【漁船第一春洋丸の進水式:宮城県南三陸町】2012.9.15

宮城県南三陸町志津川港と歌津の泊浜漁港で12日、南三陸町歌津の阿部一浩さんの漁船の進水式があり、お招き頂き行って来ました。

たくさんの大漁旗でおめかしした進水式の第一春洋丸

阿部さんは、津波と台風で18年間使っていた船をやられてしまいました。新造船では2、3年後になってしまうために、9.7トンの中古の船を求めました。名前は、以前の船と同じで、第一春洋丸。1年半振りの漁業再開となります。

本来ならば台車に乗って船が港に下りるのだそうですが、津波で台車が流されてしまったために、10日に大型クレーンで志津川造船鉄工所から、すぐ脇の港に降ろしました。

進水式と同じ時刻に、その脇で別の漁船第七清重丸が、クレーンで吊られて海に降ろされました。第一春洋丸もちょうどこんな感じだったでしょうか。

クレーンのワイヤーに吊られて海に降ろされる第七清重丸

船の先端に3本、後ろに2本、更に後部に2本の竹竿を立て、船体の両脇に横に2本の竿を取り付け、長男の春平さん、次男の洋平さん、漁師仲間の若い漁師さんが朝からカラフルな大漁旗をたくさん取り付けました。船主の先端には旧日本国旗と日本酒も。

進水式の準備ができた第一春洋丸

進水式は、第一春洋丸の前の方に神棚を設け、大きなお餅をお供えし、乗り組んだ皆さんが安全を祈願しました。

安全の祈願

春平さん、洋平さんたちは、景気のいい音楽と共に、船の上から進水式のお祝いに駆けつけた大勢の皆さんに、大量の紅白のお餅をまくことができました。

志津川港の船の上から餅まき

おめかしした船はゆっくり志津川港を離れ、湾内の広々したところで、志津川に名残を惜しむかのように何回もぐるぐると向きを変えて回り、やがて沖の方に向ってゆっくり走り出しました。

志津川港を出る第一春洋丸

志津川を出航する第一春洋丸

私たちはこの後、歌津の泊浜漁港に車で移動しました。

次いでホームとなる歌津の泊浜漁港にゆっくりと姿を見せた第一春洋丸。

泊浜漁港に姿を見せた第一春洋丸

歌津地区の皆さんに歓迎され、港に停泊していた船の間を縫ってホームに到着です。

泊浜漁港に入った第一春洋丸

泊浜漁港でも大量のお餅が船の上からまかれました。

泊浜漁港での餅まき

春はシラス漁、メロード漁、夏は突きん棒、メカジキ漁、9月下旬から11月下旬にかけてはサケ漁となり、1、2月はタラを捕ります。第一春洋丸は25日以降、夜中の12時頃から出航し、サケ漁を再開します。

南三陸町では、これから後も、徐々に幾つもの漁船が漁業を再開し、毎日のように、海に出ます。漁に出たくても、1年半も漁に出られなかった漁師さんたちのことを思うと、大漁を祈るばかりですね。

漁業4年目となる次男の洋平さんは「また親子3人で地元の漁師さんに負けないように頑張りたい」と、張り切っていました。

進水式や仮設住宅での餅つきのために、必要物資・支援要求マップ311HELP.com http://311help.com/ の求めに快く応じて、たくさんもち米を支援してくださった皆さんがいらっしゃいます。

愛媛県新居浜市の近藤千年さんと新居浜市民の会の皆さん

徳島県美波町の森正義さん、千代さん

長野県大町市のライスファーム野口の皆さん

長野県大町市常盤の奥原健太郎さん、文さん

長野県安曇野市穂高の鈴木堅太郎さん

鈴木さんを通して快く提供してくださった神奈川県藤沢市の食品卸業の皆さん

もち米を長野県から運んでくださった松川村北細野区長石井敏秋さん、総務部長原卓さん

支援してくださった皆さんと、現地の皆さんを結んでくださっている南三陸町歌津の佐藤健寿さん

ご協力大変有り難うございました。

311HELP.com

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