クモヒメバチによる操作からのクモの回復:微調節された操作メカニズムの暗示

Eberhard, W. G. (2010) Recovery of spiders from the effects of parasitic wasps: implications for fine-tuned mechanisms of manipulation. Animal Behaviour 79 375-383.

※紫字は私の意見です。

Introduction

寄生性生物の中には自身の生殖を有利にするように寄主の行動を操作するものがおり、そのメカニズムとして寄主の神経系に作用している例がいくつか知られているが、寄主の特定の行動のみに影響を及ぼすメカニズムについてははっきりと示されていない。

クモヒメバチの幼虫は、蛹化直前に寄主クモの網の構造を頑丈に変形させ、蛹期の間、天敵や風雨に耐えさせる。一旦操作が始まると、クモは通常の行動に戻れず、生殖もできない。クモの行動変化が生じた頃、クモは生殖もせず死ぬので、これらの行動変化というのはクモではなくハチの方に選択がかかって進化したものである。

ハチによって引き出される行動変化は、円網を張る行動の機構を理解する手助けにもなる。なぜなら、幼虫がクモの持つ行動の一部のみを特異的に引き出すのであれば、互いに密接に関係するRadius(円網の半径に渡された枠糸)の長さや網の範囲、Hub loop・Radius・横糸の数といった円網の建設サブセットの独立性を検証することができるからである。

とは言え、ハチの幼虫がどういったメカニズムでクモの行動操作を行なっているかというのは、幼虫が物質をクモに打ち込んで引き起こしているということ以外わかっていない。この論文では、造円網性のAllocyclosa bifrca(ゴミグモ属Cyclosaの近縁属)に寄生するPolysphincta gutfreundiの操作網について調べた。行動操作のメカニズムを解く手がかりは、一時的な行動パターンの変化(健常網の?)、および様々なタイプの操作された行動の比較によってもたらされる。

Methods

寄生されたクモ(すべて成体メス)は、網ごと垂直に立てたワイヤー枠に移設し、観察した。幼虫に操作されるクモの行動過程と幼虫を取り外すことによって回復する過程の定量的値は、寄生されたクモが張る網を毎日観察することで計測した(撮影はせず)。その変数は、操作によって特に変化しやすく簡単に定量化できるパラメーターを用いた;Radiusの平均長(円網の中心から外枠糸に到達するまでの長さ、Fig1a 太線)、V字状になる二重のRadiusの数(Fig 2c, d)、横糸の最大数、隠れ帯(Silk Stabilimentum)の有無(Fig 1c)。

他の網はコーンスターチでコートして撮影した。コーティングされた被寄生クモの網は引っ張ったり揺らすことでコーンスターチを落とし、クモが再利用できるようにした。撮影による追加データは、勘定可能なHub loop(中央部の非捕虫用の横糸、Fig 1b, 2d)の下方と左右側の数の平均、およびHub loopから始まるRadius(Radius Origin)の数(Fig 1b、ほとんどのRadiusは中心から始まるが、Radius Originは途中のHub loopから始まる)。

クモから取り外す際の老齢(penultimate)幼虫の成長度合いは、背中に現れる剛毛隆起(終齢で自力で網にぶら下がるための特殊形態)の見え具合3段階(表皮下によく見える・うっすら見える・よく見えない)で定量化した(Fig 3d はめ込み写真、この剛毛が表に出る頃は終齢でクモはすでに殺されている)。幼虫は、クモが円網の中心に鎮座した状態で、ピンセットで緩やかに引っ張って外した(そんなことできるんか)。

Results

寄生者による網の変形操作

寄生されたクモは殺される直前、1から3個の操作網を張った。28個体のうち39%が一つ、50%が二つ、11%が三つ張った。操作開始前の網の形態と操作後の最終形態を比較すると、Radiusの数(38.0本→15.6本)と横糸の数(33.1本→3.2本)の両方が劇的に減少した。Radiusの平均長も8.2cmから5.2cmへ減少。

操作網のRadiusは、本来の枠糸ではなく総じて新たに張られた内側の枠糸(内枠)とつながっていた(Fig 2a)。特にクモが二つ以上の操作網を張った時は、必ず新しい内枠を張った。Hub loopは操作網では減る。Hub loopから始まるRadius(Radius origin)も操作網では減り、Radius全体に占める割合も減る。

加えて操作網では、通常の網よりも直線状の隠れ帯が多く見られた。操作前も記録がある42例の操作網では、隠れ帯の割合が5%から31%へ跳ね上がった。野外での操作網も10例のうち5例で直線隠れ帯が見られた。操作網に作られた25例以上の隠れ帯すべてが直線だった。健全個体でよく見られる環状隠れ帯は、操作網では一切見られなかった。一例だけだが、上部に卵のう帯、下部に隠れ帯をつけている操作網が発見され、健全個体で卵のう帯をつけるときは隠れ帯は抑制されるので、これは重要な事例といえる(抑制されるべき隠れ帯が幼虫によって無理やり引き出されているというわけ)。

V字Radiusの数は、操作直前にはまったく見られないが、32例の操作網の90.6%で一つ以上見られた。

変化の順番

操作の初期段階では、まずRadiusおよび横糸が減少し、操作網範囲は本来の外枠から遠ざかる(内側へ縮小)。後半ではRadiusの数も長さも激減し、横糸は度々完全に失われ(Fig 2c)、隠れ帯とV字Radiusが増える。

Radiusと横糸の数、Radiusの長さ、隠れ帯やV字Radiusの出現などの変化はすべて緩やかである。

造網中の行動

A. bifurcaの造網行動は概ね他のコガネグモ科のものと似ているが、帯を支える糸を強化する行動は他種では報告のないものだった。クモは中心から上方へ卵のうやゴミリボンに沿って登り、行きも帰りも他の糸を回収することなく行き来を繰り返し、網の最上部と卵のう帯をつなぐ糸を強化した。

操作網の造網過程ではいくつかの行動変化が見られる。初期段階では、通常円網造網時にも見られるような糸の回収と新しい糸の設置が見られる。しかし、古い糸の回収なしに新しい糸を張ることもたまに見られた。新しいRdiusは、通常円網と異なり、中心から外枠へ行って帰る時に共にそのまま残されるので度々二重になる(V字Radius)。

操作されたクモは度々すでにある枠糸を強化した。こういった行動は対照区では見られなかったし、典型的な円網性種でも一般的ではない。

幼虫除去後のリカバリー

操作開始後に幼虫を除去すると、クモは1,2週間かけて徐々に正気を取り戻し、最後には通常の円網を張った。除去後最初に横糸が現れるのは4.69日後で、除去から最初の粘着系糸を張るまでのEarly recovery websの期間中は、Radiusの数や長さ、帯の構造に劇的な変化は見られなかった一方で、V字Radiusの数はこの期間の後半になるにつれ増えていった。粘着系糸が出現してからは(Sticky spiral recovery webs)、Radiusの数、長さ、そして横糸の数は徐々に増える。

Sticky spiral recovery websでは、造網行動における様々なサブセットが様々なスピードで正常な円網に戻っていく。V字Radiusは徐々に減り、一方で帯構造は突然減少し3日目までに通常の状態に達する。Radiusや横糸の数、Radiusの平均長の変化はより長期に及ぶ(元に戻るのに13日かかった)。

取り外した老齢幼虫の成長度合いは、クモが操作後最初に横糸を張るまでの期間に強く影響を受けた。剛毛隆起がよく見えたときは5.0日、うっすら見えたときは1.2日、まったく見えなかったときは0.4日。

回復した網(Recovery webs)は通常の網といくつかの面で似ていたが、一方でそうでない面もあり、それらはどのように操作網が引き起こされるかを推測する上で重要なヒントとなる(see Discussion)。

Discussion

操作された行動の潜在的機能

ハチの操作によって引き起こされるRadiusの短縮、Radiusの重複(V字Radiusの形成)、枠糸の強化は、網を物理的に強化し、ハチの蛹期の安全性を補填する。横糸の抑制は、おそらく無駄な残骸を吊るさないよう、網の安定性向上に一役買っているし、また膨大な糸資源をクモ体内に留め置くことで幼虫の餌資源として利用できる。

操作されたクモが、未寄生クモでよく見られる環状の隠れ帯を張らず直線状の隠れ帯のみを張ったことは、まゆのカモフラージュに役立っている可能性を示唆する。環状隠れ帯はまゆの隠蔽には役に立たないのかもしれない。操作による帯形成の誘導は、本来幼虫が利用できる資源の投資であると言える。

幼虫の高次レベルの効果 vs 低次レベルの効果

過去の報告では、アシナガグモの円網を操作するクモヒメバチで、造網行動パターンの低次階層を何度も繰り返させることがわかっている(橋糸が繰り返されたような単純な操作網)。対照的に本研究で扱った種は、特定の低次階層を引き起こしているというよりかは、むしろ網全体のデザインを決定するような高次レベルの行動に影響を与えているといえる。Radiusの数と横糸の数の関係や、それほどではないにせよRadiusの数とRadiusの平均長の関係は対照区のそれと似ているので、これらのパラメータは単体として別個に操作されているわけではなさそうである。例外の一つは、Hub loopとそこから伸びるRadiusの関係が操作網と円網との間で異なることである (Fig 6b-d)。この違いはおそらく、通常のHubの作成が二つのフェイズによって成り立っていることによるのだろう。操作網におけるRadiusは、通常造網の初期段階のもの (early radii)であるようで、後期のRadius (later radii)は抑制されているかもしれない。

幼虫による影響を理解することは、クモの造網行動がどのように組織されているのかを理解できるかどうかにかかっている。それぞれの構造が幼虫の除去後、回復するまでにかかる時間が様々であることは(速:隠れ帯の消滅、V字Radiusの消滅。遅:Radiusの長さ、Radiusの数、横糸の数)、これらの行動パターンが少なくともある程度独立(semi-independent)した支配下にあることを暗示する。一方で、Radiusの長さと数、および横糸の数の関係は(Fig 4a)、粘着糸用の資源の減少という一つの機構に拠るものかも知れない(単に糸資源ストック回復に時間がかかるというわけ)。実際、実験的に粘着糸用の資源(the reserves of sticky silk in the glands)を操作した二種の円網性クモは、Radiusと横糸の両方の数が同時に減少する(Eberhard 1988, J Arachnol)。

本種による操作網は、未寄生のA. bifurcaが作る休息網(Fig 2e)に似ており、ハチの幼虫がクモの中に本来備わっている行動プログラムを単純に引き起こしているという可能性がある。ただし、操作網が二種類の休息網(休息網と脱皮網)とまったく同じというわけではない。どちらも横糸がないという点で似ているが、休息網は操作網よりもRadiusの長さが長く、Hub loopは少なく、V字Radius、帯、内枠がほとんど見られない。

操作網はまた、短いRadiusと複数のV字Radiusで作られた成体オスの休息網(Fig 2f)にも似ている。しかし、例数は少ないものの直線の隠れ帯や内枠がなく、大きめのHubやV字Radiusなどから、操作網とは構造が異なる。円網における個々の行動単位やそれに関連する行動パターンは、行動進化においてよく見られるように、新たな網構造を構築する際の再編成や組み換えの単位として一役買っているのだろう。

用量依存的な影響の可能性

ハチの幼虫による網の変化は、人為的に幼虫を除去すると真逆の順番で戻っていった。幼虫に支配される過程は、回復するときと同様にゆったりとしているが、回復の方が遥かに遅い(前者が1-2日間、後者が14日間。それって前者はかなり急なのでは?)。ハチに操作されるとき真っ先に減少するRadiusや横糸の数、Radiusの長さは、回復時には最も時間がかかる。このことは、幼虫からの効果の激しさが、クモに注入される単数ないし複数の向精神作用性物質の濃縮(concentration of a psychotropic substance)である可能性を示唆する。幼虫を除去した場合、これらの向精神作用性物質は徐々に分解され無効化されるのかもしれない。

この濃縮仮説にはいくつかの裏づけがある。本種の幼虫は、クモの中枢神経系がある頭胸部からではなく、腹部から直接吸血する(頭胸部に寄生するハチもいるけどどうなんだ)。中枢神経にアクセスできるのであれば、幼虫はクモの体にわざわざ孔を穿たなかっただろう。行動操作が起こるとき、幼虫の中腸は分泌に関する複雑な変化が生じる(unpublished data)。除去する幼虫が終齢に近いほどクモの回復が遅かったことも操作物質の濃縮を支持する(除去が遅いほど注入量が増えるというわけ)。

用量依存的な反応であることを示唆するクモの単純な行動変化と、クモの行動に対してハチ幼虫が引き起こす複数の適応的かつ少なくとも部分的には独立の影響を一致させる方法は明確でない。 他の寄生蜂メス親(エメラルドゴキブリバチとか)がするように、クモヒメバチ幼虫は寄主の特定の部位に打ち込むことで注入物質の特異性を高めることができないので(腹部への外部寄生のため)、幼虫効果の特異性は完全にその化学特性によるものだと思われる。異なる注入物質(操作物質)がクモの独立した複数の行動をそれぞれ引き起こしているという一つの極端な仮説は、決定的に除外はできないがありえそうにない。なぜなら操作物質は操作された順番と反対に無効化されたからである。

もしクモの異なる行動パターンが一つの幼虫産生物質の異なる濃度に影響を受けているのであれば、単体の多能な操作物質が神経修飾物質や神経ホルモンとして作用するという、先と正反対の極端な仮説は操作順とは逆順の回復を説明できる。実際、ミツバチでは様々な摂食活動がオクトパミン一つに影響を受けている。このような一つの物質に対する多様な反応のすべては、わずかに異なる閾値をそれぞれ持ち相互に適応した行動パターン群の全体の発現を司るひとつの親スイッチによって制御されているかもしれない。しかしこの親スイッチ仮説は本種の操作システムには適用できないかもしれない。なぜならミツバチのそれとは違って、クモの神経系のデザイン特性は、ハチの幼虫が親スイッチを発動させることによって一連のクモの行動操作を引き起こすことを促進させるために進化したわけでは決してないからである。例えば、クモにかかる選択が、(環状帯や帯の欠落を差し置いて)直線の隠れ帯のみの建設をコントロールするシステムと糸資源ストックのコントロール・Radiusの重複を結びつけるよう働く理由はどこにもない。ここで書いたような(幼虫にとって適応的な)幼虫効果の特別な連鎖が単体の物質の濃度の変化によって生じるということはなさそうである。いまだ推論に過ぎないが、産卵メスバチがクモを麻酔する際にある物質を打ち込み、特定の幼虫効果を促進させている可能性だって捨てきれない。それによってクモの神経系の特定部位が、後に幼虫によって打ち込まれる物質に対し敏感になっているかもしれない。つまり、操作物質が一つなのか複数なのかはいまだ定かでないのである。