投稿日: Jun 27, 2013 6:16:41 AM
初夏、薄い水色の空高く、飛行機雲が細く白い筋を引いていく。
つばの広い麦わらを手で押さえ瑞島芽郁は、飛行機の姿は見えないかと、歩道の上で立ち止まり空を見上げる。
空を引き裂いていくナイフが、一瞬キラリと輝くがその形を捉えることはできなかった。
陽射しは、それほど強くなく、かすかに汗ばむ肌を風が優しく撫でていく。
「うふふ、夏休みっ♡」
今日、大学の講座から解放された芽郁は、くるりと回ってみる。
セミロングの黒髪がばらけ、白い薄手のワンピースの裾が、広がるが気にしない。
持っていたカバンに振り回されて、細い身体が危うくバランスを崩し、メガネがずれる。
「てへ、調子に乗りすぎ」 芽郁は裾がめくれていないか、チエックする。
「OK、大丈夫」
坂を登りきったこの場所は、左手は崖で海がきらめくだけ、左手は薔薇の生垣に覆われた洋館があるだけだ。
洋館は丘の上にぽつんと建っていて、生垣が終わると下り坂になる。
時折、車とすれ違うだけで午後のこの時間すれ違う人はいない。
日頃通学に使っているが、洋館には人は住んでいる気配がなかった。
ただ、一箇所だけ空いた生垣の隙間から覗くと、きちんと芝の手入れがされていて、管理されているのがわかる。
ここだけ、違う国、エメラルドグリーンの芝が陽射しを浴びて、芽郁の目を虜にする。
「レイラ、とってこい」
姿は見えないが、低いのによく響く男性の声がすぐそばで聞こえた。
えっ (誰か、いる!!)
男のひとと遊ぶ犬、こんな素敵な洋館に住んでる人って・・・?
好奇心と気配を悟られたくないという気持ちが、芽郁の影を歩道に縫い付けた。
目の前の芝生を白い犬が、見えないボールに向かって駆けていく・・・・
いぬ・・・・?????
目に映ったものをなんだか認識する前に 視界が黒い壁でふさがれる。
「やぁ、お嬢さん、こんにちわ」壁が下に動き、日に焼けた男性の顔が目の前に現れた。
間近すぎて、硬直(カチーン)
「近所の子?いつもここ、通ってるよね。○○大学?」
男性は、世間で言うイケメンとは違うが、笑顔は素敵だ。
黒いタンクトップから伸びる腕がたくましい。そして、その先の手が、カバンの大学のロゴを指差している。
「最近、戻ってきたんだけど、友人がいなくて妻が寂しがってるんだ。よかったら、明日遊びにおいで。お茶を用意しておくから」
耳がこそばゆい。上半身が震えて、身体で声を聞いているみたい。動けないww
「覗き見の罪は、免じてあげるから、約束だよ」
すごく優しそうな目、吸い込まれそう・・・許してもらえるの?
きゃっ
歩道に木陰をつくる街路樹がざわつき、海から上がってきた風が芽郁の麦わらを持っていこうとする。
呪縛が溶けたように麦わらを手で抑えた芽郁の目の前から、男の顔が消えていた。
約束だよ
断る間がなかった。
ささやきになった約束という声が、さざ波のように頭の中を寄せて返している。
もっと、聞いていたかった。素直にそう思う。
約束しちゃったのかな・・・?
芽郁は、約束という言葉に囚われる。
最近も大切な約束をしたばかり・・・。
約束を破るとその約束も無効になる気がした。
覗き見したのは事実だし、明日、謝りに来よう
目の前には、誇らしげに午後の太陽を跳ね返す芝しか見えない。
犬もいない。
一瞬、幻覚、幻聴かと、思ったが、男の笑い声が遠ざかっていくのが聞こえた。
犬とじゃれてるww
悪いひとじゃやない
・・・そう、きっと
似てる・・・気がする
垣根から離れると、じわっと汗ばんでいるのに気づいた。
風が気持ちいい。
薔薇の香りが染み付いたみたいに身体から香ってくる。
いい香り
そんなに長く居なかったよね
いい香り
芽郁は大切なことを忘れているような気がした。
んと・・・なんだっけ?
ああ、そう、犬だ・・・
白い短毛種の大型犬・・・
なんていう種類だろう
足が長くて、しなやかで・・・
おんなの人に見えた・・・
・・・裸のおんなのひと????
それはないわ!!
芽郁は、メガネを外すと、青空に透かしてみる。
ぼんやりと広がった飛行機雲が、消えていく。
夏休み、楽しまなきゃ♫
楽しいことはあっという間に消えちゃうんだから
明日から、素敵な夏休みになりそう
第1章 終わり