投稿日: Aug 03, 2013 5:41:34 PM
キネコが目を醒ますとマイルが首に抱きついて横で眠っていた。安らかな寝息を立てているマイルの腕をそっと外すと起き上がる。ピクっとマイルが動くが、目を覚まさない。顔を覗き込むと少し微笑んでいるように見えた。安心してよく寝ているようだ。
この子は、どれだけ、外にいたんだろうか?
見た目より、随分軽いという事は、マイルを構成する物質がかなり減っているということだった。
ここまで修復素を失うなんて、何が彼女に起きたのだろう?
キネコは久しぶりに他人に関心を示す自分に少し驚いた。そういう気持ちは失われたと思っていたからだ。
部屋の明かりは、鋭い朝陽から、柔らかな光に移行していった。
台所に立ち、朝食の用意をした。いつものメニューボタン①トースト、ベーコンエッグ、コーヒー。ボタンを押すだけで、食器ごと製造された。
さて、マイルの分だが・・とキネコは食料庫から昨夜マイルが食べたエネルギー素を選び出すと少し素材に手を加える。エネルギー成分だけを抽出して、その味をマイルの好みに変えた。
キネコは素材を加工する仕事をやっているので、抽出自体は両手の能力で出来るのだが、エネルギー素自体の構成を変え、味の成分を加えるという芸当は、会社には知られていなかった。誰にも知られることはできなかった。それはモノの本質を変える禁忌の能力、ウルヘンの能力だったからだ。ウルヘン自体、遠い昔の戦争で全て滅ぼされた種族であり、キネコはこの世界にたったひとり、潜んでいた。もし、誰かがそれを知って、マイルを近寄らせてきたのなら、それはキネコにとって解決しなければならない大きな問題だった。
昨夜、一晩かけて検索した結果、マイルは、労働系の燃料系のエネルギー素は吸収できるが、検索から労働系の素材形成系、特に修復素は身体に合わないこと分かった。このままだとマイルの傷がいつまでも癒えない、どうにかして、マイルのためにキネコは、純正品か代替品を手に入れるしかなかった。修復素を自分で作れればいいのだが、それは創造主が世界を支配するために独占している力だった。修復素がなければ、傷も癒えず、壊れていくしかなかった。
キネコは少し足元がふらついた。検索くらいで休養が取れないということは今までなかった。原因を考えるとひとつしかなかった。分解されずに拡散したマイルの血を取り入れたことだけが、今までの行動と異なっていた。キネコの体中を巡るマイルの血には何か秘密がありそうだった。
愛玩系というだけでも、このあたり創造主のいない世界では珍しいのだがと、キネコが視線を送ると、マイルは抱きつくものを失い丸くなっていた。
マイルが何を食べれるか?
マイルの肩が呼吸に合わせて小さく動いていた。それを見るといろいろな疑念が頭から消え去った。
キネコはマイルが、味覚を感じているから、素材から、甘いフルーツ系にすることにした。極力、燃料系だけを抽出したため、戻すことはないだろう。メニューブックのお奨めから、選んだ朝食が出来上がった。チョコレートパフェというものらしかった。
ガラスの器に乗ったそれが調理器から出てくると、この部屋に初めての甘い香りが広がった。
「・・・にゃう?」その香りに誘われたのか、マイルはぱっちりと目を開くと、テーブルの上のものを見つけた。
「ごはん!!!」 目にも止まらぬスピードで、マイルがテーブルに取り付いた。目がうるうるして、涎がたれそうだ。
「座って、マイル。君のご飯だよ。」マイルはちょこんと椅子に座るとスプーン握った。
「美味しい?」
「うん」マイルは、とびきりの微笑みで返した。
キネコは仕事に行くため、ドアを開くとベッドの上にちんまり座っていたマイルが飛びかかってきた。正確に言うと抱きついてきた。
「お仕事にいくから」
「お仕事?」
「うん、おとなしく待っておいで」
「・・・うん」愛玩系は基本的にぼっちになれないよう作られていた。
「必ず帰ってくるからね。」
「怖いの」
「誰も来ないから・・・僕以外」
「・・・うん」マイルは、ギューと抱きついてきた。キネコが、抱き返してやると安心したのか離れた。ぺたりと座り込んだマイルの頭をポンポンと軽く叩くとキネコは部屋を後にした。
② 終わり