投稿日: Jul 21, 2013 9:9:26 AM
済まないね、うちの者が粗相をして
座って
香の匂いが顔にまとわりついている気がする。
見えないベールをかぶっているようだ。
言われるままにスノウさんが引いた席に着く。
そこは対面ではなく海の方を向いた半円状の真ん中になる。
新しい茶器に新しいお茶をスノウさんの説明を受けながら、いただく。
白く広い薄手の茶器は蛍彫りでデザイン化された植物の柄、冷えたミントティーに香辛料が加えられている。
一番目立つ小さなバラ園は、ピンクに、白、赤、青、黄色のバラの花を見立てた、サクサクした歯ごたえのランドクシャークッキー。
中にバラの香料を入れた素敵な味。その花びらをまとめる額のチョコも、色も味も、それぞれ違う。
濃厚な味のクリームチーズスフレは、半分凍った状態で、口の中で味がふわっと広がっていく。
チョコレートでコーティングされたお菓子の中身はお酒に漬け込んだ干した無花果、美味しい。
いつの間にか奥様がそばに立ち私の顔を覗き込む。
貴男、この子は、メリーにとっても似てゐるわ
顎を取られ顔を奥様の顔と正対させられる。
意外と力が強い奥様。
唇奪われるかと思う位に顔が近い。
メガネを外される。
うふふ、こんなに似てゐるなんて
唇の色が少し、薄ゐわ
血が足りなゐのね・・・スノウ
奥様の指が私の唇をなぞっていく。
口紅を引いてくださっている。
その指は弄ぶように、嬲るように唇の上から離れない。
やがて、わずかに開いた私の口から、荒い息が漏れる。
ようやく見つけられた。
場所も時間も判っていても、交わる事は難しい。
この子は寄せては返す波間に打ち上げられた人魚姫だよ。
ご主人さまも、いつの間にか横に立ち、覗き込んでいる。
立ち上がって見せて、メリー
ルージュを塗り終わった奥様の横に私は立ち上がる。
言われるままに・・・あれ?
仕立てたみたいね、よく似合ってるわ
本当に生まれ変わったみたい
・・・胸だけ少し補正しましょう
軽く奥様の手が私の乳房を支えるように持ち上げる。
ほんとうにそっくり
メリー、あなたが帰ってきたわ
奥様はいきなり私の唇を奪うと私をきつく抱きしめた。
うふふ、これで、紅の色が落ち着いた
といいつつ、抱きついたまま、離れてくれはしない。
妻の相手として、毎日来てくれないか
こんなに喜んでる妻を見るのは久しぶりだ
はい・・・
えっ、私・・・。
いや、ここで働かないか?
うちは、スノウの他、大勢行儀見習いとして預かっている
夏休みの間、滞在してほしい
はい、喜んで・・・
えっ、えっ、私、なにいってるの??
事前の許可もなしにバイトなんてできないのに
来てもらって、良かった
さっそく、ご家族に許可をいただこう
えっえっ////
夕方、私は大きな車で、お菓子の残りとアイロンのかかった自前の服、それに素敵な茶器をお土産に送っていただいた。
正装のご主人様と奥様に、母と妹は魅了されたみたいに、上の空で、母はひとつ返事で、私の滞在を許可した。
しかも、大学の短期就業許可証が郵便で届いており、断る理由もなかった。
茶器は、ヌーボーじゃないかと帰宅した父が騒いでいた。
誰も、私が夏休みいなくなることに異論を挟まない。
私も・・・課題と必要なものだけを鞄に詰めていく。
衣類さえ、必要ないと明日の服は、この素敵な服。
いつの間に眠ったのだろう・・・。
昨日の服のまま、ベッドの中の私。
開きっぱなしのカーテンから、朝陽が低く差し込む。
それが、合図のように、家の前に車の止まる音。
私は鞄を片手に立ち上がると、眠る家族に別れも告げず、扉を開いた。
朝日に目が眩み頭の中で光の洪水が溢れる。
開いた扉のの向こうにどんな世界が広がっているのか?
わからない・・・けれどすごく期待に胸をふくらませている私。
新しい世界・・・懐かしい所?
私は一歩足を踏み出した。
そして、呪文のように言葉が、口から漏れて、はじけて、消えた。
・・サヨウナラ
第7章 終わり