構成的アプローチで生命の起源に迫る

Constructive Approach to Origins of Life

生命の基本的な構成成分がタンパク質であることから、タンパク質の研究は生命の起源や初期進化の問題を考える上でも重要です。

生命の起源を研究する方法には大きく分けて2つのアプローチがあります (図5)。1つは現存する複雑な生命から余分なものを少しずつ除いて単純化していく方法 (還元的アプローチ) であり、もう1つは単純な化合物から徐々に複雑な人工生命を構築してみる方法 (構成的アプローチ) です。1つめの還元的アプローチは、ゲノム解読により大量の遺伝子情報が蓄積しているので今後大きく進展することが期待されます。多くの生物のゲノムを比較して共通の遺伝子を絞り込んだり、遺伝子変異の解析結果などから見積ると、現在の細胞が生きていくのに必要な最小の遺伝子数はおおよそ 250~300 個程度と考えられています。このような単純化によって明らかになることが期待できるのは、最初に DNA を遺伝物質として利用した始原細胞 (コモノート) の推定像までで、これでも十分に複雑な生命です。始原細胞が生じる以前の、DNA が関与していない時代については、遺伝情報から遡ることは困難であり、もう1つの構成的アプローチが必要となります。これは近年、合成生物学ともよばれていますが、この新しい学問分野の定義は研究者によってまちまちです。元々は人工的な遺伝子回路を構築する研究で使われはじめましたが、その後、遺伝子改変した微生物で医薬品やバイオ燃料などの有用物質を生産する研究でも合成生物学という言葉が使われています。ここでは広い意味で、様々な生命現象を人工的に創ることで生命を理解し、実用化にも役立てる研究としておきます。

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図5 生命の起源に関する仮説

原始地球環境を模倣した Miller の放電実験 (1953 年) により、グリシンやアラニンなどタンパク質の材料となるアミノ酸が容易に得られることが発見され、その後、多くの研究者が同様の化学進化の実験を行い、タンパク質を構成する 20 種類全てのアミノ酸や、DNA や RNA を構成する核酸塩基、糖、リボースなど、生命分子の材料は原始地球に存在し得たことが分かった。Yanagawa らは、原始地球に存在し得た数種類のアミノ酸を、海水を模倣した水溶液中で熱重合することによりマリグラヌールと名づけた細胞膜様構造ができることを発見し、さらに、アミノ酸が熱重合したタンパク質様高分子の中には、天然タンパク質と同様のらせん構造やエステラーゼ活性などの触媒機能をもつものも含まれていた。しかし、タンパク質だけでは遺伝情報を担うことはできないという問題が残されていた。1980 年代初頭、RNA が酵素として機能し得ることが発見され、最初の生命は触媒機能と遺伝情報を兼ね備えた RNA 分子から誕生したという RNA ワールド仮説が提案された。この仮説は、1990 年代の RNA の進化工学により、実際にさまざまな触媒機能をもつ RNA が創製できることが示され、現在広く受け入れられている。現在の課題は、RNA ワールドとタンパク質との関係であり、具体的には、RNA の化学進化や RNA ワールドの誕生過程で、当時豊富に存在したと予想される原始タンパク質はどのように寄与したのか、RNA ワールドの中からタンパク質合成系はどのように誕生したのか、また、それらと細胞膜様構造との結びつきは、いつどのように生じたのかなどである。

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例えば、1980 年代のテロメアの研究で 2009 年のノーベル生理学・医学賞を受賞した Szostak は、1990 年頃から RNA やタンパク質の進化工学に関する研究を開始しており、全くランダムな配列から機能をもつ RNA やタンパク質を創出することに成功し、その機能出現確率は 1000 億分の 1 くらいであると見積もっています (もちろん機能の種類によって、この確率は変動するでしょう)。この数値は、確かに微々たるものですが、わずかな物質に含まれる分子の数の膨大さと、地球と生命の歴史の長さを考え合わせると、機能をもつ生命分子が出現するというイベントはきわめてありふれた出来事であるということが分かります。その後 Szostak は、さらに複雑な人工細胞を単純な有機分子から創り出す先駆的な研究を進めており、成長・分裂することができる膜構造を創るためには、どのような脂質分子を材料として使うとよいかを明らかにしています。(⇒ 英語ですがこちらのサイトも参考になります。)

このように、生命の起源に対する構成的アプローチは、実際に過去の地球で起こった出来事を状況証拠から立証しようとする「考古学」ではなく、生命の誕生というイベントを物理化学的な現象と捉えて、その現象が生じるのに必要な初期条件および境界条件を厳密に明らかにする「実験科学」と捉えることができます。したがって、合成生物学は汎用性・応用性が高く、例えば、将来的には、他の惑星で生命が誕生する確率などを科学的に推定するのにも役立つでしょう。

私たちの研究室では、これまでに構成的アプローチにより以下のような研究を行なってきました。

現在の天然タンパク質は 20 種類のアミノ酸から構成されていますが、初期の遺伝暗号は、化学進化の初期段階で豊富に存在した少数種の「原始的」アミノ酸からなり、その後、次第に「新しい」アミノ酸が加わり現在の 20 種類に達したと考えられています。そこで、少数種の異なる組み合わせのアミノ酸からなる人工タンパク質を作製し、それらの構造形成能と機能出現頻度を比較することにより、どのようなアミノ酸を組み合わせたときに、機能や構造をもつタンパク質が出現しやすいかを実験的に調べています。これにより、遺伝暗号の成立に関する従来の仮説の妥当性を評価できるばかりでなく、新しい機能をもつ有用な人工タンパク質を創出する工学的応用にもつながることが期待できます。

2014 年度からは新たに藤原慶博士が研究室メンバーに加わり、人工細胞を創製する研究がますます加速しています。⇒詳しくはこちら

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これまでの研究業績

Fujiwara, K., Sawamura, T., Niwa, T., Deyama, T., Nomura, S.M., Taguchi, H., Doi, N. In vitro transcription-translation using bacterial genome as a template to reconstitute intracellular profile. Nucleic Acids Res. 45, 11449-11458 (2017)

Fujiwara, K., Doi, N. Biochemical preparation of cell extract for cell-free protein synthesis without physical disruption. PLoS ONE, 11, e0154614 (2016)

Fujiwara, K., Yanagisawa, M., Nomura, S.-M. Reconstitution of intracellular environments in vitro and in artificial cells. BIOPHYSICS 10, 43-48 (2014)

土居信英, 柳川弘志. 進化分子工学による新規タンパク質の創出とプロテオミクスへの応用.「進化分子工学 ~高速分子進化によるタンパク質・核酸の開発~」(伏見譲編) NTS出版, pp. 275-286 (2013)

Tanaka, J., Yanagawa, H., Doi, N. Comparison of the frequency of functional SH3 domains with different limited sets of amino acids using mRNA display. PLoS ONE 6, e18034 (2011)

Tanaka, J., Doi, N., Takashima, H., Yanagawa, H. Comparative characterization of random-sequence proteins consisting of 5, 12 and 20 kinds of amino acids. Protein Sci. 19, 786-795 (2010)

柳川弘志, 土居信英. 生体高分子の進化工学.「現代生物科学入門9:合成生物学」岩波書店 (2010)

Tsuji, T., Onimaru, M., Doi, N., Miyamoto-Sato, E., Takashima, H., Yanagawa, H. In vitro selection of GTP-binding proteins by block shuffling of estrogen-receptor fragments. Biochem. Biophys. Res. Commun. 390, 689-693 (2009)

Doi, N., Kakukawa, K., Oishi, Y., Yanagawa, H. High solubility of random-sequence proteins consisting of five kinds of primitive amino acids. Protein Eng. Des. Sel. 18, 279-284 (2005)

Doi, N., Yanagawa, H. Origins of globular structure in proteins. FEBS Lett. 430, 150-153 (1998)

Doi, N., Yomo, T., Itaya, M., Yanagawa, H. Characterization of random-sequence proteins displayed on the surface of Escherichia coli RNase HI. FEBS Lett. 427, 51-54 (1998)

Doi, N., Itaya, M., Yomo, T., Tokura, S., Yanagawa, H. Insertion of foreign random sequences of 120 amino acid residues into an active enzyme. FEBS Lett. 402, 177-180 (1997)

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おもな研究資金

2015-2016 年度 文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域研究「圧力を知覚し機能発現する人工細胞型ロボットの構築」(藤原慶)

2014-2016 年度 日本学術振興会 科学研究費補助金 挑戦的萌芽研究「細胞と同等の成分を持つ人工細胞の高機能化による生命構成の必要条件解明」(藤原慶)

2007-2008 年度 日本学術振興会 科学研究費補助金 挑戦的萌芽研究「限定されたアミノ酸からなるランダム配列タンパク質の機能探索」(土居信英)

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