研究内容
老化に伴い記憶が低下することは、ヒトを含めた動物において共通した現象ですが、そのメカニズムは未だ解明されていません。当研究室では、比較的単純な神経回路をもつショウジョウバエをモデル動物としてもちいて、老化が記憶低下を引き起こすメカニズムの解明を目指しています。特に、老化に伴う記憶低下の原因となる神経回路やリスクファクターの同定によって、記憶低下メカニズムの一端が明らかになり、新たな創薬アプローチを提示できることを期待しています。
1. 老化に伴う記憶低下の原因となる神経回路の同定
記憶の種類によって加齢の影響は異なります。ヒトでは一般的に、短期記憶より長期記憶のほうが加齢の影響を受けやすいことが知られています。ハエでも、匂いと電気刺激を連合学習させることにより形成される嗅覚記憶において、短期記憶より中期記憶や長期記憶の一部のほうが加齢の影響をより受けやすいことが明らかになってきました。加齢の影響が記憶の種類によって異なることに着目して、嗅覚記憶学習前後における神経活動の変化を遺伝子コード型Ca2+センサー(GCaMP)を用いた生体内カルシウムイメージングにより解析し、それらを若齢・老齢個体を比較することで加齢に伴い障害を受ける神経回路の同定を進めています。また、温度感受性カチオンチャネルやシナプス伝達を遮断する遺伝子を神経細胞特異的に発現させたハエを用いたサーモジェネティクス(thermogenetics)手法は、時期特異的に特定の神経細胞を活性化もしくは遮断することができます。この手法を用いて、加齢に伴い障害を受ける神経回路を人工的に活性化もしくは遮断させることによる記憶形成への影響を解析し、老化に伴う記憶低下を制御する神経回路を明らかにすることを目指しています。
2. 老化に伴う記憶低下を引き起こすリスクファクターの同定
老化によって生体内のさまざまな機能が変化します。生体内の代謝機能の低下もその一つであり、記憶機能に影響を与えるリスクファクターとして考えられていますが、その機構は明らかではありません。私たちは、ハエ嗅覚記憶をモデル系として用いて、老化による生体内の代謝機構の低下を遺伝学的に操作し、神経・分子ネットワークに与える影響を評価・解析しています。また、老化に伴う記憶低下を引き起こすリスクファクターを網羅的に同定する目的で、脳内あるいは特定の神経細胞群において加齢に伴い変化する遺伝子プロファイリングをトランスクリプトーム解析により同定することを目指しています。