Notchシグナル

・Notchシグナルについて

 私たち人間は60兆個の細胞からなるといわれています。数え切れないほどの細胞がどのようにして一つの生命体を作り上げるのか?その鍵は細胞間の情報伝達にあります。細胞は様々なシグナル伝達物質と呼ばれるタンパク質や化学物質を使って別の細胞と情報のやり取りをしています。この情報のやり取りによって細胞が動いたり、形を変えたり、増えたり、性質を変えたり、時には死んだりすることによって、私たちの体を作り上げ、生命活動をしています。

 このような細胞間の情報の伝達方法の一つがNotchシグナルです。Nochシグナルは隣り合う細胞同士の情報伝達を担っています。 NotchシグナルではDelta、Jaggedと呼ばれる情報の送り手側にあるタンパク質と、Notchと呼ばれる情報の受け取り手側にあるタンパク質が重要な働きをします。細胞膜にあるNotchタンパク質と、隣の細胞の細胞膜にあるDeltaタンパク質またはJaggedタンパク質が相互作用する(物理的にくっつく)と、Notchタンパク質の細胞内の部分(NICDと呼ばれます)が切り離されます。切り離されたNICDは細胞膜から核内へ移動します。核内でNICDはSuppressor of Hairless (Su(H))と呼ばれる別のタンパク質と協調してDNAに作用し、ターゲット遺伝子の発現を活性化させます。その結果、シグナルを送る細胞と受け取る細胞では異なった性質を持つようになる、ということが明らかとなっています。(図1) 

またMind Bomb(Mib)と呼ばれるタンパク質がDeltaやJaggedに対して行うユビキチン化というタンパク質の修飾(ユビキチンという別のタンパク質をくっつけること)がNotchシグナルには重要であることも分かっています。Mibタンパク質がないとNotchシグナルは正しく働かなくなり、シグナルを送る細胞と受け取る細胞が同じ性質を持ってしまうようになります。

・ 生化学研究室で研究し、明らかにしようとしていること

 Notchシグナルは細胞間の情報伝達を担っており、特に細胞の性質の変化(細胞の分化といいます)を制御しています。 また様々な動物種で広く保存され、個体発生の様々な局面で重要な働きをしていることが明らかとなっています。特に神経細胞の分化では重要な働きをしていることが知られており、Notchシグナルが破綻すると本来は神経細胞にならない細胞まで神経細胞になってしまうことが知られています(図2)。


またNotchシグナルはヒトのがん形成や遺伝病(Alagille症候群、CADASIL症候群)に関わっていることも報告されています。  

しかしながら、

・複数種類のあるDelta、Jagged、Notch(ヒトではDelta3種類、Jagged2種類、Notch4種類)がどのように使い分けられているのか?組み合わせでどのような違いがあるのか?

・MibによってユビキチンがつけられたDeltaやJaggedはつけられていないものとどう違うのか?

・生体内においてNotchシグナルのON/OFFはどのように調節されているのか?

といったことはよく分かっていません。

 そこで私たちの研究室では培養細胞ゼブラフィッシュをモデルとした研究を行い、この課題を明らかにしようとしています。