クモヒメバチについて

分類学的情報

 クモヒメバチとはハチ目ヒメバチ科に属する1属群(genus group)のことを指し,正式にはthe Polysphincta group of generaまたはthe Polysphincta genus-groupと言い,口語的や形容詞的に使いたい場合はpolysphinctineを使います(先頭小文字・非斜体).かつてはヒラタヒメバチ亜科内の1族,Polyshinctiniとして独立に扱われていましたが,Wahl & Gauld (1998)がEphialtini内の属群に格下げしました.族時代のタイプ属を使って現在の名前になっています.今日クモヒメバチ属群は25属から成っており,全世界から258種が記載されていますが (Yu et al. 2016),寄主であるクモの種数(2019年現在>48,200種,World Spider Catalog)を勘案すれば何倍もの未記載種が残っていると考えられます.

生態学的情報

 クモヒメバチはその名の通りクモに寄生するヒメバチで,クモ一頭につき幼虫一個体が外部寄生し,寄生する間クモは生きていて通常の生活を続けますし,成長もします(右写真)(寄生蜂が寄生する間,寄主が生きている場合を専門用語でコイノバイオント koinobiont(KOB)と言います.逆に殺したり動きを止めることはイディオバイオント idiobiont(IDB).).

 クモヒメバチ類は2023年現在25属294種が知られ,グループ全体で今のところ10科ものクモを利用することがわかっています;タナグモ科Agelenidae,ハエトリグモ科Salticidae (Messua .sp),フクログモ科Clubionidae,ツチフクログモ科Cheiracanthiidae (Cheiracanthium erraticum),ガケジグモ科Titanoecidae (Titanoeca quadriguttata),ハグモ科Dictynidae,アシナガグモ科Tetragnathidae,コガネグモ科Araneidae,ヒメグモ科Theridiidae,サラグモ科Linyphiidae(Iania pictifronsによるワシグモ科Gnaphosidae (Drassodes lapidosus)への寄生は,Fitton et al. (1987)から誤同定の可能性を指摘されています)(Takasuka & Broad 2024).その一方で寄主特異性は極めて高く,すなわち一つの種が一つの種類のクモにしか寄生しないという傾向があります.さらに面白いことにハチの側の近縁な種は,それぞれが非常に近縁なクモを利用する傾向もあります.たとえば日本産Zatypota属は,2010年に未記載種9種を含め12種が認められましたが(Matsumoto & Takasuka 2010),うち寄主クモの判明した10種は,すべてヒメグモ上科(ヒメグモ科9種・サラグモ科1種)を寄主とし,しかもいずれも異なるクモ種を利用することがわかりました.右写真は,コケヒメグモに寄生するZ. dendrobiaです.

 ところが,クモヒメバチ属群の全体の系統とそれぞれが利用するクモ種の系統は必ずしも一致しません.さらに近縁のハチが系統の全く異なるクモを利用する場合も散見されますが,この場合,両系統のクモの網の形が近似しています.これらのことは,クモの種分化が先に生じ,その後でクモヒメバチが後を追うように,利用するクモ種の網の形に応じて種分化を始めたことを示唆します.なぜならハチのクモへの産卵時に,産卵メスの行動は寄主の網の形に極めて密接に関わるからです.つまりクモヒメバチの種分化や適応放散に,クモの網への適応が一つのカギになっていると言えるでしょう.

 それにしても捕食者であり天敵ともなりうるクモ類にクモヒメバチはどのように産卵するのでしょうか?それは観察以外に知り得る方法はありません.幼虫もまた不思議です.クモは生きていて脱皮もするのにどうして体表についていられるのでしょうか?親バチが何かしてくれるのか,それとも自分で何とかしているのか?

 このようにクモを利用するには乗り越えなければならない障壁がたくさんあるにも拘わらず,事実クモヒメバチは寄生を成立させています.爆発的種分化を果たした寄生蜂類の中で,クモを寄主として外部寄生し,なおかつ寄生する間寄主を生かした習性(KOB)を持つのは,クモバチ科(旧ベッコウバチ科;寄生蜂ではなく有剣類)のごく一部とクモヒメバチ類しか見つかっていません.この極めて特異な寄生者-寄主間の相互作用を軸として,さまざまな研究を進めています.


引用文献

Fitton M.G., Shaw M.R. & Austin A.D. (1987) The Hymenoptera associated with spiders in Europe. Zoological Journal of the Linnean Society 90 65-93.

Matsumoto, R. & Takasuka, K. (2010) A revision of the genus Zatypota Förster of Japan, with descriptions of nine new species and notes on their hosts (Hymenoptera: Ichneumonidae: Pimplinae). Zootaxa 2522 1-43.

Takasuka, K. & Broad, G.R. (2024) A bionomic overview of spider parasitoids and pseudo-parasitoids of the ichneumonid wasp subfamily Pimplinae. Contributions to Zoology 93 1-106.

Wahl, D & Gauld, I. D. (1998) The cladistics  and higher classification of the Pimpliforms (Hymenoptera: Ichneumonidae). Systematic Entomology 23 265-298.

World Spider Catalog (2019) World Spider Catalog, version 20.5. Natural History Museum Bern, Online at http://www.wsc.nmbe.ch/ [Accessed on 30 September 2019].

Yu D.S., van Achterberg K. & Horstmann K. (2016) Taxapad 2016, World Ichneumonoidea 2015. Database on flash-drive. Database on flash-drive (http://www.taxapad.com). Ottawa, Ontario, Canada.