好蟻性・好白蟻性甲虫の採集法

 

このごろ好蟻性・好白蟻性甲虫に対する注目が高まっているようで、こちらにも多くの同定依頼が寄せられる。しかしそれらの標本を見る限り、採集法がまだ一般に普及していないせいか、十分な個体数・種数を採集できていない場合が多い。一部の分類群(ヒゲブトハネカクシ亜科など)では同定が難しく、解剖等に多くの個体数を必要とすることもある。また、未知種がアリやシロアリの巣から採れた場合、それらが本当に好蟻性・好白蟻性であるかの判断において、採れた個体数や種構成が重要な参考になることも少なくない。

 

好蟻性昆虫に関する採集法はいくつかの文献(黒澤 1976;平野 1986;馬場 1991;野村 2000;丸山・喜田 2000など)ですでに紹介されている。しかしこれらは特定の種に関するものや、ごく簡単に紹介されたものに留まり、なかには誤った情報を含んでいるものもある。

 

以上のような背景のもと、ここでは好蟻性・好白蟻性甲虫の採集法について、とくに日本産種に焦点を絞って紹介したい。日本産種の採集法といっても、アリの営巣環境が似ていれば、ほとんどのものが海外でもそのまま応用することができる。

 

また、好蟻性・好白蟻性昆虫を採集する方法として、FIT(Flight Interception Trap)が大変有効な手段であることはわかってきた。寄主との関係がわからないという大きな欠点があるが、いままで珍品だったものがこのトラップによって普通種になった例も多い。筆者は最近、既存のFITに改良を加え、極めて効果的かつ実用的なものを考案した.これにつては別の頁にて紹介しているので参考にされたい。

 

採集道具

 

道具類は至って単純なものである。篩いは直径30センチ程度で、園芸用品店で市販されている。付属網の目の細かさにはいくつか種類があるが、一番大きな目のものがよい。植木鉢の受け皿はその篩がすっぽりと収まる大きさのものが良く、2枚あると便利である。手鍬は朽ち木を割ったり、樹皮を剥がしたりするときに便利であり、歯幅の狭いものが使い勝手が良い。ゴム張り軍手は手の汚れとアリの攻撃を防ぐ。シフターは必需品ではないが、持っていると採集効率の良い場合がある。吸虫管は市販のものでもよいが、自作するほうが良い。とくに市販のガラス製ではアリが這い出しやすいので、アクリル管やフィルムケースで改造するほうが良い。図には出ていないが、持ち帰り用の毒壜や飼育ケースは必携である。

 

好蟻性種の採集

 

生木に営巣するアリ

 

日本では主としてケアリ属クサアリ亜属のアリが対象となる。このアリは好蟻性昆虫がすばらしく豊富で、北海道では1つの巣から20種以上、1000頭近い好蟻性甲虫を採集したこともある。環境の良い場所で大きな巣を見つけることができれば一攫千金ならぬ一攫千虫も夢ではない。

 

クサアリ類の普通種(クロクサアリ・クサアリモドキ)は湿潤な広葉樹林に多くに発見される。生木の洞や根元に営巣し、そこから恒常的(活性の高い時期には一時的なものも多い)な蟻道を形成し、アブラムシのコロニーを往復、その甘露を主要な餌とする。このアリは極めて特徴的で、頭でっかちで3-4ミリの黒くてツヤツヤのアリが行列を作っていればほぼ確実。さらに指でつまんで柑橘臭がすれば間違えることはない。

 

見つけ方は、まずは日陰の山道や林道を歩き回り、この行列を探し、次に蟻客の密度が高い巣の出入り口を探す。甘露で腹部を膨らませ帰巣するアリを目印に巣の方向を見極め、アリの密度が濃くなったあたりで周辺の木の根元を見て回ると、大抵見つけることができる。また古い巣であれば、周辺に草がなく、細かな木屑が堆積するか根土が露出しているのでわかりやすい。ただし行列はときに20-30mにも及ぶので、巣を見つけるのに苦労することもある。このアリと共生する好蟻性昆虫の大部分は、巣口の周辺を徘徊したり、アリの行列を一緒に歩行したりしているので、巣を探す間に行列の観察もすべきである。

 

ちなみに、クサアリの多い湿った林は、同時に蚊の非常に多い環境でもある。長袖と防虫スプレーは欠かせない。季節は5月上旬から6月下旬が最良で、この時期にしか現れない種も多い。また、日ごとに優占種が入れ替わるなど、消長が激しいので、同じ巣に何度も通うほうが面白い。

 

このアリから採集する方法には、主に以下の3つの方法がある。

 

1)ピットフォール

この方法はアリ・甲虫双方の習性を利用し、アリの巣口や行列にコップを埋め、好蟻性甲虫を一網打尽にする方法である。ここで注意すべきは、コップの品質であり、安価な半透明のプラスチックコップのみを用いることが肝要である。このコップは「クサアリが這い上がれ、甲虫は這い上がれない」という特別な効果を持つのである。保存液を用いた通常のピットフォールでアリごと採集しソーティングする方法もあるが、何百何千の死んだアリのなかから別の生き物を見つけることは容易ではない。

 

コップの設置は巣の入り口を中心に行い、アリが甘露採集へ向かう木の根元や行列の周辺にも行う。この際、コップの中に木片や樹皮を入れておくと、共食いと過密による死亡を防ぐことができる。また、コップは地面すれすれに丁寧に掛けなくてはならない。回収はできるだけ頻繁に行うべきで、長くとも2晩が限界である。小型甲虫は容易に溺死(→腐敗)するので、枯れ葉などをコップの上に置き、夜露や雨をしのぐ必要がある。回収は、植木皿の上に中身を出し、木片の隙間から這い出してきた個体を吸虫管で拾えばよい。

 

この方法では、主にクサアリハネカクシ属Pellaやヒゲカタアリヅカムシ属Tmesiphorus、ツヤチイロアリヅカムシ属Dendrolasiophiusの甲虫とシナノセスジエンマムシOnthophilus silvae、ツノヒゲツヤムネハネカクシQuedius hirticornisなどが採集される。

 

2)土ふるい

クサアリの蟻客のなかには上記のピットフォールでは得がたいものもある。たとえば、小型のヒラタアリヤドリ属Homoeusaのハネカクシはあまり落ちない。この方法は、アリの巣や行列の周辺のリター(落葉・落枝)をアリごと篩い、アリと一緒に落ちてくる蟻客を採集するというもので、基本的に大部分のクサアリの蟻客を採集することができる。通常はシフターを用いるが、園芸用フルイと植木皿の組み合わせでもよい。

 

リターを篩うほか、巣の周辺の土を崩して篩うのも面白い。また、機会があれば、巣の中に手を入れ、巣の中心部を篩うことにも挑戦したい。寒い時期には越冬中の蟻客を採集することもできる。ただしこの方法はアリの巣に損傷を与えてしまうので、引き続き調査を続けたい場合には控えたほうが良い。

 

リターからはクサアリハネカクシ属のほかに前述のヒラタアリヤドリ属、巣周辺の土からはアリヤドリ属ThiasophilaやアリクイエンマムシMargarinotus maruyamaiなどの甲虫が採集される。

 

3)見つけ採り

クサアリの巣の周囲や行列を見ていると、非常に多くの蟻客が目に付く。これらを観察しながら吸虫管で採集する方法である。蟻客の行動は面白く、まだわかっていないことも多い。その点において、この方法は価値が高い。また、地面に座り込み、行列を目で追いながら蟻客を探すというのは、なかなか風流な採集でもある。用意するのは吸虫管と容器だけでよい。蟻客の種によって生息場所が異なるので、同じクサアリのコロニーでもいろいろな微環境で採集したほうがよい。オオズハイイロハネカクシPhiletaerius elegansなどは上記の方法では得がたく、見つけ採りが有用である。

 

この方法の難点は、多数の個体を得るのに時間がかかることと、夜行性種が採集できないことである。もちろん、夜間にも出向けばよいが、微小種を電灯の下で見つけることは難しいし、蚊の猛攻は昼間以上である。

 

地中に営巣するアリ

アシナガアリ属、クシケアリ属、オオズアリ属、シワアリ属、アメイロアリ属、ケアリ属、ヤマアリ属、オオアリ属などの一部のアリが対象となり、石起こしで狙うのが一般的である。また、植木鉢を用いた採集法もあり、以下に紹介したい。

 

1)石起こし

まず、石の転がった場所を探すことが重要である。また、環境によって生息するアリ、つまり蟻客の種も大きく異なる。アシナガアリ属・クシケアリ属・アメイロアリ属・ケアリ属(アメイロケアリ亜属・キイロケアリ亜属)などのアリは林床の薄暗い場所に転がった石を起こすと見つかる。反対に、ケアリ属(ケアリ亜属)・ヤマアリ属・オオアリ属などのアリは日当たりの良い荒地的環境、例えば草原、林道脇の斜面や路傍の石を探すと良い。

 

石を起こしたら、大慌てするアリのなかに目をこらして蟻客を探す。この際、石の下面もじっくりと見ることが必要である。アリヅカムシなどは石側に静止していることが多い。じっくりといっても、すばやく探さなければならない。タイミングが悪いと、アリと一緒に地中の穴の中へ隠れてしまう。また、起こす石のそばには必ず吸虫管を置き、虫を見つけたときにすぐに採集できるようにしておく。

注意事項として、ゴム張り軍手を手にはめ、硬い靴を履いたほうが良い。石と石の間に指を挟むこともあるし、斜面の場合には足の上に石が転がり落ちることもある。

クシケアリ属、アシナガアリ属からはBatrisodellusなど、オオズアリ属からはアリノスコブエンマムシ属Eucurtiopsisなど、シワアリ属からはジュズヒゲアリヅカムシCentrotoma progida、ケアリ属(トビイロ、カワラ、キイロ、アメイロ) からはアリスアトキリゴミムシLachnoderma asperum、ヒメマルムネアリヤドリAspidobactrus toyodai、トゲアリヅカムシ属Basitrodes、ヤマトヒゲブトアリヅカムシ属Diartigerなど、ヤマアリ属からはアリヤドリ属、ハケゲアリノスハネカクシLomechusa sinuata、タカネアリノスハネカクシLomechusoides suensoni、アカアリヅカエンマムシHetaerius gratus、オオアリ属からはBatrisodellusなどが得られている。

 

2)植木鉢法

すでにハケゲアリノスハネカクシの採集法として報告(丸山・喜田 2000)してあるが、簡単に再記しておく。日当たりの良い場所に営巣するクロヤマアリが主な対象で、この方法によって、アカアリヅカエンマムシも採集されている(丸山・喜田 2001)。

 

これは大変簡単な方法で、早春の暖かい日、アリの出入りする巣穴に素焼きの植木鉢(直径15cm程度)を逆さにかぶせておくと、日差しで温まった植木鉢のなかにアリのコロニーが丸ごと移動し、一緒に蟻客も出てくるというものである。早春の短期間にしか効果がないが、クロヤマアリの巣の発掘には本来多大な労力を必要とするので、この安直さは画期的といえる。

 

朽木に営巣するアリ

 

オオズアリ属、ケアリ属、オオハリアリなどのアリが対象となる。手鍬やピッケルを用い、朽木を崩したり樹皮部分をはがしたりし、アリの巣を探す。この際、ただ崩すだけでは大部分の蟻客を見逃してしまうので、白い布の上で朽木を崩し、それを園芸用フルイと植木皿を用い、蟻客を探し出す。

 

オオズアリ属からはコブナシコブエンマムシ属Orectoscelis、ケアリ属(ハヤシ、ヒゲナガ)からはマルムネアリヤドリAspidobactrus claviger、チイロアリヅカムシ属、オオハリアリからはBatrisodellus属などが採集されている。

 

蟻塚を作るアリ

 

日本では冷涼な地域に生息するエゾアカヤマアリとケズネアカヤマアリが対象となる。日当たりの良い路傍や疎林に営巣することが多く、7、8月頃の盛夏が採集に適する。軍手で塚の一部を掴み、それを園芸用フルイと植木皿を用い篩うが、その際には土壌に接した部分などの湿った部分を重点的に探すと効率が良い。

 

採集の際には巣を守るアリに激しく攻撃される。服の中に入り込んで噛み付くほか、大量の蟻酸を吹き付けるので、その個所がひりひりと痛む。また、顔面などの皮膚の弱い部分に蟻酸が直接かかると、軽いやけど症状を示す。気になる人はそれなりの服装を心掛ける必要があろう。

 

アリヤドリ属、Euplectitae上族のアリヅカムシ、ムクゲキノコムシの一種、アカアリヅカエンマムシなどが採集されている。

 

 

好白蟻性甲虫の採集

 

日本ではイエシロアリCoptotermes formosanus、ヤマトシロアリ類Reticlitermes spp.、オオシロアリHodotermophilus sjostediが主な対象となる。白蟻客は日本ではまだまだ未調査で、とくに南西諸島では多くの未知種が発見される可能性が高い。

 

シロアリの共生昆虫は一般に密度が低く、それなりの個体数を得るには、できる限り多くの巣を調べる必要がある。白蟻客に微小種が多いためか、これまで営巣朽木を自宅や研究室に持ち帰るが多かったが、これでは多数の巣を調査することができない。やはり現地で大量の巣を調べることが採集の鍵となる。

 

もっとも良いのは、篩いのなかで巣を崩すことで、白蟻客を見落とすことが少ない。そこの際、篩いは園芸用篩いや大型のバットの中に置き、そこに落ちたシロアリの中から好白蟻客を探し出す。ただし、ここで園芸用の安価な篩いを用いるとすぐに壊れてしまうので、理化学用品店で売っているステンレス製の頑丈な篩い(直径30cm、高さ10cm、網目5。6mm)を用いるのがより良い。難点はこの篩いが大変高価(2万円弱)なことであるが、使い勝手と耐久性を考えるとそれなりの価値がある。また、朽木性のアリを対象とした場合と同様の方法で、白布の上で巣を崩し、それを集めて麻袋に入れ、園芸用篩いで篩って白蟻客を探すのも良い。また、マンマルコガネMadrasostes kazumaiのように巣の粘土状の部分に好んで生息するものもあり、これらは篩いを用いても見つからないので、粘土状部分をツルグレン装置に掛ける必要がある。

 

白蟻客の採集で注意すべき点は、それが本当に好白蟻性であるか否かということである。シロアリの営巣する朽木は、同時に他の多くの甲虫にとっても良好な生息環境であることが多く、単なる朽木性種がシロアリと一緒に採集されることも大変多い。実際、シロアリから採れたといって同定依頼の来る種の大部分は好白蟻性ではないものである。好白蟻性か否かの判断において、もっとも有効な手段は、シロアリとの関係の観察である。シロアリと一緒の飼育ケースに入れ、シロアリにえさを求めたり、その後を追いかけたりするような行動が観察されれば、間違いなく好白蟻性と言ってよいであろう。もちろん、このような行動がないからといって、簡単に好白蟻性を否定できるものではない。シロアリの巣からの採集頻度や、巣のどの部分(シロアリの密度の高い中心部分か、外側の樹皮に近い部分か)で採集されたかということも重要な判断材料となる。シロアリの全くいない環境で採集されることも多いような種であれば、好白蟻性を否定してよいと思われる。

 

イエシロアリからはSinophilus yukoae、Japanophilus hojoiなど、ヤマトシロアリ類からはキストナーケシシロアリハネカクシKistnerium japonicum、シロアリハネカクシ属Trichopsenius、オオシロアリからはHodotermophilus gloriosusなどが採集されている。