クモヒメバチによる子殺し

Takasuka K & Matsumoto R (2011) Infanticide by a solitary koinobiont ichneumonid ectoparasitoid of spiders.Naturwissenschaften 98 529-536. DOI: 10.1007/s00114-011-0797-9.

 寄生蜂の産卵メスがすでに寄生されたホストに出会うということは普通に考えうる状況です.なぜなら同種他個体も同じ種のホストを共有しているわけですから.場合によっては,異なる二種の寄生蜂が同一個体のホストに寄生するといったことも起こりえます.

 後者の例は差し置いて,前者の場合産卵メスにはどのような選択肢が考えられるでしょうか?答えは4つ,(1)実子の資源には適さない,とそのホストを諦めて立ち去るホスト拒否(host rejection),(2)自分の栄養のためにそのホストを食べてしまう(host feeding),(3)先住者(先に寄生している卵や幼虫)に構わず産卵する過寄生(superparasitism),そして(4)巧みな方法を使って先住者を殺してしまう子殺し(infanticide)があります.

 最初の3つは様々な寄生蜂で知られていますが,最後の子殺しというのは意外と報告例が多くありません.しかし,ホストの有効利用という点で他の選択肢より適応的な戦略と言えます.現在子殺しが報告されているのは,オンシツツヤコバチや,トビコバチの一種,アリガタバチ類,メイガコマユバチ,セグロカマバチ,クロハラカマバチ,そしてクモヒメバチ類などのみです.子殺しを行うハチ類のほとんどは既寄生ホストに出会えば必ず子殺しを行うわけではなく,可塑的に選択が変わることが普通です.つまり場合によっては子殺しをし,場合によっては過寄生をするといった感じです.

 Strand & Godfrey (1989)はゲーム理論を応用し,メイガコマユバチを材料に,どのような状況下で子殺しが起きやすいのかを提唱しました.それによると,(a)子殺しに要する時間が短ければ短いほど,(b)ホスト探索にかかる時間が長ければ長いほど,(c)利用できるホストがすでに寄生されている率が高ければ高いほど,そして(d)過寄生が生じた時に後から寄生した方の生存率が低ければ低いほど,子殺しが生じやすいと予想しました.これらの予想は実に理に適っていると思われます.子殺しを一つ行うにしても,常に行えれば能率的にホストを利用できますが,それにかかるコストやリスクがあり,最良のバランスの中で選択肢を決めなけれななりません.つまり子殺しを行わない方が有益な時もあるということです.自然淘汰によって絶滅や進化をしてきた生物は,このように行動のコスト(費用)とベネフィット(利益)を自然から天秤にかけられ,最も利益が最大になるバランスを取れた種が生き残ってきたと考えられています.

 彼らがこのモデルをメイガコマユバチを用いて検証したところ,産卵メスはすべての予想に従って子殺しを行いました.さらに彼らはモデルとは関係なく,“先住者が産卵メスに見えやすい場合は,0(常に拒否)か1(常に子殺し)の子殺しが生じる”とも予想しました.

 ところが,寄生蜂には様々な寄生習性(生活史)があり,子殺しを行う寄生蜂も必ずしもこの予想に従うわけではありません.寄生習性の種類は大きく,単独寄生か多寄生,外部か内部寄生,コイノバイオントかイディオバイオントといった二者択一の大別がなされ,これらのカテゴリーで考えると2の3乗で8種類のパターンがあることになります.メイガコマユバチは多・外部・イディオバイオントになりますが,本研究で扱ったクモヒメバチは単・外部・コイノバイオントとなり,ずいぶん異なる寄生習性を持っています.さらに,メイガの幼虫をしとめるのは簡単そうですが,クモヒメバチは捕食者であるクモに産卵せねばならず,ホスト発見から産卵に至るまでの過程に投資するコストに大きな違いがあります.

 前置きが長くなってしまいましたが,大事なことなので頭に入れておいてください.

 我々は,これまで偶発的な報告がなされただけだったクモヒメバチの子殺しを,マダラコブクモヒメバチを用いて室内でこちらの任意で自由に誘発する実験系を確立することに成功しました.産卵行動に関するこれまでの実験で,マダラコブクモヒメバチは水槽内で頻繁にオオヒメグモの網の中間の高さにとまってクモを待ち伏せる習性がわかったので,これを利用します。水槽内に張らせた網からクモを取り除きメスバチを導入すると,メスは待ち伏せのためにクモのいない網にとまります.この時に,こちらがアタックさせたいクモを割り箸に載せ,とまっているハチにむけるとクモがハチのいる近くに着地するので,ハチは簡単にアタックできるのです(動画はこちら).この実験系を利用し,与えるクモに寄生する先住者のステージを変えて(卵,初齢,二齢,亜終齢幼虫),産卵メスの反応や子殺しに要する時間を検証しました(図1).

 クモヒメバチの子殺しは,他の子殺し寄生蜂のように先住者を刺して殺すといったことはせず,産卵管をうまく利用し,クモと先住者の接点に差し込んで前後運動を繰り返すこと(rubbing behaviour)によって先住者を取り外します.取り外された幼虫は全て生きており,外された卵も寒天に移植すると50%が孵化したことから,クモヒメバチは先住者を殺すことなく除去していると言えます.この点で子殺しという言葉は不適切なのではないかと思われる人もいるかもしれませんが,外された卵や幼虫は100%成虫になることはできません.ひからびたり,アリに食べられて間違いなく死にます.何より成長に不可欠な食糧(クモ)がありません.奇跡が起こるとしたら,外し落とされた卵が,下に網を張っていたクモの背中に適切な方向で着地した場合しか考えられません.ウサギが切り株にぶつかって気絶するよりも確率が低そうです.幼虫は付着維持に必要な器官が子殺しメスによって失われるので,この奇跡すら起こりません.

 本実験の特筆すべき結果は,供試した先住者の全ての齢の全試行で,産卵メスは先住者を取り外した(子殺し)という点でした.こういった振る舞いをする寄生蜂は,今日わかっている中では,アリガタバチの一種,Laelius pedatusと本種のみです.

図1 子殺しを行うマダラコブクモヒメバチ産卵メス.a; 卵(矢印1),b; 初齢幼虫,c; 二齢幼虫,d;終齢幼虫(矢印2・3・4は産卵管の挿入部を示す).

子殺しを行う産卵メスの動画はこちらから見られます.


 産卵メスは,クモの麻酔後すぐに産卵管による前後運動を始め,先住者を取り外した後産卵に至ります.そこで我々は,前後運動開始から先住者の離脱まで(図2,中),前後運動開始から産卵まで(図3)の二つの時間を先住者の齢ごとに計測しました.後者のデータは子殺しのない通常の産卵の場合でも計測しました.

 取り外しに要する時間計測の結果,卵は最も外しやすく,初齢は次に外しやすく,二齢と亜終齢は最も外しにくいことがわかりました(図2,中).しかし,二齢と亜終齢には明瞭な体サイズ差があることから(図2,下),小さくても二齢の時点でクモヒメバチ幼虫の外部付着能力が確立されていることが示唆されます.一方で,卵と初齢の間に生じた外しにくさの差は,初齢には二齢に及ばないながら多少の付着が生じている可能性を示唆します.

 なお,供試したクモの体サイズには,先住者の齢の間で有意差はないため,このパラメーターは産卵(子殺し)メスには影響を与えてないと考えられます(図2,上).

図2 上;実験に供試されたクモの体長(F3,34 = 0.91, P

0.447),中;前後運動から先住者を取り外すのに要し

た時間 (H3 =30.20, P < 0.0001),下;取り外された先

 住者(卵を除く)の頭幅(H2 = 24.98, P < 0.0001).バ

 ーは標準誤差,数字は反復数,アルファベットは5%

水準の有意差を表す.


 前後運動開始から産卵までに要する時間計測の結果(図3),卵および初齢外しを含む場合は通常産卵と有意差は現れませんでしたが,二齢および亜終齢を外す場合,通常産卵より有意に時間コストを要することがわかりました.

図3 通常産卵(子殺しなし,左端)と子殺しをした場合(右4つ)の

前後運動から産卵までに要した時間(mean ± SE, N, F4,47 = 5.23, P = 0.0014).


 マダラコブクモヒメバチは,先住者がどの齢であっても,しかも通常産卵よりも時間コストを要しても,常に子殺しを行うことが明らかになりました.この事実は,Strand & Godfrayモデルの予想(a)(子殺しは時間を要さないほど起こりやすい)に反して常に子殺しを行うという点で、寄生蜂による子殺しの前提を一部覆します.ここで前置きで記述したクモヒメバチの寄生習性の話を思い出してください.クモヒメバチはクモの単・外部・コイノバイオントです.ここから今回の子殺しの振る舞いを説明するヒントがいくつか隠されています.

 まず一つ目に,クモヒメバチはコイノバイオント(寄生後もホストは通常の生活を続ける)です.狙ったホストがすでに寄生をされていてもいなくてもクモは捕食活動は続けているので,ハチが時間をかけて捕食を避けてホストをしとめるまでそのクモが寄生されているかどうかはわかりません.つまりアタックにかかるコストは,クモの被寄生に拘わらず不可避です.

 二つ目に,クモヒメバチは単寄生です.過寄生されたクモは,野外でもほとんど見られることはなく(年に0~1個体),その二頭の幼虫を飼育すると先に孵化した方が必ず成長を遂げ,二頭目の幼虫はクモと共に捨て去られます.それほど過寄生時の競争は激しく,先住者の方が圧倒的に有利なので,クモヒメバチには過寄生という選択肢は全く有益ではないと考えられます.これはStrand & Godfrayモデルの予想(d)に当てはまります.

 最後に,クモヒメバチは外部寄生です.クモを仕留めた時点で先住者がもしいたら,産卵メスには丸見えです.これはStrand & Godfrayがモデルとは別に予想した "0か1の子殺し法則" に当てはまります.実際,常に子殺しをするアリガタバチの例でも,先住者は子殺しメスから丸見えです.

 このように,子殺しはマダラコブクモヒメバチにとって常に適応的であり,いかに時間を要しても子殺しをして得られたホストに固執するように進化してきたと考えられます.検証されていない他のクモヒメバチ類も,ホストのクモは違えど同じ寄生習性を持っているので,過寄生やホスト拒否を行うよりも子殺しを行うことが有利であると予想されます.また定性的な事例観察ですが,その後本種と同属で,オオヒメグモに近縁なニホンヒメグモを利用するキマダラクモヒメバチZatypota maculataでも、先住する卵を取り外していることが確認されています (Takasuka et al. 2019).


Referee's comments

There are some weaknesses, particularly the small sample sizes, but this is a natural consequence of working with an insect that is not a 'lab rat' organism.

意訳:この論文には特にサンプル数の少なさという弱点があるが,それは当然の結果である.クモヒメバチを使ったこの実験系は,無尽蔵に使える市販ラットではないんだから.


Acknowledgement

We would like to express our cordial thanks to Gavin Broad (Natural History Museum, London) for his critical reading of the manuscript, and to Nobuo Ohbayashi (Ehime University), Masahiro Sakai and Hiroyuki Yoshitomi (Ehime University Museum) for their continuous guidance, encouragement and useful advice to the first author. We are also grateful to Takatoshi Ueno (Kyushu University) for providing useful information on references and for his critical reading of the manuscript, to Yoshihiro Y. Yamada (Mie University) for his helpful advice, and to Tetsuya Tachibana (Ehime University) for assistance in statistics.


References

Strand, M. R. & Godfray, H. C. J. (1989) Superparasitism and ovicide in parasitic Hymenoptera: theory and a case study of the ectoparasitoid Bracon hebetor. Behavioral Ecology and Sociobiology 24 421-432.

Takasuka K., Matsumoto R. & Maeto K. (2019) Oviposition behaviour by a spider-ectoparasitoid, Zatypota maculata, exploits the specialized prey capture technique of its spider host. Journal of Zoology 308 221-230.


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