関尹子文始真経
関尹子文始真経
葛洪 序
神坂風次郎 訳
序
洪体存蒿艾之質。偶好喬松之寿。知道之士雖微賤。必親也。雖夷狄。必貴也。後遇鄭君思遠。鄭君多玉 笈瓊笥之書。服餌開我以至道之良薬。呼吸洗我以紫清之上味。後屬洪以尹真人文始経九篇。洪愛之誦之。蔵之拜之。宇者。道也。柱者。建天地 也。極者。尊聖人也。符者。精神魂魄也。鑑者。心也。匕者。食也。釜者。化也。籌者。物也。薬者。雑治也。洪毎味之。泠泠然 若躡飛葉。而游乎天地之混溟。茫茫乎若履横杖。而浮乎大海之渺漠。超若処金碧琳琅之居。森若握鬼魅神姦之印。倏若飄鸞鶴。怒若闘虎兕。 清若浴碧。惨若夢紅。擒縦大道。渾淪至理。方士不能到。先儒未嘗言。可仰而不可攀。可玩而不可執。可鑑而不可思。可符而不可言。其忘物遺 世者之所言乎。其絶跡去智者之所言乎。其同陰陽而冥彼此者之所言乎。何如此之尊高。何如此之広大。又何如此之簡易也。洪親受之。
咸和二年五月朔丹陽葛洪稚川序
洪はヨモギのような性質を体として持っているが、高い松のような寿命を得たいと思っている。道を知る士で あれば、身分が低くても必ず親しくし、異邦人であっても貴ぶのである。後には鄭思遠に出会った。鄭君は玉の箱に入れるような書物をたくさん所 有し、服餌は自分を開発するものであるから至道の良薬であり、呼吸は自分を洗浄するものであるから紫清の上味であるとした。その後に、洪は尹 真人文始経九篇に付き従うようになった。洪はこれを愛しこれをそらんじ、これを蔵しこれを拝した。宇とは道である。柱とは天地を建てるもので ある。極とは聖人を尊ぶことである。符とは精神魂魄である。鑑とは心である。匕とは食である。釜とは化である。籌とは物である。薬とはさまざ まな治療である。洪はこれを読むたびに、飛ぶ葉を踏んで天地の混沌とした暗がりに遊ぶように軽やかで、横たえた杖を踏んで大海の彼方の広がり に浮かぶようにうつろで、金や玉で作られた住居に身を置くかのように超然とし、幽霊や妖怪や狡猾な悪人の印でも握ったように暗くこもり、つむ じ風や鸞や鶴のように瞬間的で、闘う虎やサイのように激しく、碧玉を湯浴みしたように清く、夢の中の赤色のようにいたいたしいものを味わう。 大いなる道、宇宙生成の至上の理をとらえてほしいままにしているが、これは方士には到ることはできないし、儒者は言ったこともない。仰ぐこと はできてもよじ登ることはできず、もてあそぶことはできても執着することはできず、映すことはできても思うことはできず、ぴたりと合致するこ とはできても言うことはできない。物を忘れ世を忘れることは言うことだろうか。跡を絶ち智を消し去ることは言うことだろうか。陰陽を同じくし てあちらとこちらをはっきりさせないことは言うことだろうか。どのようにこれを尊く高くするか、どのようにこれを広大にするか、またどのよう にこれを簡易にするか、洪はこれを親身に受け取った。
咸和二年五月朔 丹陽葛洪稚川序
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