため、上下水道は未整備で、当然、水道料金を支払うこともありませんでした。また、多くの家庭でガスの代わりに薪ボイラーを利用したり、暖房器具としてエアコンではなく石油ストーブを利用する等していたためガスや電気料金も定額に抑えられていました。しかし、長泥地区の住民は、避難先での生活によって水道代・光熱費の負担の増加を余儀なくされました。それにもかかわらず、東京電力からは、この負担の増加に対する賠償は一切行われていません。
実際、私達が最初に長泥地区の住民らの相談を受けた際、住民らの多くが、直接請求で水道代等の賠償がされない点の不満を口にし、本件が集団申立として提起される大きな契機となりました。当弁護団では避難先で新たに支出を余儀なくされた水道代の資料を可能な限り収集し、避難先での支出と対比し、その増加分を請求することとしました。
2 本和解方針は、このような当弁護団の主張をほぼ全面的に受け入れ、以下のとおり和解方針を示しました。
「水道代増加分
賠償額を1人あたり月額1500円とする。
ただし、領収証等により上記賠償額を超える増加分が証明できる場合は、増加分の実学全額を賠償する。(中略)
(理由)
飯舘村長泥地区は上下水道が整備されていなかったため、同地区の住民は井戸水等を利用していたが、本件事故による避難生活によって水道料金の支払を余儀なくされていることから、本件事故後の水道料金増加分が損害として認められる。」
「光熱費増加分
領収証等により増加分が証明できる場合は、増加分の実額全額を賠償する。」
(以上本件和解方針引用)
3 本和解方針は、中間指針等で示された避難に伴う慰謝料に含まれる「通常の生活費の増加費用」とは別個に水道代・光熱費の増加分を損害とする判断を示すものであり長泥地区の特性を考慮した当弁護団の主張をほぼ全面的に採用した画期的な判断であるものとして評価できるものです。
また、特に水道代については、住民間で資料の有無による差異を設けず、可能な限り収集した資料を基に算出した平均値を基準にして住民らに一律賠償を実現するものであり、請求書・領収証等の資料の収集が困難を極める避難生活の現状を踏まえ、証拠の補完という集団申立の利点を最大限に生かした良識ある判断といえると考えます。
当弁護団では、引き続き、他の案件でも同様に被災者に寄り添った良識ある判断が示されるよう努力するとともにj、東京電力に対しては、この方針の趣旨を踏まえ、適切な賠償に応じるよう強く求める次第です。
以上