マダラコブクモヒメバチの産卵行動

Takasuka K, Matsumoto R & Ohbayashi N (2009) Oviposition behaviour of Zatypota albicoxa (Hymenoptera, Ichneumonidae), an ectoparasitoid of Achaearanea tepidariorum (Araneae, Theridiidae). Enotomological Science 12 232-237.

クモヒメバチ類の寄主特異性は極めて高いですが,グループ全体としては実に多様なクモを利用します.Gauld & Dubois (2006)によると,アシナガグモやコガネグモ,ゴミグモ,ヒメグモ,サラグモからハグモやフクログモ,ハエトリグモまで利用されていることを示唆しています.

本研究で着目したZatypota albicoxaは,日本ではオオヒメグモ Parasteatoda (=Achaearanea) tepidariorum,ヨーロッパでは同属のParasteatoda lunataを利用し,クモヒメバチの中では例外的に一種が複数種のクモを利用する広域分布種ですが,これらクモは非常に近縁な種と言えるでしょう.

このオオヒメグモを始め,ヒメグモ科のクモは立体的な不規則網を張ることで知られます.特にオオヒメグモの網はたくさんの縦糸で構成され,軒下や神社などで極めて普通に見られる家グモです(図1).この縦糸の末端には粘球が施されており,網の下を通るアリなどが粘球に触れると,クモはクレーン式に縦糸を吊り上げることで捕食します.また中心に位置するクモの周囲は粘着性のない枠糸でできており,縦糸の中にも屋台骨として枠糸がわずかに混じっています.

図1 縦糸と枠糸で構成されるオオヒメグモの不規則網 (新海栄一著、ネイチャーガイド 日本のクモ、文一総合出版2006年より)

このように,外側から直接触れることのできないオオヒメグモをホストとして利用するには,この不規則網を攻略し,捕食されることなくクモを麻酔し産卵しなければなりません.その産卵行動を解明するために,我々は野外での観察と飼育下での実験系確立を試みました.

初めて産卵行動の全容が明らかになったのは2006年10月,野外でのことでした.

調査地の一つに選定していた松山市内のとある神社の本殿の周りを囲う屋根つきの塀(瑞垣という)の屋根の下部に,いくつもオオヒメグモの網が張られていた中の一つにマダラコブクモヒメバチのメス成虫一頭が仰向けた状態で縦糸(粘球よりは上の部位)にぶら下がっている様子が発見されました.ハチは脚をたまに動かす以外に飛んだりもがいたりすることはなく,一方,主のクモもしばらく何も動く様子はありませんでした.

30分近いこう着状態の後,クモが縦糸にぶら下がるハチの存在に気づき,捕食しようとその縦糸を吊り上げ始めます.ハチがクモに受動的に近づき接触する刹那,ハチは今まで動かなかったのが嘘のようにクモに襲い掛かり,麻酔に成功しました(図2).

ハチが縦糸にぶら下がっていたのは,捕食用の縦糸を利用して餌を装うことでクモに吊り上げられるのを待っていたのです.ぶら下がっている間に脚を動かしていたのはクモに餌がかかったことを知らせていたのかもしれません.本論文では,この方法を待ち伏せ型(ambush style)として定義し,動画と共に報告しました.

図2 オオヒメグモの麻酔に成功したマダラコブクモヒメバチ♀

待ち伏せ型が明らかになった一方で,対照的に不規則網に散在する不粘着の枠糸を見つけ出し,それを登ることで不規則網の内側にいるオオヒメグモに到達し攻撃を仕掛けるというパターンも野外で明らかにされました(図3).この攻撃方法は登り型(climbing style)と定義しました.

図3 枠糸を登るマダラコブクモヒメバチ♀

このように一瞬しか起こらない産卵行動を野外で観察記録できたことは非常に幸運でした.しかし,同時に我々はマダラコブクモヒメバチを飼育下でオオヒメグモに産卵させる実験系を確立することにも成功しました.

この実験系により上記の産卵行動に加え,ハチが不規則網のクモが定位する近くの枠糸にとまり,ハチから近づいてくるか自分の間合いに入ってくるのを待つことで,産卵を可能にしていることがわかりました.ただしこの行動は,最初に見られた待ち伏せ型のバリエーションの一つとして定義しました.

室内での産卵行動の様子はこちらこちら

以上のようにマダラコブクモヒメバチは不規則網を攻略するためにいくつかの可塑的な攻撃パターンを有することが明らかとなりました.ただしパターンの選択が何の要素によって決定されているのかは今のところわかっていません.しかし,全パターンに共通して言えることとして,不規則網に触れた時点からは一切飛翔を用いないということです.不規則網の中でむやみに飛び回ることは,捕食されてしまう危険性があるからです.

捕食者をホストとするために,このようにリスクも時間も工夫もかけてクモを仕留めるという大仕事を果たしたわけですが,麻酔後すぐに産卵するわけではありません.クモを一時的に眠らせた後,ハチはクモの腹部を前脚と中脚でしっかりと捉え,後脚で網を掴み,自身の腹部末端と産卵管をしきりにクモの腹部にこすりつける行動を始めます.この行動は必ず10分前後行われ,その後にクモ体表に一卵を産下します.

この行動の意義をさぐるため,野外でハチに寄生されたクモをサンプリングし,クモの体長を測った後,ハチが羽化するまで飼育しました.羽化したハチはその雌雄と前翅長を測定しました.その結果,クモの体長とハチの前翅長の間には有意な相関が得られ,クモが大きければメスのハチが,クモが小さければオスのハチが羽化するという傾向も認められました(図4).なお,メスバチだけ,オスバチだけでも有意な相関が得られました.

図4 クモの体長とハチの前翅長・性の関係

相関関係だけでなく,実際に体サイズの違いを,メスが羽化したクモ vs オスが羽化したクモ,メスの前翅長 vs オスの前翅長で比較してみました.その結果,それぞれの平均値の間には有意差が得られました(図5).

図5 体サイズ比較 :メスが羽化したクモ vs オスが羽化したクモ :メスの前翅長 vs オスの前翅長

これら数字のデータから,ハチは麻酔後産卵までのこすりつけ行動の間に何らかの基準からクモの体サイズを測り,産卵する卵の性を決定していることが客観的に示唆されました.

Referee's comments

The paper is of particular interest because it is apparently the first detailed description of the oviposition behavior of a polysphinctine whose hosts weave irregular, three-dimensional webs. 

This is a highly interesting research topic and information is very scarce and fragmentary. The information provided in this ms is valuable because add a new piece of information on the behavior of wasps and their hosts, which is necessary to understand the evolution of such a complex behavior.

Acknowledgement

We express our cordial thanks to Tatsuo Sweda  (Ehime University) and Gavin Broad (Natural History  Museum, London) for their critical reading of the manuscript, and Masahiro  Sakai (Ehime University) for his continuous  guidance and useful advice to the first author.

Reference

Gauld, I. D. & Dubois, J. (2006) Phylogeny of the Polysphincta group of genera (Hymenoptera: Ichneumonidae; Pimplinae), a taxonomic revision of spider ectoparasitoids. Systematic Entomology 31 529–564.

Note

本論文は,日本昆虫学会2010年度学会賞を受賞しました.

本論文は,Entomological Science Virtual Issue, Apr 2010 "Evolutionary Biology of Parasitoid Wasps" edited by John La Salle, CSIRO Entomology, Canberra, Australia の記事に選ばれました.

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