2022年4月8日執筆
カンボジアで、政府主導でデジタル通貨決済システムであるバコンの利用が加速し、電子決済の利便性が増していることを以前の記事で書いた。今回は、このバコンの拡大によって、どのようにカンボジアの金融システムが変わりうるのかについて、特に送金事業に関して書いてみたい。
カンボジアで生活している人は誰でも知っているだろうが、バコンやABAなどの銀行のQRコード決済システムが登場するはるか昔から(2000年代から)、カンボジアにはWingという送金業者が存在している。このWingが行っている送金事業は、携帯電話の番号に紐づけて送金を行うモバイルバンキング事業であり、ケニアで成功したといわれるMpesaとほぼ同じ事業である。カンボジアでは、2000年代後半で、すでにこのWingの送金ネットワークを通じて、カンボジアのどこにいても送金を受け取れるシステムだったというから驚きである。
Wingの送金ビジネスモデルについては、以下を参照してもらいたい。都市部でも農村部でもありとあらゆるところに、Wingの代理店が存在している。こういった代理店はWingのビジネスだけでなく、両替業務や小売業を兼業で行っていることも多い。Wingは個人間送金以外にも公共料金の支払いや電話料金のチャージなどの支払いにも対応している。
(参考として…)
カンボジアで大流行の電子マネーWing!送金から決済、スマホのチャージまで | カンボジア海外旅行・シェムリアップ便り from アメミル (cambodia-angkor.com)
しかし、便利であるがゆえに手数料もかなり高い。カンボジアには、銀行支店の数を生かしたAMKや送金業務に特化したTrue MoneyというWingのライバルとなる送金業者はいくつかいるものの、シェアは圧倒的にWingが大きく、そして手数料も圧倒的に高い。ちなみに、あまりにも高いので、現地の人の中にはWingの代わりにインフォーマルな送金網を使う人もいるというので、本当に金融包摂の役割を果たしているのか疑問に思うところは前々から感じてはいた。ネットワーク外部性が存在する事業では、やはり政府の介入なしでは独占の問題はどうしても起こってしまうという好事例であると私は思う。ちなみに、手数料がやたら高いというのは、アフリカのMpesaにも同じことが言えると聞いたことがある (*1)。
バコンの登場によって、このWingの市場の独占も消えつつある。ある意味、バコンシステムは、各銀行の持つ決済ネットワークの公共財化ともとらえることができる。つまり、Wingがもつ広範囲のネットワークも今後は競争において優位性になりえない。現在、Wingはバコンのメンバーであるものの、KHQRをまだ採用していない。つまり、Wingからバコンへの入金は可能であるが、WingのQRコード決済を採用しているお店ではABAのアプリやバコンアプリを使っての支払いができない。しかし、今後はKHQRの採用を余儀なくされるだろう。事実、Wingは手数料を徐々に下げているとのことで、KHQRを採用した場合は、さらに激しい価格競争にさらされるだろうことが予測される。
筆者は、3月の出張の時に、WingのConsumer service部門のDirectorに最近の事情について話を聞いた(*2)。彼によると、今後は送金ビジネスでの収益は見込めないことを理解しているとのことで、今後は E-coomerce事業にシフトしていくとのことだった。そのため、実際にWingはつい2年前に商業銀行のライセンスを取得し、貸出業務も行えるようにしている。つまり、日本で例えると、楽天銀行のような存在を目指すということだろう。確かに、楽天はフリマアプリで手に入れたポイントが楽天Payで使えるなど、各事業で補完性のあるサービスで消費者に付加価値を出している。
バコンシステムの発展で、カンボジアでの伝統的であった送金ビジネスは今後果たしてどのように変わっていくのだろうか。バコンのネットワークが拡大し、送金手数料が下がり、便利になっていくのだろうか。それとも、既存の送金事業が駆逐されることで、農村部への送金が不便になってしまうのか(この可能性は低いと思うが)。今後の動向に注目していきたい。
ちなみに、私はJICA緒方研究所で、自国通貨促進の研究をしており、Wingとも何度か自国通貨普及に関して議論をしたことがあった。CEOは自国通貨の普及に協力すると口では公言していたが、実際の送金はほとんどドル建てとなっており、一度顧客がドル口座を選択するとリエル口座を選択できないシステムとなっていると、彼の部下は私にこっそり教えてくれた。なので、Wingをどうにかすることが自国通貨促進にきわめて重要だと思っていたが、このような形で大企業の送金ビジネスが幕を閉じるとは思わなかった。(まだ終わってないが。)
*1 人々は手数料が高くても、そこにコストを上回る利便性を感じて、その送金ネットワークを選んでいると考えると、確かに公平な競争の結果なのかもしれない。しかし、ネットワーク外部性が強く働く分野では、一度ネットワークがクリティカルマスに達してしまうと、独占的状況が崩れにくくなってしまい、公平は競争が行われにくくなる。本来は、もっと政府がコーディネートすべき分野なのだろう。なお、筆者はあまりケニアの事情には詳しくない。
*2 飲みながら話をしたのでいろいろと吐露してくれた。ちなみに、CEOが彼の直接の上長にあたるらしいが、新しく赴任したCEOが相当なマイクロマネジメントで、Directorである彼を飛び越えて彼の部下に指示を出すので、最近自分が部下から舐められている気がするとも言っていた。かなりフレンドリーな人なので、次回飲みに行ったら、Wingのデータでネットワーク分析をしようぜと持ち掛けてみたい。