無細胞ディスプレイ技術による次世代抗体医薬の開発

In vitro Selection of Therapeutic Antibodies

標的分子に対して高い特異性と親和性をもつ抗体医薬は、従来の化学合成された低分子医薬と比べて副作用の恐れが少なく、治療効果が高い究極の分子標的薬として注目されています (図1)。抗体医薬の市場規模は急激に増加しており、2007 年の国内の市場規模は約 850 億円でしたが 2010 年には 1700 億円にまで成長しており、10 年後には 7000 億円にまで拡大するという試算もあります。しかし、抗体医薬は投与量が多く生産コストも高いという医療経済性の問題点があるため、Fab や scFv (一本鎖抗体) などの組み換え抗体への小型化によって生産量を増やしたり、抗体の親和性・安定性の向上により薬効を高めて投薬量を減らすための新しい技術が求められています。(⇒ 抗体医薬については以下の企業のサイト等でもわかりやすく紹介されていますので「抗体医薬品」で Google 検索してみてください。例:『抗体医薬品~最先端の治療薬~/協和発酵キリン』および『よくわかる抗体医薬品/バイオのはなし/中外製薬』)

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図1 完全抗体およびフラグメント抗体の構造と医薬への応用

(図左) おもな抗体医薬のフォーマットである完全抗体 (IgG) は2本の重鎖と2本の軽鎖が S-S 結合で連結した4量体タンパク質である。IgG をプロテアーゼで処理すると抗原結合領域を含む Fab と定常領域のみからなる Fc に分かれる。重鎖と軽鎖の可変領域である VH と VL ドメインのみを遺伝子工学的に人工的なポリペプチドリンカーで連結した一本鎖抗体 (single chain Fv; scFv) や単一の VH または VL のみからなるドメイン抗体 (dAb) も結合能を保持することがある。(図右) 現在の抗体医薬の多くは抗がん剤であり、IgG の可変領域でがん細胞特異的な表面分子を認識し、Fc 領域に結合した免疫細胞ががん細胞を攻撃する。

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私たちの研究室では、無細胞タンパク質合成系を利用して、タンパク質 (抗体) とそれをコードする mRNA または DNA を連結した分子ライブラリーを試験管内で構築できる mRNA ディスプレイ法および DNA ディスプレイ法を開発し、高い親和性や安定性を有する scFv や Fab の試験管内進化に応用しています。これらの方法を用いると、図2に示すように、多様な変異をもつ抗体ライブラリーの中から、様々な選択圧の下で抗原に結合する特定の変異抗体を選択した後、核酸部分を (逆転写) PCR で増幅できるので、選択と変異・増幅を繰り返すダーウィン進化を試験管の中で実現することが可能となります。この無細胞ディスプレイ技術を利用して、高親和性の scFv や超耐熱性の Fab などの試験管内進化のほかに、二重特異性抗体や pH 応答性抗体など特殊な次世代抗体の開発にも取り組んでいます。

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図2 mRNA ディスプレイ法による一本鎖抗体 (scFv) の試験管内進化

(1) DNA ライブラリーから転写した mRNA の 3' 末端に PEG スペーサーを介してピューロマイシンを連結する。(2) これを鋳型として無細胞翻訳反応を行うことにより、(3) scFv 抗体とそれをコードする mRNA とがリボソーム上で連結する。(4) この mRNA-タンパク質連結分子ライブラリーをビーズに固定した抗原と結合させ洗浄後、(5) ビーズに残った抗体の遺伝子 mRNA を逆転写 (RT) PCR により増幅する。(6) 得られた DNA にさらにランダム変異を導入し、進化サイクルを繰り返す。(7) 最終的に最適化された抗体遺伝子の塩基配列を解読し、機能向上に寄与した変異を同定する。

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また、従来の抗体医薬は細胞内の標的に作用できないという問題点がありました。この課題を克服するために、図3に示すように、最近私たちは膜透過促進ペプチドを利用して抗体を細胞内送達させる新たなドラッグデリバリーシステム (DDS) の開発に着手しました。

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図3 抗体医薬などのタンパク質の細胞質送達を促進する膜融合ペプチド

(上) 従来の細胞透過性ペプチド (CPP) では、エンドサイトーシスで細胞内に取り込まれた後、エンドソームから細胞質へと離脱する効率が低く、大部分のタンパク質がリソソームで分解されてしまうという課題があった。(下) さらに膜融合ペプチド (FP) を連結することで、エンドソームを効率よく離脱することが可能となった。

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これまでの研究業績

Ide, M., Tabata, N., Yonemura, Y., Shirasaki, T., Murai, K., Wang, Y., Ishida, A., Okada, H., Honda, M., Kaneko, S., Doi, N., Ito, S., Yanagawa, H.: Guanine nucleotide exchange factor DOCK11-binding peptide fused with a single chain antibody inhibits Hepatitis B Virus infection and replication. J. Biol. Chem. 298, 102097 (2022)

Suzuki, M., Iwaki, K., Kikuchi, M., Fujiwara, K., Doi, N.: Characterization of the membrane penetration-enhancing peptide S19 derived from human syncytin-1 for the intracellular delivery of TAT-fused proteins. Biochem. Biophys. Res. Commun. 586, 63-67 (2022)

土居信英. 新規の膜透過促進ペプチドを利用した抗体医薬の細胞選択的 DDS に向けて. 「ドラッグデリバリーシステム―バイオ医薬品創成に向けた組織、細胞内、核内送達技術の開発―」シーエムシー出版, pp. 131-137 (2018)

Sudo, K., Niikura, K., Iwaki, K., Kohyama, S., Fujiwara, K., Doi, N. Human-derived fusogenic peptides for the intracellular delivery of proteins. J. Control. Release 255, 1-11 (2017)

土居信英. タンパク質の細胞質送達を促進するヒト由来膜融合ペプチド. 「医療・診断をささえるペプチド科学―再生医療・DDS・診断への応用―」シーエムシー出版, pp. 232-238 (2017)

土居信英. ヒト由来膜融合ペプチドによるバイオ医薬のDDS. 細胞 49, 602-605 (2017)

Nakayama, M., Komiya, S., Fujiwara, K., Horisawa, K., Doi, N. In vitro selection of bispecific diabody fragments using covalent bicistronic DNA display. Biochem. Biophys. Res. Commun., 478, 606-611 (2016)

Nagumo, Y., Fujiwara, K., Horisawa, K., Yanagawa, H., Doi, N. PURE mRNA display for in vitro selection of single-chain antibodies. J. Biochem. 159, 519-526 (2016)

Niikura, K., Horisawa, K., Doi, N. Endosomal escape efficiency of fusogenic B18 and B55 peptides fused with anti-EGFR single chain Fv as estimated by nuclear translocation. J. Biochem. 159, 123-132 (2016)

Niikura, K., Horisawa, K., Doi, N. A fusogenic peptide from a sea urchin fertilization protein promotes intracellular delivery of biomacromolecules by facilitating endosomal escape. J. Control. Release 212, 85-93 (2015)

Sumida, T., Yanagawa, H., Doi, N. In vitro selection of Fab fragments by mRNA display and gene-linking emulsion PCR. J. Nucleic Acids 2012, 371379 (2012)

土居信英. 無細胞提示系による低分子抗体の試験管内進化.「次世代医薬開発に向けた抗体工学の最前線」シーエムシー出版 (2012)

Sumida, T., Doi, N., Yanagawa, H. Bicistronic DNA display for in vitro selection of Fab fragments. Nucleic Acids Res. 37, e147 (2009)

Tabata, N., Sakuma, Y., Honda, Y., Doi, N., Takashima, H., Miyamoto-Sato, E., Yanagawa, H. Rapid antibody selection by mRNA display on a microfluidic chip. Nucleic Acids Res. 37, e64 (2009)

Doi, N., Takashima, H., Wada, A., Oishi, Y., Nagano, T., Yanagawa, H. Photocleavable linkage between genotype and phenotype for rapid and efficient recovery of nucleic acids encoding affinity-selected proteins. J. Biotechnol. 131, 231-239 (2007)

Fukuda, I., Kojoh, K., Tabata, N., Doi, N., Takashima, H., Miyamoto-Sato, E., Yanagawa, H. In vitro evolution of single-chain antibodies using mRNA display. Nucleic Acids Res. 34, e127 (2006)

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おもな研究資金

2020-2023 年度 日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究 (B)「細胞内の創薬ターゲットに対するがん細胞選択的な膜透過抗体医薬の開発」(土居信英)

2017-2019 年度 日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究 (B)「新規のヒト由来膜透過促進ペプチドを利用したバイオ医薬の細胞選択的DDSの開発」(土居信英)

2015-2016 年度 日本学術振興会 科学研究費補助金 挑戦的萌芽研究「膜透過促進ペプチドと pH 応答性低分子抗体を組み合わせた細胞選択的膜透過技術の開発」(土居信英)

2013-2015 年度 日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究 (B)「無細胞ディスプレイ技術による次世代低分子抗体医薬の開発」(土居信英)

2012 年度 持田記念医学薬学振興財団 第 30 回研究助成金「無細胞ディスプレイ技術を応用した次世代抗体医薬の最適化・高機能化技術の開発」(土居信英)

2010-2012 年度 日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究 (B)「抗体医薬の最適化のための無細胞ディスプレイ技術の応用」(土居信英)

2007-2008 年度 日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究 (B)「試験管内選択法による新機能抗体創出システムの開発」(土居信英)

2003-2005 年度 NEDO 産業技術研究助成金「試験管内進化法を利用した抗体チップの開発」(土居信英)

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