マダラコブクモヒメバチの巧妙な産卵戦術 ―仰向け方式―

Takasuka K & Matsumoto R (2011) Lying on the dorsum: unique host-attacking behaviour of Zatypota albicoxa (Hymenoptera, Ichneumonidae). Journal of Ethology 29 203-207.

マダラコブクモヒメバチ Zatypota albicoxaがオオヒメグモ Parasteatoda tepidariorumの張る複雑な立体網に適応した産卵行動を進化させていることはTakasuka et al. (2009)で明らかとなりました.それによると,産卵メスが捕食用の縦糸の一本にぶら下がりクモに吊り上げるのを待つか,網の中間の高さにとまりクモから接近してくるのを待つという“待ち伏せ型”と,網の張っている壁面を歩き粘着性のない枠糸を探し出し,自分で登って内側のクモに攻撃を仕掛ける“登り型”という二種類の接触方法がありました.

本研究では,室内での産卵実験を繰り返し,これら二つの方法とはまた違う極めてユニークな戦術(仰向け方式)を明らかにしました.

水槽内に,ドーナッツ状に切り取った段ボールと割り箸でできた自家製四脚を設置し,オオヒメグモに典型的な不規則立体網を張らせます.その結果,地面に向かって無数の縦糸が張り巡らされ,クモはボール紙の真下に位置するような状況を作り出すことができます.次に,野外で採集された複数の産卵メスバチを一個体ずつ水槽内にいれ,その様子を動画および静止画で観察記録しました.

大方の産卵メスは,網の中間の高さにとまり,クモからの接近を誘導しアタックに至りました.しかし,ある個体は極めて変わった行動を示しました.

彼女は他の個体と違って,水槽内をむやみに飛び回ることはせず,水槽の底を歩き回ります.縦糸が林立する網の真下を歩く時は,触角を真横に広げ,慎重に慎重に進み,ことある度に方向転換をし,縦糸が触覚に触れた瞬間,触角を素早く後方へ引きます(図1a).そのうち自分の気に入った(?)縦糸を見つけると,前脚でその粘球に直接触れ,糸を引っ張りながら後退して静止します(一連の行動の動画はこちら).粘球を触ったまま静止する様子は図1b.

この後,前脚で縦糸を掴んだまま22分間も静止を続け,クモからの接近を待ちました(この時は近づいてきたクモに逃げられアタックは失敗).

何度か同様の行動を繰り返した後,この個体はさらにおかしな行動を見せました.縦糸の一本を掴んだまま体を回転させ仰向けになり,もがくように前脚と中脚で縦糸を引っ張り始めました(図1c,動画はこちら).またある時は,二足動物のように後脚で地面に立った状態で前中脚で縦糸にもたれかかり,たまにくるりと体勢を変えるような行動も見られました(図1d,動画はこちら).我々はこれらの行動をReclining style (仰向け方式)と名づけました.これらは,まるでオオヒメグモの大好物であるアリやワラジムシが網に捕えられる様子とそっくりです.

この後,10分ほど縦糸に寄りかかった状態が続き,気づいたクモがその縦糸を伝って降りてきます.餌と思い込んでいるクモはハチの1cm上からハチに向かって粘球を投げつけますが,ハチはクモのその体勢を利用し,飛び掛って麻酔します(図1e,動画はこちら).ここからわかるように,網の下を歩き回ったり,粘球を直接触ったり,地面に仰向けるといったこれらの行動は,このハチがクモをしとめるための戦術だったのです.

図1 仰向け方式の一連の行動.a 網の下を歩き回る.b 粘球を触ったまま静止.

c 縦糸を掴んだまま仰向ける.d 縦糸に寄りかかる.e 捕食を試みるクモ.

産卵行動の初期段階のわかっている他のクモヒメバチ類をみても,寄主クモの網の粘球部分,すなわち捕虫に特化した部位には触らないようにクモを麻酔する行動を見せています.マダラコブクモヒメバチも,Takasuka et al. (2009)では,粘球のある縦糸末端部に触れた個体は一切見られていません.ところが,本研究で見られたこの個体は,明らかに粘球を直に触り,クモをおびき寄せていました.粘球に直接触れることの利点に関しては,今のところ何なのかはっきりとしませんが,このことはマダラコブクモヒメバチという種が粘球を手玉に取るような形態的あるいは行動的適応を果たしている可能性を示唆します.

Takasuka et al. (2009)と本研究で,マダラコブクモヒメバチの産卵行動のパターンが合わせて4つあることがわかりました.それらをまとめると図2のようになります.一つの網型に対し,マダラコブクモヒメバチはどうしてこんなにたくさんの行動様式を発達させたのでしょうか?

オオヒメグモは,同種であっても図2にのような垂直方向の縦糸を張り巡らせるタイプのほか,並立する石塔の間に水平方向の縦糸を張ったり,壁二枚と天井の交わる角から様々な方向に縦糸を張ったりします.このような網型の可塑性に追随するかたちで,ハチの方もこのようにさまざまな戦術を獲得したと考えられます.

図2 マダラコブクモヒメバチの産卵行動様式の概略図.a 縦糸の一本にぶら下がる.b 網の中間部にとまる.c 粘球に触れたまま仰向けでもがく.d 枠糸を脚で登る.

Referee's comments

This manuscript is basically a good piece of work.

The host-enticing behavior of the wasp while avoiding being entrapped by the web and captured by the predatory animal, is really interesting.

Acknowledgement

We would like to express our cordial thanks to Gavin Broad (Natural History Museum, London) for his critical reading of the manuscript. We are also grateful to Hajime Yoshida (Yamagata Prefecture Museum) for providing useful information on references.

Reference

Takasuka K, Matsumoto R & Ohbayashi N (2009) Oviposition behaviour of Zatypota albicoxa (Hymenoptera, Ichneumonidae), an ectoparasitoid of Achaearanea tepidariorum (Araneae, Theridiidae). Enotomological Science 12 232-237.

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Takasuka K & Matsumoto R. Oviposition behaviour and infanticide by Zatypota albicoxa (Hymenoptera, Ichneumonidae), an ectoparasitoid of a theridiid house spider. Seventh International Congress of Hymenopterists. Köszeg Hungary (20-26 Jun 2010).

高須賀圭三.クモヒメバチがクモを利用するための様々な適応.日本蜘蛛学会第41回大会 シンポジウム『クモヒメバチの世界』(招待講演).宮城学院女子大学(2009年8月21-22日).